抗精神病薬と乳癌リスク
2021年09月08日
・抗精神病薬による高プロラクチン血症が乳癌リスクの増加と関連するかどうかについては、これまで基礎実験や疫学的研究でそれを支持する結果が報告されていましたが、重要な共変量が入っていないなど、方法論的問題があったようです。そこで今回nested case-control studyで、なるべく様々な交絡因子の影響を考慮して大規模コホート研究をしてみたというフィンランドからの報告がありました(文献1)
抗精神病薬と乳癌リスク
背景
・乳癌の生涯罹患率は女性の12%と言われている。さらに統合失調症患者では一般人口よりも25%罹患率が上昇すると言われている。
・また、統合失調症患者についてのメタ解析結果によると、統合失調症患者では乳癌スクリーニング検査を受ける割合が対一般人口のオッズ比にして48%少ない(OR 0.52 95% CI 0.43-0.62)ことが報告されており、統合失調症患者では乳癌が過少診断されている可能性がある。
・このスクリーニング受診率の格差が、乳癌診断の遅れをもたらし、乳癌による死亡率の増加につながっている可能性がある
・統合失調症患者においてはメラノーマ(日光浴が少ないため?)と前立腺癌のリスクは一般人口より低いといわれており、乳癌は高いといわれている。
・統合失調症患者においては喫煙率が高いにも関わらず、肺癌リスクについては、一般人口と有意差がないといわれており、遺伝的要因の関与も推測されているが、単に検診率が低いなどの理由によるのではないかという指摘もある。
・全癌のリスクは一般人口と有意差ないといわれているが、癌による死亡率は一般人口より高い。これは発見時にすでに進行期である割合が高い可能性や、術後の化学療法や放射線治療を受けられないケースが多いためではないかなどと考察されている(Special Issues in Schizophrenia and Cancer July 31, 2020 Mary V. Seeman, MD Psychiatric Times, Vol 37, Issue 7)
・統合失調症患者は肥満や糖尿病、喫煙や経産率の低さ、授乳率の低さなど乳癌リスク因子を有する割合が高い。
・さらに高プロラクチン血症も乳癌リスクの増加と関連する
・基礎実験ではプロラクチンが乳管癌と小葉癌の両方の細胞増殖を増加させる可能性が示されているが、そのリスクが乳管癌と小葉癌のどちらで高いかは不明である
・イギリスでのコホート研究では抗精神病薬服用中の女性における乳癌リスクが小さいながらも有意に(調整後ハザード比=1.16 95%CI 1.07-1.26)増加することを報告している。しかし診断の大半が統合失調症以外であったため、抗精神病薬の総暴露量(cumulative DDD)の中央値は39であり、少なかった。さらにプロラクチン増加をもたらす抗精神病薬への暴露と、プロラクチンを増加させない抗精神病薬への暴露との区別がなされてなかった
・デンマークでの大規模症例対照研究では、5-20年のフォローアップ期間を設け、プロラクチン増加をもたらす抗精神病薬(クロザピン、クエチアピン、アセナピン、アリピプラゾール、セルチンドールへの暴露は除外。ジプラシドン、オランザピン、スルピリド、アミスルプリド、リスペリドン、パリペリドンの他、大半の第1世代抗精神病薬への暴露)への累積暴露量がオランザピン換算で10000mg(1000 DDD)を超えるケースのみを対象とした。その結果、プロラクチン増加をもたらす抗精神病薬の用量と乳癌発症率の間に、弱い用量反応関係があることが報告された(2000 DDDを超えると調整後ORが1.27)。またエストロゲン受容体陽性乳癌の発症リスクのみ抗精神病薬暴露(1000 DDD以上)と有意に関連した(エストロゲン受容体陽性乳癌 調整後OR 1.29,陰性乳癌 調整後OR 0.92 )。しかしこの報告では、経産率や肥満、物質使用などの抗精神病薬使用よりも重要な交絡因子の影響が考慮されていない。
・今回、フィンランドの大規模コホートを対象に、nested case-control studyを行い、糖尿病、薬物乱用、子供の数、乳癌のリスクに影響を与える他の薬剤の使用などのリスク要因を調整して、最長20年以上の追跡調査を行い、乳癌のリスクと抗精神病薬暴露の関係を調査した。
対象と方法
・Nested case-control study
