・こういう報告もある(JAMA Netw Open. 2019 Mar 1;2(3):e190828.)ということは知っておいた方がいいのでまとめておきます。特にみるべきは副作用の部分かと思います。

・認知症のBPSD、特にagitationなどの症状に対してなぜ抗精神病薬による薬物療法が第1選択にならないのか、については短期的なリスクと、中長期的なリスク・ベネフィットのバランスの問題の2点によるところかと思います。

・まず短期的リスクについては、よく知られているように2005年にFDAが、非定型抗精神病薬(オランザピン、アリピプラゾール、リスペリドン、クエチアピン)について、高齢の認知症患者における行動障害を対象とした 17のプラセボ対照無作為割付比較試験に参加した5106 例を解析し、非定型抗精神病薬使用による死亡率がプラセボと比較して約1.6-1.7倍高いと結論づけました。死因は主として心臓疾患(心不全、突然死等)、感染症(肺炎)等でした。

・この1.6-1.7倍というのはabsolute riskに換算すると、どの程度の割合なのでしょうか。ほぼ同時期にJAMAからも同様の報告(JAMA. 2005 Oct 19;294(15):1934-43. doi: 10.1001/jama.294.15.1934)が出ていて、15のプラセボ対照試験を解析(実薬群 3353名、プラセボ群 1757名、87%がアルツハイマー型認知症、平均年齢81.2歳、介入期間8-26週間、8-12週が大半)した結果、死亡率のpooled incidenceは実薬群 3.5%、プラセボ群 2.3%。メタ解析での死亡率の対プラセボのオッズ比は1.54(95% CI, 1.06-2.23)となりました。ですので、BPSDに対して非定型抗精神病薬(アリピプラゾール、クエチアピン、オランザピン、リスペリドン)を10週間程度使用すると、死亡率が1.2%程度上昇する可能性があるということになります。ちなみに、解析に含まれた15の試験にはハロペリドールも2つの試験で含まれていて、ad hoc解析が行われていて、ハロペリドールについて死亡リスクは,オッズ比 1.68(95%CI,0.72-3.92)でした。有意差はないですが、非定型だけのリスク増加というわけではなさそうな雰囲気です。

・非定型対定型薬についてはまた別のstudyでも報告されています。retrospective cohort studyですが、2005年にNew Englend Journal of Medicine誌に定型薬と非定型薬の死亡リスクの比較が検討された報告がでており(N Engl J Med 2005;353:2335-41.)、65歳以上の高齢者で、定型(n=13748)ないし非定型抗精神病薬使用者(n=9142)について死亡リスクを検討したところ、定型薬による死亡の対非定型薬のハザード比は80日未満で1.37、40日未満では1.56と有意にリスクが高い結果となりました。

・以上が短期的な死亡リスクという観点からの検討になりますが、どれも比較的短期間の介入試験からの帰結になります。最も強いインパクトを与えたのは、NIMH主導で行われた(sponsorship biasの心配の少ない)CATIE-AD試験の結果です。phase Iでは36週間というこれまでにない長期間、アルツハイマー型認知症のBPSDに対してオランザピン(n=100)、リスペリドン(n=85)、クエチアピン(n=94)の受容性、有効性、安全性、費用対効果などに関するプラセボ対照試験が行われました。

・主要評価項目は受容性(あらゆる理由による中断率)で、その報告(N Engl J Med. 2006 Oct 12;355(15):1525-38.、Am J Psychiatry. 2008 Jul;165(7):844-54.)によると、最終的には36週に到達するまでに各群77-85%が中断。投薬期間の中央値が7.1週ということで、非常に脱落が多い結果となりました。

・平均用量はオランザピン5.5mg、クエチアピン56.5mg、リスペリドン1mgでした。死亡については、オランザピン群1例、クエチアピン群1例、リスペリドン群1例、プラセボ群1例で有意差はありませんでした。絶対リスクの差が1%程度の副作用については各群100例程度の介入試験では有意差がでることはないのでしょう。第1種過誤の生じるリスク(α)を5%、第二種過誤の生じるリスク(β)を20%として、母集団における死亡の発生リスクが2%とすると、1%のリスクの増加のイベントを検出しようとすると、計算ミスがなければ必要サンプル数は3000とかになりそうです。そもそも、この試験では、死亡リスクの増加は検出できない(議論できない)ことになります。

・あらゆる理由による中断までの時間については、群間有意差なく、カプラン-マイヤー法によるあらゆる理由による中断までの時間の中央値は、オランザピン群 8.1週、クエチアピン群5.1週、リスペリドン群 7.4週、プラセボ群 8.0週でした。一方、有効性欠如による中断までの時間の中央値はオランザピン群22.1週、クエチアピン群 9.1週、リスペリドン群 26.7週、プラセボ群 9.0週であり、オランザピン群、リスペリドン群がプラセボ群より有意に長い結果となっています。さらに副作用、忍容性欠如による中断率は、オランザピン群 24%、クエチアピン群 16%、リスペリドン群 18%、プラセボ群 5%で実薬群はプラセボ群より有意に高い結果となりました。

