・専攻医勉強会で統合失調症の病態仮説について説明する際、文献4などをベースにしたスライドを提示しているのですが、統合失調症に対する創薬戦略の1つとして、これまでにムスカリンM4受容体アゴニストが開発され、ヒトに対する介入試験が行われたものの、副作用の問題から実用化しなかったということも触れていました。この度、この副作用の問題を回避するため末梢性ムスカリン受容体アンタゴニストを併用した試験が公表(文献1)されたのでみてみます。

・ムスカリン受容体は代謝調節型受容体であり、5つのサブタイプが存在します。主としてM1受容体は中枢神経、交感神経などに、M2受容体は心臓に、M3受容体は平滑筋や分泌腺に、M4受容体は中枢神経(前脳、線条体)に、M5受容体は黒質などに分布しているようです。

・統合失調症に関しては、動物実験の段階で、M4およびM5受容体が統合失調症の病態に関与する可能性が示されており、M4受容体をノックアウトしたマウスでは、ドパミン刺激に対する過剰反応性がみられ、M4受容体がドパミン放出と関連している可能性が示されていました(文献3)。中脳被蓋野のコリン神経系は中脳被蓋野ドパミン系と相互作用をし、精神病症状との関連を示唆する報告がされています(Neuropsychopharmacology 1995; 12:3–16)。

・xanomelineはM1とM4に主として作用するアゴニストであり、動物実験においてドパミン誘発性の行動異常に対して拮抗的な作用を発揮し、腹側被蓋野におけるドパミン神経系の発火を減少させることが示されています(文献3)。錐体外路症状を惹起せずに精神病症状への治療的効果をもたらすことが期待されます。

・もともとxanomelineはアルツハイマー型認知症治療薬として開発されていた薬剤であり、文献2などで報告された通り、比較的規模の大きなプラセボ対照無作為割付比較試験も行われたようです。

・アルツハイマー型認知症を対象とした介入試験では、xanomeline 75mg、150mg、225mgの3つの用量とプラセボの4群比較が行われ、6か月間で有効性、安全性などが検証されました

・M1受容体はシナプス後膜に存在し、皮質と海馬において最も豊富に発現する受容体であり、アルツハイマー型認知症の主要な治療ターゲットとなります。アルツハイマー型認知症の病態が進行すると前頭葉からのコリン作動性入力は減少するものの、M1受容体の発現量は比較的保持されるといわれています。そのためコリンエステラーゼ阻害薬は、コリン作動性神経のシナプス変性の程度によりその作用が影響を受けるのに対して、M1アゴニストはそのような神経変性の影響を受けにくく、より治療的効果が良好であることが期待されていました

・M4受容体は皮質、線条体、海馬、黒質などで発現していることが報告されており、動物実験ではM4受容体のアロステリック調節剤が内因性カンナビノイドシグナル経路を介してドパミン放出を抑制することを示唆する結果が報告されています(Neuron 2016; 91: 1244–1252)。

・この介入試験では、平均75歳、MMSE平均得点18.6点のアルツハイマー型認知症患者343名が対象となりました。主要評価項目はADAS-cogであり、副次評価項目として、周辺症状がADSSで評価されました・ベースラインでは40%が暴言、37%が妄想、22%が幻覚、25%が徘徊、52%が情動易変性、55%が焦燥性興奮などの周辺症状を呈していました。

・6か月後のADAS-cogについては、1カ月以上治療継続できた群でのend pointデータによる解析では、いずれの用量についてもプラセボとの有意差は示されませんでした。いくつかの認知機能の下位項目については有意に良好な結果が得られたものもあったようです。

・一方で周辺症状については、ベースラインより症状が悪化した患者の割合やベースラインで症状がなく、6か月間で症状が出現した患者の割合、ベースラインに症状があり、その後消失した割合などで評価されましたが、幻覚、暴言、強迫行動、妄想、猜疑心などで有意な用量依存性の改善効果が認められました。暴言、猜疑心、焦燥性興奮、幻覚、妄想などの症状については、経過中増悪する割合や新たに出現した割合についても用量依存性に有意な抑制効果がみられました。

・しかしながら、安全性については、225mg群では52%が副作用のため中断しており、失神も12.6%で報告され、さらに嘔気・嘔吐、発汗なども全体の約3割で報告されるなど、かなり問題がある結果となりました。