・1972年から2014年まででフィンランドで統合失調症と診断された16歳以上の女性30785名を含むデータベースを利用し、症例はその中で2000年から2017年までの間で乳癌と診断されたケース。18-85歳で、少なくとも5年以上の投薬歴のデータがあるもの。各症例について、発生密度サンプリング(症例発生時点毎にほぼ同等のリスク環境下にあると思われる対照をサンプリングすること)により、統合失調症データベースから乳がんのない対照者を最大5人まで選んだ。マッチング基準は、年齢(±1年)、初めて統合失調症と診断されてからの期間(±1年)、マッチング以前にがんの診断を受けていないこととした。
・抗精神病薬をプロラクチン増加型(オランザピン、スルピリド、リスペリドン、パリペリドン、第1世代抗精神病薬)とプロラクチン温存型(アリピプラゾール、クロザピン、クエチアピン)に分類し、プロラクチン温存型については原則単剤での使用期間を、両者併用の場合にはプロラクチン増加型の使用期間としてカウントした。抗精神病薬への累積暴露期間を1年まで、1~4年、5年以上で分類した
・1 DDDはリスペリドン5mgに対応
・共変量として心血管疾患、糖尿病、喘息、慢性閉塞性肺疾患、薬物乱用、自殺未遂の既往、子供の数。乳癌のリスクに関与しうる薬剤の使用(βブロッカー、ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬、ベラパミル、アンジオテンシン系薬剤、ジゴキシン、スピロノラクトン、ループ利尿薬、スタチン、NSAIDs、オピオイド、パラセタモール、抗コリン系抗パーキンソン剤、三環系抗うつ剤、SSRI、ホルモン補充療法(エストロゲン、プロゲステロン、ゲスターゲンを含む全身性製剤およびそれらの組み合わせ)など。これらの薬剤の累積使用期間は、不使用、1年未満、1~4年、5年以上に分類された)を抽出
・条件付ロジスティック回帰分析
結果
・乳癌と診断された症例1069人と、対照群5339人を同定
・症例と対照者の平均年齢62歳、統合失調症と診断されてからの平均期間は24年
・プロラクチン増加型抗精神病薬への5年以上の暴露は1年未満の暴露と比較して、乳癌発症の調整後OR 1.56(95%CI 1.27-1.92)と有意に増加
・一方プロラクチン温存型への5年以上の暴露は対照群と比較して、乳癌発症リスクの有意な増加とは関連しなかった(調整後OR 1.19 95% CI 0.90-1.58)
・プロラクチン増加型抗精神病薬に5,000 DDD以上暴露した場合、500 DDD未満と比較して、乳癌発症リスクの有意な増加を認めた(調整後OR 1.36(95%CI 1.09-1.70)
・プロラクチン増加型抗精神病薬に5年以上曝露した場合、小葉癌と管状腺癌の両方のリスクが上昇した。そのリスクは小葉癌(調整後OR 2.36 [95%CI 1.46-3.82])の方が管状腺癌(調整後OR 1.42 [1.12-1.80])よりも高かった。
議論
・プロラクチン増加型抗精神病薬への5年以上の暴露は、プロラクチン温存型抗精神病薬への暴露と比較して乳癌の絶対リスクを4%程度上昇させる可能性があり、臨床的には無視できない数値と考えられる
・乳癌リスクを考慮すると女性統合失調症患者の維持療法にはプロラクチン温存抗精神病薬(アリピプラゾール、ブレクスピプラゾール、カリプラジン、ルマテペロン、クエチアピン、クロザピン)を選択することが適切かもしれない
・肥満度や喫煙、乳癌の家族歴は共変量に入っていないため、これら交絡因子の影響は除外できていない
コメント
・ルラシドンやブレクスピプラゾールはフィンランドでは解析対象となった症例期間後の発売のため、含まれていません。ルラシドンは(Patel PJ et al. Neurol Ther. 2020 Oct 24.)によれば、どちらかというとprolactine-sparing antipsychoticsに入りそうですが、どうでしょうか。
・統合失調症と癌については、発症後に適切な治療を受けられるかどうかというところが最大の問題かと思われます。
文献1:Taipale H et al ; Lancet Psychiatry. 2021 Aug 30;S2215-0366(21)00241-8. doi: 10.1016/S2215-0366(21)00241-8