・副次評価項目の有効性に関する評価も行われていて、CGICについては、脱落群はすべて非反応群に分類するという多少強引な設定の下で、12週時点で残存していたobserved case解析になっているのですが、その結果としては、minimal improvement以上の反応を示した割合は、オランザピン群 32%、クエチアピン群 26%、リスペリドン群 29%、プラセボ群 21%と群間有意差なしとの結果でした。脱落データをどう扱うかという点で議論の余地があることになります。この論文の結論としては、agitationなどのBPSDに対する非定型抗精神病薬のメリットは副作用などのデメリットにより相殺されてしまうようだということになっています。

・CATIE-AD試験における他のNPIなどの副次評価項目については別の論文で報告(Am J Psychiatry. 2008 Jul;165(7):844-54.)されています。12週時点でみてみても、脱落はオランザピン群59.2%、クエチアピン群 66.7% 、リスペリドン群61%、プラセボ群66%であり、ここまで脱落が多いと、脱落データをどう扱うのかについては慎重になる必要があります。主要な結果はLOCFで脱落データの観測値の推定がされていますが、副作用による中断が実薬群で多かったことを考えると、NPIなどの尺度がプラセボ群でも一定の割合で改善していくという流れが仮にあるのであれば、LOCFだと実薬群でスコアがまだ悪い早期の脱落が多くなり、実薬群で不利な結果になっている可能性があります。一方confirmatory analysisでMMRM(Mixed effect Models for Repeated Measures)による解析が行われていますが、MMRMで行うにしても、ここまで様々な理由による脱落が多いと欠測メカニズムがすでに観察されたデータからすべて説明できる(MAR:missing at random)との前提が崩れてしまうような気がしなくもないです。というわけでいくつかの尺度において結果の統計的解釈に困難があるCATIE-AD試験の結果ですが、NPIについては一応LOCFでは12週時点ではリスペリドン群とオランザピン群が有意にプラセボ群より良好であるとの結果が報告されています。

・CATIE-AD試験については、その他にも認知機能(Am J Psychiatry. 2011 Aug;168(8):831-9.)、代謝系副作用(Am J Psychiatry. 2009 May;166(5):583-90)、費用対効果(Arch Gen Psychiatry. 2007 Nov;64(11):1259-68)などの報告がなされており、総じて非定型抗精神病薬に対して分が悪い結果となっています。というわけでこれらの結果をもって、非定型抗精神病薬は第1選択とはならず、日本神経学会の認知症疾患診療ガイドライン2017のCQ 3B-2の推奨内容となるわけです。

・ただし、非定型抗精神病薬がBPSDに対して有効性は期待できないかという観点については、今回触れるメタ解析でも統計的には若干の有効性が期待できるという結果になっています。ですので、個別にリスクを慎重に考慮した上で自己または他者に危害が及ぶリスクがあるなど、やむを得ない場合に投与を検討する必要があります。厚労省が2011年に、保険適応外使用ではあっても、クエチアピン、ハロペリドール、ペロスピロン、リスペリドンに関しては、器質的疾患に伴うせん妄・精神運動興奮状態・易怒性に対して処方した場合でも審査場認めると通達しています。

・ちなみに詳しくは触れませんが、徘徊と転倒に関しては、この論文(Am J Geriatr Psychiatry. 2004 Sep-Oct;12(5):499-508)は後期研修医の先生方はチェックしておきましょう。

・さらにいうと、CATIE-AD試験はphase 2ではシタロプラムの介入試験が行われる予定になっており、結果に期待していたのですが、どこに行ってしまったのでしょうか?試験そのものからの脱落が多く、継続できなかったのでしょうか。CATIE-AD試験のclinicaltrials.govのサイトをみても(NCT00015548)、publicationsにシタロプラムの名前が見当たりません。シタロプラムはこれとは別にCitAD試験が行われ、結果が公表されています(JAMA. 2014 Feb 19;311(7):682-91. doi: 10.1001/jama.2014.93.)。現在エスシタロプラムの第3相試験が行われていますので、こちらの結果にも注目しています( NCT03108846)

・というわけで今回の本題ですが、2019年のJAMA Network Open誌に掲載されたBPSDに対する非定型抗精神病薬のネットワークメタ解析です(JAMA Netw Open. 2019 Mar 1;2(3):e190828.)。

