PTSDの薬物療法についてのメタ解析がでていましたので(文献1)、PTSDについて少しまとめておきたいと思います


DSM-5になってから、DSM-IVまでの3つの症状群(再体験、回避/麻痺、覚醒亢進)から、回避/麻痺が2つの項目に分かれ、4つの症状群(再体験、回避、認知と気分の陰性の変化、覚醒亢進)に変化しました。

また無症状から遅れて発症することは極めてまれで、部分的な症状から診断基準を満たす状態に病態が進展することが多いため、発症遅延型から遅延顕症型に変更となりました。

また、解離症状の有無が予後に影響しうることから、解離症状の有無によるサブタイプが追加されました。

 

治療についてまずはガイドラインをみてみようと思いましたが、外傷体験を取り扱うにあたって、してはいけないことをまずみてみます。

外傷体験の被害者(災害での被災者なども含む)に対して、体験の内容や感情を聞きただすような災害直後のカウンセリング(心理的デブリーフィング)は有害ですので、してはいけません(文献2)。

その根拠は文献3、文献4によります。

 

心理的デブリーフィングの有害性

 

・この2つの報告(文献3,4)は、交通事故の被害者で入院した方を対象に、心理的デブリーフィング施行群と何もしない(リーフレットを受け取るだけ)対照群に無作為割付され、4か月後(文献3)、3年後(文献4)の予後が報告したものです。

・心理的デブリーフィングは、事故から24時間から48時間後までの間に施行され、1時間程度で外傷体験の想起、感情表出の促進、体験の認知的処理の促進、一般的な情動反応について、体験について話すことの価値や、徐々に通常生活に戻ることについての助言などが行われました。

・心理的デブリーフィング施行群は54名、対照群は52名でした。

・4か月後の状態ですが、心理的デブリーフィング群は、brief symptom inventoryの2つの下位尺度において有意に対照群より悪い結果でした。また侵入的記憶による苦痛を有する患者の割合は心理的デブリーフィング群9名、対照群5名。旅行への不安を有する患者は心理的デブリーフィング群 18名、対照群 16名でした。心理的デブリーフィングを行った方が、4か月後の心理的予後が悪いとの結果になりました。

・さらに3年後の状態ですが、3年後も追跡できたのは心理的デブリーフィング群30名、対照群31名でした。これらの対象者に対してImpact of Event Scale(IES)を施行し、侵入および回避の合計点を求めました。全体として3年後のIES得点について両群で有意差はありませんでしたが、ベースラインのIES得点が高い群と低い群に分けて解析すると、ベースラインのIES得点が低い軽症群では対照群と心理的デブリーフィング群とで3年後のIES得点で有意差がありませんでしたが、ベースラインのIES得点が高い重症群については、心理的デブリーフィング群で有意に予後が悪いとの結果でした。


・つまり、外傷直後の症状が強い人については、心理的デブリーフィングを行うと、年単位の長期予後も悪化させる可能性があるということになり、何もしない(安全を確保するなどを除いて)ほうがよほど良いということになります。

 

NICEガイドライン2018

 

続いて、治療法についてNICEガイドライン2018(文献5)をみてみます。

1)成人PTSDに対する心理療法として推奨されるもの

1.トラウマ焦点化CBT

・治療効果が年単位で持続しうる。様々な外傷体験に有効である。

・大半のエビデンスは外傷体験後3か月以上たってからの介入効果であり、外傷後1-3か月の時点での介入効果についてのエビデンスは限定的。

・個別の12回のセッションによるトラウマ焦点化CBTが費用対効果において優れているとのエビデンスがある。一方集団でのトラウマ焦点化CBTについては臨床的ないし費用面において有用であるとはいえないようである。

