・リチウムといえば、自殺リスクを軽減する可能性が以前から指摘されていて、その根拠となる2005年のCiprianiらのメタ解析(Am J Psychiatry. 2005 Oct;162(10):1805-19)では無作為割付試験のみを対象としており、それなりに結果の信頼性がありそうだと思っていました。今回はリチウムの自殺関連事象予防効果について、negativeな結果になった割と規模の大きなプラセボ対照試験の結果が報告(Ira R Katz et al. JAMA Psychiatry. 2021 Nov 17. doi:10.1001/jamapsychiatry.2021.3170. Online ahead of print.)されたのでちょっと考察しながらみてみます。

・まずは、2005年のCiprianiらの報告のまとめですが、主要評価項目を自殺既遂、故意の自傷行為(deliberate self-harm)、あらゆる理由による死亡(リチウムによる有益性が有害性によりoffsetされる可能性を考慮したもの)とし、気分障害における3か月以上の長期試験のみを対象とし、32 RCTsのメタ解析を行ったものです。ただし、自傷行為については抽出された数が非常に少なく、実際の数値を反映していない可能性があるため、割愛します。自殺既遂については7つのRCTで報告されており、試験期間は多くが52週から100週程度で、全体としてリチウムの自殺既遂は503名中2名、対照群(プラセボやアミトリプチリン、カルバマゼピン、ラモトリギンなど)では601名中11名との結果で、リチウムの対照群に対する自殺既遂のオッズ比0.26(95% CI 0.09 - 0.77)となり、リチウムは有意に対照群と比較して自殺既遂を減らすことができそうだということになっています。

・またあらゆる理由による死亡については、リチウム群 696名中9名、対照群 788名中22名と、こちらも有意にリチウム群で少ない(オッズ比0.42 95% CI 0.21-0.87)結果となりました。リチウムの有害性で予防効果がoffsetされることはなさそうということがいえそうです。

・このような報告を受けて、2012年のリチウムのリスクに関するlancetの総説(Lancet 2012; 379: 721–28)でも、イントロではリチウムは自殺リスクを減少させると書いてあります。

・ちなみにこの総説では、リチウムによるGFRの変化は平均-6.22 ml/minであり、腎機能低下をもたらしうるものの、末期の腎不全に至る絶対リスクの変化量は0.5%程度と小さいとされており、甲状腺機能低下症についてはプラセボに対してオッズ比 5.78、カルシウム濃度の有意な増加、副甲状腺ホルモンの有意な増加と関連しており、治療中は甲状腺機能のほか、副甲状腺機能亢進症のリスクから、カルシウム濃度は定期的にチェックしましょうということになっています。

・一方、脱毛や皮膚症状についても有意なリスクの増加は認めなかったと報告されています。妊娠中のリチウム投与はエプスタイン奇形のリスク(1974年にNoraらは400倍のリスク増加と報告した:Lancet 1974; 304: 594–95.)のため禁忌となっていますが、2012年の報告では明確なことは言えないとなっていました。しかしこれについては最近の報告(Am J Psychiatry
. 2020 Jan 1;177(1):76-92.)では、やはり妊娠中のリチウム使用は催奇形性リスクについては有意な増加を認めそうだとの結論になっています(あらゆる奇形リスクがオッズ比1.81、心血管系奇形のオッズ比 1.86)。

・今回の報告は退役軍人を対象としたプラセボ対照試験になります。

リチウムと自殺関連事象

背景


・2017年に自殺はアメリカでの死因の第10位であり、自殺の90%は精神疾患に起因し、20%以上は気分障害である。また、2017年のアメリカにおける自殺による死亡者のうち、退役軍人が13%で、退役軍人の年齢・性別調整後の死亡率は、他の米国人の1.5倍となっている。

・自殺関連行動のリスクを減らすためには、いくつかの治療法があり、有効な心理療法として、認知行動療法、弁証法的行動療法、問題解決療法などがある。

・クロザピンは、統合失調症および統合失調感情障害の患者の自殺行動を減少させることがFDAによって承認されている。ケタミンについてもFDAは最近、大うつ病性障害および急性の自殺念慮または自殺関連行動に対して承認されているが、エスケタミンが自殺の予防、または自殺念慮や自殺関連行動の減少に有効かどうかは不明である。

・抗うつ薬は、高齢患者では自殺関連事象を減少させるが、若年の患者では自殺関連事象を増加させる可能性がある。
多くの観察研究は、リチウムが双極性障害やうつ病の患者の自殺や自殺未遂を予防する可能性を報告しており、リチウムの気分への影響とは独立している可能性を示唆する報告もある。しかし、このような観察結果は、自殺未遂の可能性が低い患者にリチウムを処方するという開業医の傾向を反映している可能性がある。

・退役軍人のコホート研究(BMC Psychiatry. 2014;14:357.)では、リチウムとバルプロ酸を服用した双極性障害患者の自殺率に差はなかった。リチウムが双極性障害やうつ病の患者の自殺行動を予防できるかどうかを検証するこれまでの無作為化臨床試験は、規模が小さく結論が出せない。