BPSDに対する非定型抗精神病薬のネットワークメタ解析

背景

・認知症の行動・心理症状は、認知症患者の生活の質を低下させ、施設入所の可能性を高めるといわれている。

・リスペリドンは、オーストラリア、カナダ、ニュージーランド、イギリスでは重度のBPSDの治療薬として認可されているが、米国では認可されていない。

・無作為割付試験のpairwise meta-analysisによると、非定型抗精神病薬はBPSDをわずかに改善するだけで、死亡や脳血管系副作用などの重篤な有害事象を引き起こす可能性があることを示唆する結果が報告されている

・欧州医薬品庁、FDA、カナダ保健省などから警告が出されているが、これらの警告にもかかわらず、非定型抗精神病薬はBPSDの治療に12.3%~37.5%の患者に使用されている

・2015年、米国老年医学会は、高齢者における不適切な薬物使用の可能性に関するBeers基準を更新し(日本では、日本老年医学会、「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/info/topics/pdf/20170808_01.pdfが該当)、非薬物療法が奏功しないか不可能であり、患者が自己または他者に重大な危害を加える恐れがある場合を除き、BPSDに対する抗精神病薬の使用を避けることを推奨した

・これまでのpairwise meta-analysisでは、非定型抗精神病薬とプラセボを比較した試験がほとんどで、他の非定型抗精神病薬を比較した試験はあまりなく、どの抗精神病薬が有益で安全であるかは明らかにされていない。そのためネットワークメタ解析をしてみた

対象と方法

・65歳以上でBPSDに対する非定型抗精神病薬の有効性などを検証した6週以上の無作為割付試験

・17 RCTs(n=5373)。平均フォロー期間10週間。12の試験がナーシングホーム、3つが外来、2つがナーシングホーム+外来で施行

・主要評価項目は有効性(NPI)、副次評価項目はCMAI、BPRS

・主要安全性評価項目は死亡率と脳血管系副作用、副次安全性評価項目は錐体外路系副作用、傾眠/鎮静、転倒、骨折、尿路感染症、失禁

結果

・NPIについては、アリピプラゾールが対プラセボのSMD -0.17(95%CI -0.31 to -0.02)で有意差あり。オランザピン、クエチアピン、リスペリドンは有意差なし。リスペリドンやオランザピンの試験についてはプラセボ群の改善効果も大きかったため(細かいことをいうと、用量固定試験(Int J Geriatr Psychiatry. 2004 Feb;19(2):115-26、Arch Gen Psychiatry. 2000 Oct;57(10):968-76)では、オランザピンも特定の用量5mgとか7.5mgではNPIでプラセボと有意差ありとする報告などもあり、すべての用量をひっくるめた結果とは違ってくる可能性がある。またNPIの結果でアリピプラゾールの結果が有意にでているのはAm J Geriatr Psychiatry. 2008 Jul;16(7):537-50. の報告の影響を強く受けているためと思われる)

・CMAIではリスペリドン(SMD -0.26)とアリピプラゾール(SMD -0.30)がプラセボより有意に良好。BPRSではアリピプラゾール(SMD -0.20)、クエチアピン(SMD -0.24)がプラセボより有意に良好

・死亡に関しては対プラセボのオッズ比で有意差が出た薬剤はなし

・脳血管系副作用については、オランザピン(OR 4.28)とリスペリドン(OR 3.85)が有意なリスク上昇と関連あり。アリピプラゾール(OR 1.09)、クエチアピン(OR 1.36)は有意差なし

・錐体外路系副作用については、リスペリドン(OR 2.23)が有意なリスク上昇と関連あり。アリピプラゾール(OR 1.26)、オランザピン(OR 1.54)、クエチアピン(OR 0.59)は有意差なし

・傾眠/鎮静については、すべての非定型抗精神病薬が有意なリスク上昇と関連。アリピプラゾールOR 3.14、オランザピンOR 4.08、クエチアピンOR 4.47、リスペリドンOR 2.57。リスペリドンはオランザピンとクエチアピンと比較しても有意に鎮静/傾眠リスクが少なかった

・転倒/骨折/外傷については、リスペリドンはプラセボと比較して、有意な転倒/骨折/外傷リスクの軽減と関連した(OR 0.79 95%CI 0.64-0.98)。その他の非定型抗精神病薬はプラセボと有意差なし。アリピプラゾールOR 0.96、オランザピンOR 1.26。クエチアピンOR 0.78

・尿失禁/尿路感染症については、クエチアピンは有意なリスク上昇と関連(OR 2.11)、他はプラセボと有意差なし。アリピプラゾールOR 1.58、オランザピンOR 1.12,リスペリドンOR 1.38

結論

・非定型抗精神病薬のBPSDに対する有効性については効果量はいずれも小さい。

・オランザピン、リスペリドンは脳血管系副作用などに注意が必要

・非定型抗精神病薬についてはリスクーベネフィットがトレードオフ関係にあり、投与対象を慎重に見極める必要がある