・勉強会で自閉スペクトラム症に入り、ここ数年のエビデンスをきちんとチェックしていなかったので、確認したら、オキシトシンについての残念な報告(文献1)が目に入りました。オキシトシンについてはpositiveなものからnegativeなものまで、いろいろな報告があって、そこまで劇的な効果があるものではないかもしれないけど、部分的にはある程度の効果が期待できるのかなくらいの認識だったのですが、これまでの報告はどれも小規模の試験ばかりだったので、今回の比較的規模の大きな試験結果のインパクトは大きそうです。

 

自閉スペクトラム症に対するオキシトシン点鼻

 


背景


・オキシトシンは自閉スペクトラム症の社会性の障害に対する治療として期待されている。

・動物では,オキシトシンは,自閉スペクトラム症患者でいずれも障害されている社会的アプローチと社会的記憶を増加させる。発達障害や精神疾患のない人では,オキシトシンの鼻腔内投与により,社会への親和性,社会的記憶,共感性が増加する。

・自閉スペクトラム症児の一部において、血漿オキシトシン濃度の減少が報告されている

・またオキシトシン受容体遺伝子におけるいくつかの一塩基多型が自閉スペクトラム症リスクと関連することがメタ解析において報告されている(Mol Psychiatry. 2015 May;20(5):640-6)

・オキシトシン受容体遺伝子のプロモーター領域のメチル化の増加についても自閉スペクトラム症において対照群より増加しているとの報告もある

・少数の死後脳研究においては、自閉スペクトラム症の腹側淡蒼球におけるオキシトシン受容体密度の低下が報告されている

・これまでに自閉スペクトラム症を対象としたオキシトシンの介入研究は複数行われているが、結果は一定していない(一部の課題にのみ効果がみられたと報告するもの:Mayer A. V. et al, Sci Rep. 2021 Jul 23;11(1):15056. 、Yamasue H. et al. Mol Psychiatry. 2020 Aug;25(8):1849-1858.、Bernaerts et al. Mol Autism. 2020 Jan 15;11(1):6.、社会的機能に関連した課題に有意差がみられたとするもの:Proc Natl Acad Sci U S A. 2017 Jul 25;114(30):8119-8124.など、社会的機能の改善について否定的結果を報告するもの:J Child Psychol Psychiatry. 2015 Apr;56(4):444-52.など)

・さまざまな研究の間で結果が一致しないのは,nが小さく検出力が限られているか,参加者の年齢,オキシトシンの投与方法や用量,治療期間,アウトカム,分析方法の違いによるものと考えられる。

・今回、比較的規模の大きな無作為化プラセボ対照第2相試験を実施し,自閉症スペクトラム症の小児および青年の社会的機能を高めるための24週間のオキシトシン経鼻投与の有効性を評価した.

対象と方法

・3-17歳の自閉スペクトラム症患者(DSM-5)。ADOS-2により診断テストを実施

・エントリー前1カ月は向精神薬の変更は不許可。エントリー前2か月は非薬物療法の変更は不許可

・患者群は言語流暢性(最低限の言語流暢性または流暢な言語流暢性の2群、流暢な言語の指標としてADOS-2モジュール3または4を実行できること)と年齢層(3~6歳、7~11歳、12~17歳)によって層別化

・ベースライン時、4週目、8週目、12週目、16週目、20週目、24週目に評価

・保護者は、各訪問時にAberrant Behavior Checklist(ABC)およびPervasive Developmental Disorders Behavior Inventory-Screening Version(PDDBI-SV)を、ベースラインおよび24週目にVineland Adaptive Behavior Scales II(VABS-II)を、ベースラインおよび12週目と24週目にSocial Responsiveness Scale 2(SRS-2)をそれぞれ記入。基本的な感情を表現できる参加者は、ベースライン時、8週目と24週目にReading the Mind in the Eyes testを受けた

・主要評価項目は社会的引きこもり(社会的相互作用の乏しさ)を評価するABC modified Social Withdrawal subscale (ABC-mSW)であり、13項目からなり0点から39点(高得点程引きこもりが重度)

・副次評価項目は、 SRS-2 Social Motivation subscale (SRS-2-SM) のTスコア、Sociability Factor得点(社会的機能の尺度)、SB5 Abbreviated IQ(認知機能)

・オキシトシンの投与量は、毎朝8 IUから開始し、8週目で24 IUを1日2回投与。これを7週間維持し、4週間ごとに16 IUずつ投与量を増やし、1日の最大総投与量を80 IUとした。忍容性に問題があれば、増量しないか、いつでも8-16 IUの減量が行われた

・試験期間:24週間

・プラセボ対照無作為割付二重盲検試験

結果

・オキシトシン群 n=146
・プラセボ群 n=144

・87%が男児。3-6歳が25%、7-11歳が39%、12-17歳が36%

・脱落はオキシトシン群 14名(有害事象は4名)、プラセボ群13名(有害事象2名)

・オキシトシン群146名中126名がオキシトシン 48 IUを7週間以上投与、最終の最高用量の平均は67.6 IU

・主要評価項目であるABC-mSWスコアのベースラインから24週までの最小二乗平均変化量は、オキシトシン群で-3.7、プラセボ群で-3.5であり有意差なし。言語が流暢な群、非流暢な群のサブグループ解析でも有意差なし

・副次評価項目も両群間有意差なし

議論

・オキシトシンの24週間、連日投与は、自閉症スペクトラム症の社会的相互作用を評価するABC-mswスケールのスコアのベースラインからの最小二乗平均変化量に、プラセボとの有意な差は認められなかった。

・過去に行われた1つの試験では、ベースラインの血漿オキシトシン濃度を解析に組み込んだ場合にのみ、SRS-2総得点においてオキシトシン経鼻投与の有意な効果が示された。しかし、ベースラインの血漿オキシトシン濃度を共変量として組み込んだ感度分析では、ABC-mSWスコアおよびSRS-2総得点のベースラインからの最小二乗平均変化量に関して、プラセボに対するオキシトシン経鼻投与の有益性は示されなかった。

・ベースラインのABC-mswスコアが11点以上のサブグループに限定して分析しても、オキシトシンの有益性は認められなかった。

 

文献1:L. Sikich et al. N Engl J Med. 2021 Oct 14;385(16):1462-1473. doi: 10.1056/NEJMoa2103583.