・このように周辺症状に対する有効性を示唆する結果は得られましたが、安全性に関する問題により、アルツハイマー型認知症に対してxanomelineが承認されることはありませんでした。

・2008年には統合失調症に対するxanomelineの予備的な小規模介入試験が行われました。ベースラインのPANSS totalが61点以上でかつ陽性症状尺度のうち2つ以上で3点以上の統合失調症患者20名を対象に4週間で行われました。xanomelineは開始後4日間で225mgまで漸増されました。

・4週間でPANSS total平均のxanomeline群とプラセボ群との差は24.0点となり、有意差を認めました。このように平均点の差は大きなものとなりましたが、xanomeline投与群でも症状が悪化したケースもあり、そのような症例の詳細が本文中には記載されていました。認知機能についても短期記憶や言語的学習などの項目でプラセボより有意に良好な結果となりました

・副作用については嘔気が10名中7名、嘔吐が10名中6名などやはりかなり高率で消化器系副作用がみられています。

・この後のxanomelineについての統合失調症に対する介入試験の報告は2008年以降今回の介入試験までなされておらず、安全性に関する問題が実用化への阻害要因になっていました。

・そこで今回、13年の時を経てxanomelineに末梢性ムスカリン受容体アンタゴニストであるtrospium(FDAでは過活動膀胱治療薬として承認されている)を組み合わせて、末梢性の副作用を起こりにくくして臨床試験をしてみようということで、統合失調症に対するxanomelineの初の比較的規模の大きな介入試験が行われました。注目点は安全性がどうか、治療効果はどのように表れるのか(陰性症状や認知機能など)になります。

・18-60歳の統合失調症患者(DSM-V)が対象となりました。エントリー基準としては、ベースラインのPANSS totalが80点以上、かつ陽性症状尺度のうち1つで5点以上ないし少なくとも2つで4点以上である、かつCGI-Sで4点以上であり、発症2カ月以内の精神病症状の急性増悪により入院治療が必要で、かつ少なくとも2週間以上抗精神病薬治療を受けていないものなどとされました。

・アメリカの12の施設で、5週間のプラセボ対照無作為割付比較試験として行われました。xanomelineの用量は8日目までにxanomeline 250mg/日+trospium 60mg/日に設定されましたが、耐用性不良の場合にはxanomeline 200mg/日+trospium 40mg/日に減量も可とされました(結果的に実薬群の91%が最高用量で継続)

・主要評価項目は5週後のPANSS totalの変化量でした。90名がxanomeline+trospium群、92名がプラセボ群に割付されました


・5週後のPANSS totalの変化量はxanomeline+trospium群は-17.4点、プラセボ群 -5.9点でプラセボ群の最小二乗平均差は-11.6点と有意差を認めました。

・陽性症状得点についてはプラセボとの差は-3.2点、陰性症状得点(PANSS negative)のプラセボとの差は-2.3点でいずれも有意差ありでした(PANSS Marder negative symptom subscoreでも有意差あり)

・中断率は実薬群20%、プラセボ群21%であり、副作用出現率は実薬群54%、プラセボ群43%でした。xanomeline-trospium群での副作用出現頻度として多かったものは、便秘17%、嘔気17%、口渇9%、ディスペプシア 9%、嘔吐9%などとなっており、半数以上で嘔気、嘔吐のみられた2008年の小規模試験より随分少なく、消化器系副作用が緩和されていそうなことがわかります。

・アカシジアはxanomeline-trospium群で3例(プラセボ0例)報告されましたが、Barnes Akathisia Rating Scaleの平均点の変化量は5週間で実薬群-0.1点、プラセボ群 0点、Simpson-Angus Scaleの変化量は5週間で実薬群 -0.1点、プラセボ群 -0.1点であり、確かにパーキンソニズムは全体として有意なものはなかったようです。

・trospium併用により、これまでみられていた副作用の問題はかなり解消したかのようにみえますが、長期的安全性などはどうなのでしょうか。今後さらに検証が必要と思われます

引用文献
文献1:Stephen K. Brannan et al. N Engl J Med 2021; 384:717-726
文献2:Arch Neurol 1997; 54:465–473
文献3:Am J Psychiatry 2008; 165:1033–1039
文献4:Robert A McCutcheon et al. Trends Neurosci. 2019 Mar;42(3):205-220