・メルボルンのPACEクリニックの創設者たちが、2018年にARMSを包括するより広い概念としてCHARMSを提唱(World Psychiatry. 2018 Jun;17(2):133-142)したのですが、まだあまり流行ってないのでしょうか。

・今回Dr. Fusar-Poliらが短期精神病エピソードに関する総説をlancet psychiatryに公表された(文献1:Lancet Psychiatry. 2022 Jan;9(1):72-83)ので一部まとめておきます。歴史的な概念の発展についての理解は難しいところですが、満田久敏先生の非定型精神病も引用されており、その歴史的意義の大きさを認識しました。

短期精神病エピソード

背景

・短期精神病エピソードは、診断、治療、予後について課題の多い病態である。寛解しうるため、統合失調症の治療戦略をそのまま適応することもできない

・現段階での短期精神病エピソードの診断、治療、予後についてレビューした

歴史

・歴史的には、1863年にKhalbaumが障害部位に応じてウェザニア(人格全体を侵し単一精神病の経過をたどる特発性精神障害)とその他の疾患群(感情面のdysthymia,思考面のparanoia,意志面のdiastrephia、身体疾患に起因するdysphreniaなど)に分類した。Dysphreniaは身体因(てんかんや性病、リウマチなど)を背景とし、完全に寛解しうるものとされた

・フランスではMorelの変質(遺伝的に不安定な神経中枢のアンバランスによる)の概念に基づいて、1895年にManganが変質のある妄想状態(急性に発症して突然に治癒する突発妄想あるいは急性錯乱)の概念を提唱した。その概念をEyやpullが継承した。この概念は、突然の発症と動的な性質を特徴とし、時に幻覚を伴う急速に変化する妄想、情緒不安定に伴う意識の混濁、病前段階の機能への急速な復帰を特徴とする。

・ドイツでは1900年にウェルニケが一過性の精神病性障害として不安精神病(不安症状が精神病症状を引き起こす)と運動精神病(運動症状が主体)を報告し、1924年にKleist、1957年にLeonhardが非定型精神病に該当する類循環精神病(多彩な病像を反復して寛解する予後の良い精神病)の概念を発展させた

・1913年にヤスパースが反応性精神病理学的状態の概念を発展させ、1916年にwimmerは心因性精神病を発表し、1963年にFaergeman、1986年にStrömgrenがさらに詳しく反応性精神病へと発展させた。その他、短期精神病エピソードに該当する概念として、1939年にLangfeldtが統合失調症様状態、1942年に満田が非定型精神病を提唱している。

診断

・DSM-IIIの短期反応精神病では診断上ストレス因子の存在が必要とされたが、DSM-IVの短期精神病性障害では、ストレス因子の存在は必須ではなくなった(下位分類としてストレス因子があれば短期反応精神病と診断)。

・DSM-Vでは、統合失調症の5つの中核症状のうち、妄想、幻覚、まとまりのない発語(例‥頻繁な脱線または滅裂)、ひどくまとまりのない,または緊張病性の行動の4つを有するものを短期精神病性障害と定義されている。エピソードの期間は、少なくとも1日以上1ヶ月未満(抗精神病薬による治療を行っても)でなければならず、最終的には病前レベルの機能に完全に戻らなければならない

・ICD-10では、急性一過性精神病性障害(ATPD)という概念が、特定の病因に言及することなく定義されている。診断上、精神病症状の急性発症(2週間以内、48時間以内なら突発性発症)と早期寛解(抗精神病薬治療でも1〜3ヶ月以内に完全回復すると予想される)を特徴とする

・ICD-10では急性一過性精神病性障害に6つの亜型が分類されており、(1)統合失調症症状を伴わない急性多形性精神病性障害(日によってまたは同じ日の中で症状の種類と強さの両方が変化し、感情状態が変化することを特徴。類循環精神病に該当)、(2)統合失調症症状を伴う急性多形性精神病性障害(精神病症状が短期間で変化する)、(3)急性統合失調症様精神病性障害(精神病症状が比較的安定して存在するが、統合失調症症状の持続期間が1か月以内)、(4)妄想を主とする他の急性精神病性障害(比較的安定した妄想と幻聴を特徴とする)、(5)他の急性一過性精神病性障害、(6)特定不能の急性一過性精神病性障害となる