・心理教育については、それ単独ではなく、トラウマ焦点化CBTと同時に提供されることが推奨される

2.EMDR

・EMDRについては、トラウマに焦点化CBTよりもエビデンスが少ない。EMDRとトラウマ焦点化CBTを直接比較した研究では有意な差は認められていない。

・EMDRは戦争関連のトラウマには有効ではないことが示唆されており、EMDRの推奨を非戦争関連トラウマに限定する。

3.支援付きコンピュータによるトラウマ焦点化CBT

・支援付きセルフヘルプおよび支援なしセルフヘルプ、特にコンピュータによるトラウマ焦点化CBTが、自己評価式PTSD症状などの改善において有用であるとのエビデンスがある。

・これらの有益性は、1年後まで維持された。どちらの介入も他の心理学的介入と比較して費用対効果が高かった。支援付きセルフヘルプと支援なしセルフヘルプの両方が有効であるが、支援付きセルフヘルプの方が臨床的にもコスト的にも優れているのは効果量が大きいためである。

・対面でのトラウマ焦点化CBTやEMDRよりも支援付きコンピュータによるトラウマ焦点化CBTを好むPTSDの成人のための選択肢としてこの方法を考慮すべきである。

・この方法の適応は重度のPTSD症状(特に解離症状)がなく、自分自身や他人に危害を加える危険性がない成人に限定される。


4.非トラウマ焦点化CBT


・非トラウマ焦点化CBTは、睡眠障害や怒りなどの特定の症状を対象とした場合に有益であり、PTSD症状の改善にもつながるという証拠がいくつかあったが、これらの有益性がどのくらいの期間維持されるのかは明らかではなかった。

・非トラウマ焦点化CBTは、個人トラウマ焦点化CBT、EMDR、セルフヘルプよりは費用対効果が低いが、present-centerd therapy、集団トラウマ焦点化CBT、個人トラウマ焦点化CBTとSSRIの併用、カウンセリング、無治療などの他の介入よりは費用対効果が高かった。

・非トラウマ焦点化CBTは第1選択にはならないが、トラウマの記憶と直接向き合う準備ができていない場合の選択肢となり、トラウマに焦点を当てた介入の利用を促進することができる。また、トラウマに焦点を当てた介入の後に残存する症状を対象とするためにも使用できる。

(この非トラウマ焦点化CBTの特定の症状への推奨と支援されたコンピュータによるトラウマ焦点化CBTの推奨の追加がこれまでのガイドラインとの大きな違いとなっている)

2)成人PTSDに対する薬物療法

・SSRIとベンラファキシンがPTSDの治療に有効であるというエビデンスがある。

・SSRIについては効果量はベンラファキシンよりも小さい。

・薬物治療を希望する場合にはSSRIとベンラファキシンのいずれかを検討してもよいが、PTSDの第一選択の治療とすべきではない。

・SSRIが推奨されている心理的介入のいずれよりも効果が低いことが理由の一つである。

・SSRIはEMDR、個人トラウマ焦点化短期CBT、または支援を伴うセルフヘルプよりも費用対効果が低い。

・特定のSSRI(セルトラリン、フルオキセチン、パロキセチン)の有効性に有意な差があるという証拠はない。

・抗精神病薬は、単独でも併用でも、PTSD症状の治療に有効であるといういくつかのエビデンスがある。しかし、SSRIや心理的介入を支持するエビデンスよりも限定的である。

・抗精神病薬は心理療法の補助的なものとしてのみ考慮すべきである。しかし、症状が他の薬物治療や心理療法に反応せず、対処困難な精神症状や行動を呈している場合には抗精神病薬は選択肢となりうる。

 

以上となります。薬物療法は心理療法の次ということになります。2013年のコクランレビュー(文献6)ではトラウマ焦点化認知行動療法(効果量:-1.62)、EMDR(効果量:-1.17)などとなっています。

最近薬物療法について、効果量を症状ごとに少し細かく評価したメタ解析がでましたので、みてみたいと思います(文献1)。ただし数字の羅列になりますので、実際の論文も参照しながらご覧ください。