・大うつ病患者を対象とした研究に限定した最近のメタ解析( Br J Psychiatry 2017; 210: 396–402 )では,リチウムの使用と自殺による死亡との関連性に疑問が生じている

・そこで今回、退役軍人の大うつ病ないし双極性障害患者を対象にリチウムの自殺関連事象予防効果に関するプラセボ対照の介入試験を行った

対象と方法

・29か所の退役軍人医療センターに通院中で、最近6カ月以内に自殺関連行動のエピソードがあったか、もしくは自殺を防ぐための入院歴があるもの

・双極I型ないしII型障害、もしくは大うつ病(DSM-IV-TR)

・過去6回以上の自殺企図歴があるものは除外

・過去6カ月以内のリチウム投与歴があるものは除外

・プラセボ対照二重盲検無作為割付試験

・試験期間:52週間

・リチウム徐放剤群 血中濃度が0.6-0.8 mEq/Lに用量設定 n=255
・プラセボ群 n=264

・主要評価項目は最初の自殺関連事象(非致死性の自殺企図、未遂、既遂、自殺を防ぐための入院)発生までの時間

・精神症状はColumbia-Suicide Severity Rating Scale、PHQ-9、Internal State Scaleのactivation下位尺度、Barratt Impulsiveness Scale、Buss-Perry Aggression Questionnaireなどで評価

結果

・84.6%(439名)が大うつ病、15.4%(80名)が双極性障害

・リチウム平均濃度は0.42mEq/l。3か月時点で、双極性障害群では0.54mEq/l、大うつ病群では0.46mEq/l

・リチウム群では65名(25.5%)が自殺関連事象あり。プラセボ群では23.5%が自殺関連事象あり。有意差なし

・ベースラインのColumbia-Suicide Severity Rating ScaleとPHQ-9は自殺関連事象の発生と有意に関連した。その他のBarratt Impulsiveness ScaleやBuss-Perry Aggression Questionnaireなどは有意な関連なし

・両群ともに、通常の退役軍人メンタルヘルスケア(心理社会的治療やリハビリテーションなどを含む)を提供された。参加者の平均利用頻度は1.15回/月で群間有意差なし。

・リチウムの血中濃度が0.5mEq/l以上であったのは、全測定回数2154回のうち、49.9%(1074回)のみであった。また519名の参加者のうち、80%以上の服薬順守率であったのはわずか17%(88名:リチウム46名、プラセボ 42名)であった。これら88

・名中20名で自殺関連事象があり(プラセボ群8名、リチウム群12名)、群間有意差はなかった

・重篤な有害事象発生率は群間で有意さなし。最も頻度の高い重篤有害事象は自殺を防ぐための入院、重篤有害事象のため試験中断したのは7名。4名が死亡(1名がリチウム群で拳銃自殺、3名がプラセボ群で拳銃自殺、オピオイド過量服薬、縊首などによるもの)

議論

・退役軍人ということもあり、大半が物質使用障害(アルコール使用障害が48.4%、その他の物質使用障害が36.4%)やPTSD(59.7%)などの既往を有していたことから、この結果を一般化することには困難があるかもしれない

・リチウム投与群では48.1%しか血中濃度が0.5mEq/lを超えておらず、アドヒアランスも不良であった。このことも結果に影響したかもしれない。

コメント

・やはりアドヒアランスの悪さや、リチウムの血中濃度が十分ではなかったのではないかということなどは気になります。

・また一番の問題は、議論にもありましたが、退役軍人ゆえのPTSDなどの合併率の高さです。やはりこの結果の一般化は困難にも思えます。

・一方、自殺既遂例は、リチウム群で1例、プラセボ群で3例(オピオイド過量服薬例も自殺とすれば)となっています。

・この結果を、2005年のCiprianiらのメタ解析(Am J Psychiatry. 2005 Oct;162(10):1805-19)の対プラセボ群の結果に組み込んでみます。そうすると以下の解析結果が得られました。

・Ciprianiらのメタ解析ではPeto法が用いられており、近似的なオッズ比(介入群と対照群のイベント数の差を分散で割ったものを対数オッズ比の近似値とする)を用いている点がポイントになります。というのも、元データからそのままオッズ比を出すと、リチウム治療群の自殺既遂発生数が0の試験もあり、そのような試験ではオッズ比=0になってしまう上に、オッズ比の95%信頼区間も分母に0が生じてしまうため、定義できなくなります。このような問題を回避しうるのがPeto法であり、この方法を用いると、メタ解析を行うことができます。今回の結果も組み込んだメタ解析の結果は下図ですが、残念ながらプラセボ対照試験のみでリチウムの自殺既遂予防効果について有意差には至りませんでした。しかしnegativeとは言い切れないことがわかると思いますし、プラセボ対照以外の試験も組み込むと、リチウムの優位性は保持されます。今後さらに前向き試験での検証が必要な状況です。

peto