・DSM-5になりPTSDのサブタイプに解離の有無が加わりましたが、解離を伴うと感情のovermodulation(過変調)が起こり、外傷記憶想起時の情動変化が減弱しうるとの報告があります(文献3)

・この外傷記憶想起時の情動変化は、PTSDに対する心理療法(特に持続エクスポージャー療法)が効果を発揮する際に必要な要素と考えられているため、解離サブタイプのPTSDでは、心理療法の効果が減弱するのではないかという点に着目したメタ解析の結果(文献2)が報告されましたので、みていきたいと思います。

・まずは文献1を参考に、PTSDに対する持続エクスポージャー療法について簡単にまとめておきます。

PTSDに対する持続エクスポージャー療法

 

・安全な状況で不安を喚起させる状況に向き合うようにサポートする

・PTSDの情動処理理論に基づく。

情動処理理論について

 

・トラウマ的な出来事を頭の中で消化し、処理していくことがPTSD症状を緩和させるとの仮説

・恐怖は、危険を回避する一種のプログラムとして記憶に再現されると考える

・PTSDにおける非現実的で異常な恐怖構造を修正し、不安を軽減するには以下の2つの条件が必要であるとする
(1)その人の恐怖や不安が引き起こされ活性化すること。活性化されないと恐怖構造を修正できない
(2)非現実的な恐怖構造の情報(トラウマについて話したり考えたりするとおかしくなるだろう)を現実的な情報(トラウマについて考えてもおかしくなったりしない)に置き換えること

・トラウマ記憶をしっかりと処理していくことがうまくいかないとPTSD症状の慢性化を招くと考える。PTSDの治療は情動の処理を促進することとなる

持続エクスポージャー療法の概略

・安全な環境で、想像エクスポージャー(心の中で繰り返しトラウマ体験を思い出す)および現実エクスポージャー(トラウマ体験後に、実際には安全でも怖くて避けるようになってしまった状況に現実場面で向き合うこと)により恐怖を引き起こす刺激にエクスポージャーし、恐怖記憶を活性化させる

・その時に恐れていることが起こる可能性がどの程度であるのか、また起こったとして何が困るのかについて現実に即して考えるための情報が与えられる

・外界の危険に対する恐怖のみならず、不安そのものについての役に立たない不正確な信念も否定される

・馴化により学習された恐怖構造が変わり、よりエクスポージャーによる恐怖が軽減していく

 

以上となります。

・持続エクスポージャーが推奨されない状況としては、希死念慮や自殺企図がある場合、現在もなお暴力や虐待を受ける可能性が高い場合、トラウマ体験についての十分な記憶がない場合などとされています。

・実施方法の詳細については文献1を参照してください

 

PTSDに対する心理療法の解離の有無による有効性の違い

背景


・およそ14%のPTSD患者が解離症状を有するサブタイプと言われている

・慢性的な長期トラウマ体験(幼少期の虐待など)に曝露されたPTSD患者においては、解離サブタイプが多いとされる。急性トラウマによるPTSD患者では外傷記憶の想起により心拍数増加が観察されたが、解離サブタイプでは外傷記憶を想起しても心拍数増加はおきなかったことが報告されている

・再体験/過覚醒タイプのPTSDにおいては、外傷記憶想起中のfMRIにおいて、内側前頭領域(覚醒度の調整と情動制御に関与する腹内側前頭前野と吻側前部帯状回を含む領域)の低活性化がみられた。このことは辺縁系(特に扁桃体)の過剰活性化が外傷記憶想起時にみられるとの報告と整合性のあるものである。

・一方で解離サブタイプにおいては、背側前部帯状回や内側前頭前野などの覚醒や情動の調節領域の過剰活性化がみられた。外傷記憶想起時に感情の過変調(overmodulation)が起きている可能性を示唆するものである。この感情の過変調により、外傷記憶想起時の情動変化が減弱しうるが、この外傷記憶想起時の情動変化は、PTSDに対する心理療法(特に持続エクスポージャー療法)が効果を発揮する際に必要な要素と考えられている。

・そのため、解離サブタイプにおいては、心理療法の有効性が非解離型のPTSDとは異なるのではないか、場合によっては、トラウマ焦点化療法はPTSD症状の悪化をもたらすのではないかと考えメタ解析を行った