 

成人PTSDの薬物療法

背景


・2017年にはPTSDの生涯罹患率が3.9%と報告されており、外傷体験への曝露率は5.6%と報告されている(Koenenら 2017)。

・2005年のNCS-R(National Comorbidity Survey Replication)ではアメリカ成人のPTSD生涯罹患率を6.8%と報告している

・2018年のMRI研究においては、PTSDは海馬体積の減少などと関連していることが報告されている(Bromisら 2018)。またノルアドレナリン系の活動亢進も報告されている(Milaniら 2017)

・現在アメリカ心理学会ガイドライン(2017)では、薬物療法としてフルオキセチン、パロキセチン、セルトラリン、ベンラファキシンを推奨しており、セルトラリンとパロキセチンのみがFDAに承認されている(日本も同様)。

・一方でリスペリドンやトピラマートについてのエビデンスは十分ではない。またPTSDのサブタイプや重症度(戦争や性被害か、暴力かなど)によりどのような治療が推奨されるのかもよくわかっていない。

・そこで臨床的特徴によってどのような治療法が最適かについてメタ解析を行った

方法と対象


・成人(18歳以上)PTSD(DSM-IIIからVないしICD-10)
・単剤ないし増強での経口ないし静注による薬物療法
・プラセボないし実薬対照試験
・78 RCTs:うち14はすべて男性が対象。31が退役軍人を対象とし戦争関連PTSD
・DSM-5からは中核症状が4つ必要(侵入症状、回避、過覚醒、麻痺)となったが、それまでは3つ(侵入症状、回避、過覚醒)

結果


・ラモトリギン(N=1 RCT)、divalproex(N=2)、プレガバリン、トピラマートいずれもプラセボと比較して有意差のみられた尺度(回避、過覚醒、侵入)なし

・クエチアピン(N=1:n=42)は全症状尺度(SMD=-0.49,CI:-0.93, -0.04)、侵入症状(SMD=-0.55,CI:-1.00,-0.10)、回避(SMD=-0.53,CI:-0.98, -0.09)、過覚醒は有意差なし、抑うつ(SMD=-0.63,CI:-1.08,-0.18)、不安は有意差なし。Nが少ない

・リスペリドン(N=6 RCTs:n=206)は全症状尺度(SMD=-0.23,CI:-0.42, -0.03)、侵入症状は有意差なし、回避(SMD=-0.36,CI:-0.56, -0.15)、過覚醒は有意差なし、抑うつは有意差なし、不安は有意差なし

・オランザピン(N=3 RCTs:n=34)は全症状尺度(SMD=-0.66,CI:-1.19, -0.13)、侵入症状は有意差なし、回避は有意差なし、過覚醒は有意差なし、抑うつ(SMD=-0.81,CI:-1.41,-0.20),nが少ない

・ベンラファキシン(N=2 RCTs:n=340)は全症状尺度(SMD=-0.29,CI:-044, -0.14)、侵入症状(SMD=-0.25,CI:-0.40,-0.10)、回避(SMD=-0.20,CI:-0.35, -0.05)、過覚醒( SMD=-0.28,CI:-0.43,-0.13 )、抑うつ(SMD=-0.21,CI:-0.36,-0.06)、不安は報告されていない。どれもSMDは小さい

・セルトラリン(N=6 RCTs:n=494)は全症状尺度(SMD=-0.22,CI:-035, -0.10)、侵入症状(SMD=-0.45,CI:-0.75,-0.16)、回避(SMD=-0.26,CI:-0.47, -0.06)、過覚醒( SMD=-0.33,CI:-0.46,-0.20 )、抑うつは有意差なし、不安は有意差なし(意外なことに)