・ICD-11ではICD-10の(1)統合失調症症状を伴わない急性多形性精神病性障害、(2)統合失調症症状を伴う急性多形性精神病性障害、は急性一過性精神症とし、(3)急性統合失調症様精神病性障害、(4)妄想を主とする他の急性精神病性障害は他の一次性精神症群に分類されることが提唱されている(これは論文の本文と異なる内容となっていますが、中山書店、精神疾患の臨床:統合失調症 2020を参考にしました)

・ICD-10の急性一過性精神病性障害の61-9%はDSM-Vの短期精神病性障害と重複しているが、ICD-11の急性一過性精神症と短期精神病性障害の診断上の重複はより低いと思われる

・1990年代には短期精神病エピソードの研究用基準として、精神病の臨床的高リスク状態(CHR-P)が提唱された。1996年にはYungらにより、将来精神病発症リスクの高い若者の一群を抽出するため、短期間欠型精神病症状群(BLIPS:brief limited intermittent psychotic symptoms)の概念が提唱された。 BLIPSの3分の2(68%)がICD-10の急性一過性精神病性障害の診断基準を満たす

・短期間欠型精神病症状群:ARMSの一亜型(他に閾値下/微弱な精神病症状群、素因と状態のリスク因子群が含まれる)。精神病症状は明らかに病的と考えられる閾値を超えるが、それは一過性であり、1週間未満で自然消退する。

・2003年にはMillerがBLIPSの概念を改訂し、深刻な解体症状や危険の高い症状を呈する群を除外したBIPS(短期間の間欠的な精神病状態:Brief Intermittent Psychotic Symdrome)を提唱。BIPSは前駆症状の診断基準であるCOPSの一亜型として定義(他に微弱な陽性症状、遺伝的なリスクと機能低下が含まれる)。

・BIPSは一定の精神病的強度を超えた陽性症状が過去3か月以内に始まり、少なくとも1カ月に1回の割合で1日に数分間以上存在するとして定義された。BLIPSと比較して症状の存在期間が3か月間に延長されたことと、抗精神病薬の併用が認められた

・急性一過性精神病性障害、短期精神病性障害、BIPSでは、より長く続く精神病性障害、物質使用障害(薬物使用を含む)、器質的状態、他の精神障害(特に気分障害)との鑑別診断が必要であるが、BLIPSは、非精神病性疾患の併存や大麻関連・アルコール関連症状を許容する。より長く続く精神病性障害は除外する

・短期精神病性障害は、臨床症状から統合失調症と区別することができるが、精神病性障害のかなりの割合が気分障害に先行することがあるため、双極性障害との区別は一般に困難といわれる。

・短期精神病エピソードの全平均期間は10.2日(95%CI 8.0-12.4日、n=295)、急性一過性精神病性障害の期間は平均15.7日(8.6-22.9、n=215)。BLIPSの期間は平均6.2日。

・ICD-10の急性多形性精神病性障害の平均エピソード期間は9日であり、1ヶ月未満は53.3%、1-3ヶ月は46.7%であった(0-7日:60%、8-15日:33%、16-30日:6.6%、1ヶ月以上:29%)。症例の 96%で 1 ヶ月以内に完全寛解。 

疫学

・初回エピソード精神病の約3分の1(32%)は、減弱した精神病症状が先行することなく、突然発症するとされる。

・初回エピソード精神病患者の19%が急性一過性精神病性障害と報告されている。急性一過性精神病性障害の人口10万人当たり罹患率は年間、イギリスで3.9、デンマークで9.6と報告されている(すべての精神病性障害の発生率は10万人年当たり26.6)

・急性一過性精神病性障害の約3分の1(27.6%[95%CI 21.0-35.3%])が、統合失調症の症状を伴わない急性多形性精神病性障害と報告されている

・短期精神病性障害は初発の精神病性障害の2〜7%とされるが、その発生率はよくわかっていない。BLIPSやBIPSは、助けを求めるCHR-P患者を対象に定義されているため、助けを求めない一般集団におけるその発生率は推定不可能である。ほとんどの研究では、男性よりも女性の方が短期精神病エピソードの発生率が高いことが分かっているが、低~中所得国ではそうではない

病因と予後因子

・病因はよくわかっていないが、初回エピソードの統合失調症に比べて短期精神病エピソードの臨床経過が良好であることから、短期精神病エピソードにおける脳の回復力を促進する因子を理解することは、他の精神病性疾患全体の臨床転帰を予測する能力を高めることになるかもしれない