対象と方法


・18歳以上のPTSD患者(DSM-IIIから5まで)。PTSDの症状変化、解離症状についてきちんとアセスメントしてあるもの。解離症状の重症度が治療前後で評価してあるもの

・オープン試験でもOK

・査読付き論文に公表されたもの

・必ずしも解離サブタイプのみを対象としたstudyではない

結果


・21 studies(N=1714、9つがRCT、12はオープン試験)

・介入技法はEMDRが5つ、持続エクスポージャー療法が5つ、認知行動療法が2つ、催眠療法が2つ、弁証法的行動療法が2つなど

・治療前の解離症状の程度(大半がDissociative Experiences Scaleで評価)と治療効果の相関は0.04で有意な相関なし

・Moderation analysisにより、トラウマ焦点化療法と非トラウマ焦点化療法について解離症状の影響による有効性の差はなし

結論


・非ランダム化、非盲検試験が大半なのでエビデンスの質は不十分だが、解離症状の有無はPTSDに対する精神療法の治療効果への影響はあまりない可能性がある

 

・以上のように解離があろうが、なかろうが、PTSDに対する心理療法の効果は全体としてはさほど違いがないのではないかとの結果になりました。

・ただしこれらは解離を有するサブタイプに絞った解析ではなく、解析対象となった論文もエビデンスの質が低いため、結果をうのみにすることもできません。patient level dataを用いた解析があるといいのですが。

 

・最後に解離に向き合う際に重要な考え方を引用してまとめておきます。

ジャネの解離の定義

・観念や機能など人格を構成する様々なシステム間の統合能力の破綻を解離と定義

・心理的緊張が低下すると、心的統合の範囲が狭まって意識野の狭窄が生じ、ある種の心理現象が特殊な一群をなして切り離される(解離)。こうした弛緩した放心状態でいろいろな雑念がまとまりなく浮かんでくるものを「心理学的自動症」と呼んだ


野間 俊一先生(「解離症患者の病識と治療」臨床精神医学 46(12):1489-1492 2017)より引用

 

・解離症患者は症状を取り去りたいのかどうかはっきりしないこと、それでも恒常的な不安を抱いており、その軽減を望んていること、そして根本には、他者への根源的不信と自己存在の後ろめたさがあること・・このように考えれば、解離症患者の治療の最終目標は、症状の軽減や除去ではなく、「自分が生きていてもいい」という自己存在の承認と、それを可能にするための他者への信頼の回復であることがわかる

・症状の存在を正確に把握するという表層的な意味での病識の獲得は解離症患者にとって必要ではない・・・症状の背後にある自己存在のテーマを含んだ疾病理解という意味での病識が可能であれば、解離症を治癒に向かわせる重要な病識だろう

・解離症患者は、現在の苦悩を生き抜くためになんとか解離症状を身につけることになったのだが、その症状自体が周囲の人からは「演技的で嘘っぽく」感じられて、一定の距離を置かれてしまいがちである・・・治療者はまずは患者の体験をそのまま受け取ることが大事である。患者の訴えをしっかりと聴取しそれが「解離という精神現象である」との判断を伝え、解離が生じているということは「心の守りが薄くなり傷つきやすい状態だと推測される」ということを説明することが重要なのである。


田中 究先生(「解離の臨床」臨床精神医学 43(8):1137-1142, 2014)より引用

・私が助言の際に心がけていること

1)基本的態度
・信頼関係をつくる
・症状の意味を考える

2)基本的対応
・症状の背景にある本人のしんどさ、ストレスをとらえる
・症状の意味に直面化させない
・症状にはほどよく関わる(必要な応援だけをして、退行促進的にはならない、熱心さのあまり関わりすぎることがないように注意する)
・逆転移感情に気づく

3)解離性障害についての確認
・解離性障害=解離性同一性障害=境界性パーソナリティ障害ではない
・解離性障害の治療=外傷治療ではない

 

引用文献
1)PTSDの持続エクスポージャー療法 ワークブック 星和書店 バーバラ・O・ロスバウム 他著、訳 小西 聖子、金 吉晴
2)C.M. Hoeboer et al. BJPsych Open (2020) 6, e53, 1–8. doi: 10.1192/bjo.2020.30
3)Lanius RA, et al. Am J Psychiatry 2010; 167: 640–7.