・フルオキセチン(N=6 RCTs:n=521)は全症状尺度(SMD=-0.27,CI:-042, -0.12)、侵入症状(SMD=-0.27,CI:-0.43,-0.10)、回避(SMD=-0.24,CI:-0.41, -0.08)、過覚醒( SMD=-0.20,CI:-0.37,-0.04 )、抑うつ(SMD=-0.25,CI:-0.40,-0.10)、不安(SMD=-0.28,CI:-0.44,-0.12)

・パロキセチン(N=4 RCTs:n=533)は全症状尺度(SMD=-0.48,CI:-060, -0.36)、侵入症状(SMD=-0.40,CI:-0.52,-0.27)、回避(SMD=-0.39,CI:-0.51, -0.27)、過覚醒( SMD=-0.42,CI:-0.54,-0.30 )、抑うつ(SMD=-0.49,CI:-0.61,-0.36)、不安はN=1:n=17のみの報告しかなく、有意差なし。いずれもSMDが比較的他の薬剤より良好なのが特徴

・シタロプラムはN=1:n=25の小規模試験しかなくnegative。エビデンスは不十分

・ミルタザピンとアミトリプチリンは小規模試験が1つしかなく、明確な結論は出せない

・CAPS得点で60-79点の重症群を対象とした試験の結果によると、フルオキセチン(n=421、MD:--5.23 CI:-10.20,-0.27)、パロキセチン(n=1044、MD:-12.63 CI:-15.78,-9.48)、クエチアピン(n=80, MD:-11.81 CI:-22.18,-1.44)のみ有意差あり。

・CAPSが80点以上の最重症群を対象とした試験の結果については、フルオキセチン(n=301,MD:-7.80 CI:-14.75,-0.85)、オランザピン(n=47,MD:-17.49 CI:-32.68,-2.30)、セルトラリン(n=427, MD:-5.41 CI:-8.70,-2.11)、ベンラファキシン(n=687, MD:-8.10 CI:-12.27,-3.92)が有意差あり。パロキセチンについてはn=30程度の小規模試験しかなく結論がだせない

・退役軍人を対象としたものについては、アミトリプチリン(n=33)、フルオキセチン(n=12)、オランザピン(n=19)など小規模のものや、クエチアピン(n=80)、リスペリドン(n=351)、セルトラリン(n=208)、トピラマート(n=91)などがあり(パロキセチンはない)、有意差がみられたのは、クエチアピン( SMD:-0.49 CI:-0.94,-0.04)、リスペリドン( SMD:-0.22 CI:-0.44,-0.01)、トピラマート( SMD:-1.14 CI:-2.16,-0.12)のみ。セルトラリンが比較的規模がそろっているが有意差がなく、非定型抗精神病薬でわずかに有意差があったことから、戦争による心的外傷については薬物療法はなかなか難しいことを表しているのか。エビデンス自体もまだまだ不十分

結論


・PTSDに対する薬物療法の効果量は全体として概ねsmallの範疇。心理療法が第1選択であることがよく理解できる。エスシタロプラム、ボルチオキセチンなどのエビデンスはまだない。ミルタザピンも不十分。

・非定型抗精神病薬による増強も選択肢だろうが、クエチアピン、オランザピンはNがまだ少なく(有意差はでているが)、リスペリドンも結果はあまりぱっとしない。

 

引用文献
1)Zhen-Dong Huang et al. Front Pharmacol. 2020 May 8;11:559
2)災害時地域精神保健医療活動ガイドライン 平成13年度厚生科学研究費補助金(厚生科学特別研究事業)「学校内の殺傷事件を事例とした今後の精神的支援に関する研究」
3)Hobbs M. et al. BMJ. 1996 Dec 7;313(7070):1438-9
4)R A Mayou et al. Br J Psychiatry . 2000 Jun;176:589-93. doi: 10.1192/bjp.176.6.589.
5)NICE guideline (NG116) https://www.nice.org.uk/guidance/ng116
6)Bisson JI, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2013 Dec 13;2013(12):CD003388. doi:10.1002/14651858.CD003388.pub4.