・専攻医勉強会でパニック症に入ったのですが、ここ5年間程目立った介入試験もなく、前回使用した資料にRANZCP 2018ガイドラインを付け加えるだけという少し寂しい状況でした。ただ基礎実験レベルでは新たな動きもあるようです。先日オレキシン2受容体選択的拮抗薬のセルトレキサントが大うつ病において第3相試験までいっていることを当ブログでも紹介しましたが、今回はオレキシン1受容体選択的拮抗薬について、パニック症の動物実験や第1相試験が行われているという話題(J Exp Pharmacol. 2021 Apr 15;13:441-459)です。まだ第1相なので、この話題はいずれ消えてなくなる話かもしれません。そもそも基礎実験段階での新薬候補が上市される確率は何万分の1というものなので、動物実験で良い成績が得られてもそれがそのままヒトに通用するかというと、そう簡単にはいかない状況は多くあります。

・動物実験とヒトとのギャップを埋めるために患者iPS細胞由来の細胞モデルによる薬剤探索も活発に行われていますが、これが精神疾患となると、簡単にはいかないことと思われます。

・以下論文のオレキシン1受容体拮抗薬に関する部分の概略となります

********

・オレキシン1受容体拮抗薬である化合物56(compound 56)は、その他のオレキシン1受容体拮抗薬(SB-408124 、GSK-1059865 など)と比較して血液脳関門透過性や受容体選択の特異性などにおいて優れており、基礎実験で使用されている。

・乳酸ナトリウムを投与したパニック脆弱性を有するモデルラットにおいて、化合物56は行動異常と心血管系応答の異常を有意に改善した。鎮静作用は確認されなかった

・オレキシン1受容体拮抗薬(化合物56)とオレキシン2受容体拮抗薬(JnJ10397049)、デュアルオレキシン受容体拮抗薬(スボレキサント類似化合物)の作用特性を比較するため、20%二酸化炭素吸入パニック誘発モデルラットが使用された(Johnson PL et al. Depress Anxiety. 2015 Sep;32(9):671-83.)。ロラゼパム対照で行動異常と心血管系応答の異常への効果が比較された結果、オレキシン1受容体選択的拮抗薬はモデルラットの行動異常と心血管系異常を改善し、デュアルオレキシン受容体拮抗薬は行動異常のみを改善、選択的オレキシン2受容体拮抗薬はいずれの改善効果も示さなかった。

・さらに別の選択的オレキシン1受容体拮抗薬であるJNJ-54717793についても、動物実験でパニック症モデル動物に対する効果が調べられている。JNJ-54717793は、乳酸ナトリウム投与および20%二酸化炭素吸入モデル動物において、鎮静作用をもたらすことなく、心血管系応答異常と行動異常を改善することが示されている

・選択的オレキシン1受容体拮抗薬であるJNJ-61393215は20%二酸化炭素吸入モデル動物において、社会的相互作用テストにおける不安様行動を改善し、高用量においては心血管系応答の異常も改善することが報告されている。この物質も明らかな鎮静作用はなく、睡眠覚醒リズムへの影響もほとんどなかった

・JNJ-61393215は健常成人における第1相試験も実施されている(Transl Psychiatry. 2020 Sep 7;10(1):308)

・35%二酸化炭素 / 65%二酸化炭素の短時間(1分)吸入によるパニック誘発試験でPSL-IV得点で合計4点以上かつ少なくとも4つの症状尺度で1点以上の増加を示し、恐怖関連症状のVASで25mm以上の増加を示した39名が対象となった

・対象者らは二重盲検クロスオーバー試験により、JNJ-61393215を25mgないし90mg、アルプラゾラム2mg、プラセボの4群で比較された。6日間投与後に35%二酸化炭素2回吸入試験が行われた。その結果、JNJ-61393215を90mg投与された群とアルプラゾラム2mg投与群はプラセボと比較して有意にPSL-IV総得点の改善効果がみられた。血圧や心拍数については有意な効果はみられなかった。

・別のオレキシン1受容体拮抗薬であるACT-539313でも第1相試験が行われており、無作為割付クロスオーバー試験でACT-539313とプラセボの効果が比較されている(Prog Neuropsychopharmacol Biol Psychiatry. 2021 Jun 8;108:110166)。健常者30名が対象となり、参加者らは、ACT-539313を200mg投与とプラセボで比較され、2.5日間投与後に二酸化炭素吸入試験を受け(20分間7.5%二酸化炭素吸入、その後10分休憩し、35%二酸化炭素を単回吸入を行った)、VASやGAD-C、PSI得点、および心血管系パラメータや血清コルチゾールおよび血漿ACTH濃度が測定された。結果は全体としてはACT-539313とプラセボの有意差はなかったが、警戒感と不安のVAS得点については、プラセボよりも良好な結果であった。血圧や心拍数などはプラセボと有意差がなかった。一方で血清コルチゾール濃度はACT-539313投与後がプラセボ投与後よりも低値であった。 ACT-539313の抗不安作用については限定的な結果となっている

********

・以上となりますが、Johnsonらの結果によれば、オレキシン2受容体拮抗薬はうつ症状には良いかもしれないけど、不安には期待できないということでしょうか。まだこれまでの結果を実臨床に外挿するのは時期尚早かもしれません。

・JNJ-61393215は不安を伴う大うつ病に対する第2相試験が行われているようです(NCT04080752)。ACT-539313についてはどんな根拠でか過食性障害に対する第2相試験が行われているようで、これもどんなことになるのか興味深いところです(NCT04753164)

・パニック症に対するいくつかのガイドラインをみていて、専攻医の先生方にも伝えたのですが、軽症から中等症までのところでは精神療法(特にCBT)が第1選択となりうるため、学会のワークショップなどでCBTのセッションがあったら積極的に参加しましょうということを伝えました。ただこのコロナ禍においては、対面式のセッションが実施できないため、実技的な研修が滞るという問題があります(ウェブだと患者さんを対象とした実演映像などもセキュリティの問題から流せないことが多い)。その意味でも一刻も早い終息が望まれるところです