・短期間の精神病エピソードの発症に影響を与える社会文化的要因としては、伝統文化と現代文化の対立、移住、迫害による出身国からの避難、急激な社会変化(例:COVID-19の流行、2001年9月11日の出来事)、結婚などのライフイベントや宗教的体験などが報告されている

・短期精神病エピソードにおける予後因子は確証に乏しいが、陰性症状や抑うつ症状は重度の社会的障害と関連しており、発症年齢が遅いこと、うつ病の家族歴、急性ストレス、物質使用は自殺行動と関連している。逆に、1ヶ月以内の障害期間、突然の発症、短い精神病期間、発症前3ヶ月間のストレスイベント、発展途上国での発症、統合失調症症状(例:幻覚)の欠如、変動する多形症状または運動障害の存在は、一般的に良好な予後と関連するといわれる

予後

・メタ解析では、短期精神病エピソードの再発率は24ヵ月で39%[95% CI 31-47%]、36ヵ月で51%[95%CI 41-61%]であり、統合失調症の初回エピソードから寛解した患者の再発率は、24ヵ月で78%[95% CI 58-93%]、36ヵ月で84%[95% CI: 70-94%]とされていることから、短期精神病エピソードの再発率は統合失調症初回エピソードよりも低いことが報告されている(JAMA Psychiatry 2016;73: 211–20)

・亜群毎の再発率は、メタ解析により、BLIPSの精神病再発リスクは、6ヶ月で8%(95%CI 0-23%)、12ヶ月で28%(95%CI 8-52%)、24ヶ月で32%(95%CI 11-57%)、36ヶ月以上では30%(95%CI 12-52%)。BIPSの精神病再発リスクは、6ヶ月で22%(95%CI 9-36%)、12ヶ月で35%(95%CI 23-48%)、24ヶ月で43%(95%CI 26-61%)、36ヶ月以上で46%(95%CI 32-61%)。急性一過性精神病性障害の精神病再発リスクは、6ヶ月で13%(95%CI 9-18%)、12ヶ月で30%(95%CI 19-42%)、24ヶ月で38%(95%CI 27-48%)、36ヶ月以上で54%(95%CI 41-66%)。短期精神病性障害の精神病再発リスクは、6ヶ月で20%(95%CI 8-36%)、12ヶ月で31%(95%CI 12-52%)、24ヶ月で46%(95%CI 31-60%)、36ヶ月以上で53%(95%CI 34-72%)。亜群間で再発リスクに統計的有意差なし

・メタ解析では、平均4.5年の追跡調査において、短期精神病性障害と急性一過性精神病性障害の44%が他の診断に移行している(56%が最初の診断を保持)。21%が統合失調症、2%が統合失調感情障害、2%が統合失調様障害、12%が精神病を伴う気分障害に移行

・急性一過性精神病性障害の約33%が8年後までに少なくとも1回の精神科入院を、29%が強制入院を経験し、平均66日間が精神科病院に入院していた。これらの長期的予後は、サブタイプ間で差はなかった。BLIPSでも同様の結果が得られ、4年後までに34%の患者が入院し、16%の患者が強制入院を経験した。

治療

・短期精神病エピソードについてエビデンスのある薬物療法は存在しない。CHR-Pサービスが利用可能であれば、CHR-Pガイドライン(Orygen, The National Centre of Excellence in Youth Mental Health. Australian clinical guidelines for early psychosis, 2 edn)に基づき、BLIPSまたはBIPSの患者については、患者が著しい機能低下と自己または他人へのリスクの上昇を示さない限り、抗精神病薬を推奨しない一方で、綿密な監視と認知行動療法を推奨しており、CHR-P全体としては精神病への移行を有意に防ぎうるとのメタ解析の報告がある(Psychol Med, 2014. 44(3): p. 449-68.)。しかし、BLIPSやBIPSにおいて、このような心理療法的介入の有効性は検討されていない

・推奨される精神療法を受けているのはごくわずか(8%)である。さらに長期的なリスクを抱えているにもかかわらず、これらの患者は非常に短い臨床フォローアップしか受けていない(平均1年)

・臨床ガイドラインでは推奨されていないが、BLIPSおよびBIPSの約半数(52%)は、長期にわたって抗精神病薬を投与されている


引用文献

文献1:Paolo Fusar-Poli et al. Lancet Psychiatry. 2022 Jan;9(1):72-83. doi: 10.1016/S2215-0366(21)00121-8. Epub 2021 Nov 29.