・AASMガイドライン2008では、慢性の原発性ないし二次性不眠症に対して、行動・心理的介入が推奨され、薬物療法は、行動・心理的介入の短期間の補助的な手段として考慮すべきということになっています(J Clin Sleep Med 2008;4(5):487-504)。行動・心理的介入としてはCBT-Iがstrong recommendationとなっています(J Clin Sleep Med. 2021;17(2):255–262.)

・日本睡眠学会の「睡眠薬の適正な使用と休薬のための診療ガイドライン」(2013)でも、まずは睡眠衛生指導が最初のステップになっています。

・というわけで、薬物療法の前にまずは自分の生活習慣を見直しましょうという不眠症治療の流れですが、今回CBT-Iが睡眠教育療法(睡眠衛生指導など)と比較して高齢者のうつ病の発症(初発ないし再発)予防に有効かどうかについて検証した介入試験の結果が報告されました(文献1)

・結果だけ見ると、CBT-Iがうつ病予防にもよさそう、ということになっているのですが、細かいところをみるとすっきりしないものが残ってしまう結果となりました(コメントでまとめます)。概略は以下の通りとなります。

不眠伴う高齢者に対するCBT-Iによるうつ病予防効果

背景

・老年期うつ病(60歳以上)は、高齢者において12カ月間の有病率が10%を超えており、認知機能の低下、身体機能障害、身体合併症、あらゆる理由による死亡の危険因子である。しかし、老年期うつ病は治療を受けても寛解に至るのは約3分の1である。

・不眠症は60歳以上の約50%にみられ、大うつ病のリスクが2倍高くなる要因となる。不眠症の非薬物療法のうち、普遍的な行動プログラムは睡眠教育療法(SET)であり、睡眠障害の原因となる日々の行動および環境因子をターゲットとする。その他の非薬物療法として認知療法、睡眠制限法、睡眠衛生指導、リラクゼーション技法などを組み合わせたCBT-Iがある。

・うつ病が残存または併発している患者では、CBT-Iは不眠症状を改善しうるが、うつ病の転帰についての結論は一定しない

・今回、不眠症を伴い、うつ症状が最小限の地域在住の高齢者について、CBT-Iがうつ病を予防しうるかについて、36か月間、睡眠教育療法との比較で検証した。

方法と対象

・単施設無作為割付single blind比較試験

・スクリーニングで60歳以上でPSQIが6点以上かつEpidemiologic Studies–Depression score で3点以下のうつ症状のないものを対象とし、問診によりDSM-IVの不眠症に該当しかつ最近12カ月以内で大うつ病(DSM-IVないしDSM-V)の診断に該当しないことを確認

・CBT-I群 n=156

・睡眠教育療法(SET)群 n=135

・CBT-IないしSETは週に1回、1回120分のグループセッションで、2カ月間施行

・CBT-Iは1)認知療法、2)睡眠制限法、3)刺激制御、4)睡眠衛生、5)リラクゼーションの5つの構成要素からなる。

・SETは1)睡眠に関する基本的な事実、2)睡眠衛生指導、3)一般的な健康と加齢、4)睡眠に関する補完的医療アプローチと健康因子、5)医療制度との関係、の5つの構成要素からなる

・主要評価項目は、介入後36か月間のうつ病(DSM-V)の初発ないし再発率(6か月ごとに評価)。PHQ-9(うつ症状)を毎月電話インタビューで評価され、10点を超えたらうつ病について面接評価された

・副次評価項目は不眠症の寛解維持状況

結果

・うつ病の既往を有する割合はCBT-I群 58名(37.2%)、SET群 65名(48.1%)(コメントでも触れますが、この差がちょっと気になります)

・ベースラインで抗うつ薬の内服はCBT-I群 25名(16%)、SET群 20名(14.8%)

・ベースラインのPHQ-8得点はCBT-I群平均3.4点、SET群平均4.0点

・2か月間の心理療法の継続率はCBT-Iが89.7%、SETが96.3%

・36か月間でのうつ病の初発ないし再発率は、CBT-I群 12.2%、SET群 25.9% カイ二乗検定で有意差あり

・Cox比例ハザード回帰モデルでの解析により、CBT-I群のSET群に対するうつ病発症の未調整ハザード比は0.51で有意差あり

・性別、教育レベル、収入、併存症、うつ病の既往について調整後のハザード比は0.45で有意差あり

・2か月間の介入後の不眠症の寛解率はCBT-I群 71名(50.7%)、SET群 49名(37.7%)で有意差あり。その後寛解を維持できた割合も、CBT-I群 41名(26.3%)、SET群 26名(19.3%)で有意差あり

・不眠症の寛解、非寛解でうつ病発症率を検討すると、不眠症寛解群では、CBT-I群 2名(4.9%)、SET群 5名(19.2%)がうつ病初発ないし再発、不眠症非寛解群では、CBT-I群 17名(14.8%)、SET群 30名(27.5%)がうつ病初発ないし再発

コメント

・この結果がすっきりしない理由は両群のベースラインの特性にあります。SET群の方がうつ病既往者が多く(ギリギリ有意差はないものの、うつ病の既往者がCBT-I群で1人でも減るもしくはSET群で1人でも増えればカイ二乗検定で有意差ありとなる)、SET群にうつ病発症リスクが高い一群がより多く含まれていたことになるからです。(これを調整した結果も書いてあるのですが、予想とは数値が逆に変化しており、このことから結果を一般化してよいのか疑問が生じます)。論文の考察でもこのことには触れてありません。

・本文中で引用された論文(Am J Psychiatry 2003; 160:1147–1156)のtable 5では高齢者うつ病のリスク因子としては、女性、最近の喪失体験、睡眠障害、身体機能障害、うつ病の既往などが同定されています(教育歴、婚姻状態、社会的地位などは有意差はない結果となっていました)。

・ベースラインの特性が本文中の表にまとめてありますが、SET群の方が女性がやや多く、平均収入はやや低く、教育レベルはほぼ同じ(若干低い)、うつ病の既往率が高く、抗うつ薬使用率は若干低く、不安症併存率もやや高い、アルコール使用障害の割合もやや高いなどの特性がみてとれます。このようなベースラインの特性からは、対象集団においてリスク因子通りにうつ病発症が観察された場合、これら交絡因子について調整をしたら、ハザード比は調整後に1に近くなることが予想されます。(SupplementのeTable 5では、概ねリスク因子から予想される通りにうつ病が発症したことがわかります )

・これらの交絡因子のうち、性別、教育レベル、収入、併存症、うつ病の既往について調整(Cox比例ハザード回帰分析により)した結果もあるのですが、調整後の数値の方がCBT-Iにより優位な方に移動しており(予想と違いました)、この結果をどう解釈すればいいのか、解析手法に問題がないのか、あるいは研究に参加した集団が一般的なリスク因子から予想される結果とは逆になったのか(SupplementのeTable 5を見る限りはそのようなことはなさそうなのですが)、そのようなことから、結果を果たして一般化していいのか疑問です。自分でも解析してみようと思ったのですが、生データがなくできませんでした。

・私の解釈が間違っている可能性があるので、このブログにコメント欄があるといいのですが、もし何か教えて頂ける方がおられましたら、sekitoblogアットマークgmail.comまでメールいただけますと幸いです。

引用文献

文献1:Michael R Irwin et al. JAMA Psychiatry. 2022 Jan 1;79(1):33-41. doi: 10.1001/jamapsychiatry.2021.3422.