抗うつ薬中断について
2020年06月25日
抗うつ薬中断についての話題をいくつかまとめておきたいと思います。
まず最初は妊娠中の抗うつ薬中断によるうつ病再発リスクについてのレビュー(文献1)です。
妊娠中の抗うつ薬中断によるうつ病再発リスク
背景
・妊娠中のうつ病罹患率は12%と言われている。また妊娠中女性に対する抗うつ薬処方率は1.8-8%と言われている
・妊娠は抗うつ薬中断の主要イベントである。妊娠第3期においては、妊娠前に抗うつ薬を内服していた女性の4人に1人しか抗うつ薬を内服していないとの報告がある
・うつ病を治療しないことによる母体や児への影響も報告されている。
・妊娠中の抗うつ薬中断によるうつ病再発リスクなどはよくわかっていない
・Cohenは2006年に201名の女性を対象に前向きコホート研究を行い、うつ病の再発リスクは全体として妊娠中に43%であり、抗うつ薬を中断した女性は、中断しなかった女性よりもより再発率が高かったことを報告している
・しかし2011年の別のコホート研究では、中断しようがしまいが再発率は同等でありこの結果は再現されなかった。
・2015年のメタ解析では、抗うつ薬を中断すると再発率が2倍になるとされた。
・最近の9つのガイドラインでは、4つのガイドラインで妊娠中の抗うつ薬継続を推奨しており、5つは抗うつ薬の継続の是非について明記していない
・今回妊娠中の抗うつ薬中断によるうつ病再発率についてのメタ解析を行った
対象
・抗うつ薬を妊娠前に中断した女性を含むstudyで、妊娠中のうつ病再発を評価したもの
・6 studies:4つが前向きコホート、2つが後顧的観察研究
結果
・抗うつ薬の中断率は22%から78%。抗うつ薬の中でSSRIおよびSNRIが最多で処方率は59%から71%。妊娠中に継続した群はSSRIを選択する傾向が高かった
・独身妊婦と予期しない妊娠では中断率が高かった
・再発率は15%から68%であり、4つの報告で再発率60%以上を報告した
・全ての報告で、最も高い再発リスクが第1三半期であり、32歳未満、未経産妊婦であることが再発リスクが高いことが報告されている
・独身妊婦であることも再発リスクの高さと関連したことが報告されている
・うつ病の経過が慢性であることが再発の予測するリスクとして最も多く報告された。5年以上のうつ病罹病期間を有する女性は、そうでない場合と比較して3倍再発リスクが高かった
・重症うつ病の既往を有する女性は、そうでない場合と比較してより再発リスクが高かった(80%対38%)
・その他の再発予測因子としては、これまでのうつ病エピソードの回数、妊娠初期におけるEdinburgh Postnatal Depression Scaleが高得点であることなどであった
・201名を対象とした観察研究では、抗うつ薬減量群では再発率35%、維持群は26%、中断群では68%と報告されている
・別の報告では、抗うつ薬を中断することで再発した女性について、抗うつ薬を再開したところ、症状が改善したと報告している。抗うつ薬再開は再発リスクを低減したが、維持群と比較すれば再発リスクは高かったと報告されている
・希死念慮についての報告もあり、Suzukiらは抗うつ薬を中断した37名中3名が希死念慮を訴え、維持した49名中1名が希死念慮を訴えたと報告した。この差は統計的には有意ではなかった
・4つの報告では、抗うつ薬継続群と中断群との比較が可能であり、メタ解析が行われた。全体として518名が含まれ、うち302名が抗うつ薬継続群、206名が中断群
・全体として、継続群と中断群とで、うつ病再発リスクについて有意差はぎりぎりみられなかった(RR=1.74:CI 0.97-3.10)。継続群再発率18.9%、中断群再発率54.4%
・しかし、重症度毎にわけて解析した結果、重症ないし反復性うつ病群を対照とした1つの報告では、抗うつ薬中断は有意に再発リスクを増加させる結果となった(RR=2.30:CI 1.58-3.35)。継続群再発率25.6%、中断群再発率67.7%。一方で軽症から中等症までの妊婦においては、抗うつ薬継続群と中断群とで再発リスクについては有意差は認めなかった(RR=1.59:CI 0.83-3.04)。継続群再発率16.5%、中断群再発率48.2%
・数値的には随分と中断による再発率が上昇しているようにみえるが、メタ解析で有意差がでるほどNが多くないため有意差がでていない
結論
・観察研究のみからの帰結ではあるが、妊娠前のうつ病が重症ないし反復性の場合には妊娠中の抗うつ薬継続により有意なうつ病再発予防効果が期待できそう。
・軽症から中等症群については、抗うつ薬継続による再発予防効果はまだNが少なく有意差がでるレベルではない。軽症から中等症において抗うつ薬中断によりうつ病の再発率が上昇しないということはできず、数値的には2倍以上中断により再発率が上がる結果となっている。まだまだNが少なくはっきりとした結果が得られない状況
続いて、妊娠前や妊娠中にも問題となりうるSSRIないしSNRIの中断に際しての離脱症候群の報告をみてみます。
SSRI離脱症候群について(文献2)
・実はあまりきちんとした報告は多くないのが離脱症候群になります。というのも普遍的な診断基準がないこと、DESSなど離脱症状の尺度はあるものの、それを用いて報告されたものも、そう多くはないこと、などから、どのくらいの割合で離脱症状が起こりうるかは、報告によってばらつきが大きいのが現状です。
背景
・1990年代からSSRIの中断に伴う身体症状、精神症状の出現が報告されてきた。
・当時の報告では、離脱症状は3週間程度まで持続(1年以上続いたとの症例報告もあるが)し、同じないし同一クラスの抗うつ薬を再開することで改善すると報告された。
・離脱症状は急な断薬で多く報告されているが、漸減した場合でも報告されている。
・1998年には離脱症状の評価のためのthe Discontinuation Emergent Signs and Symptoms(DESS) チェックリストが開発された。
・診断基準も提唱され、身体的症状(浮動性めまい、軽い頭痛、回転性めまい、電気ショック様感覚、感覚麻痺、疲労、頭痛、嘔気、振戦、下痢、視覚障害)と心理的症状(不安、不眠、イライラ感)の両方を含み、それらに関連して著しい苦痛を伴うものとされた。
・中断症候群という用語は、離脱症候群との表現に置き換えられつつある。SSRI離脱症候群についてのシステマティック・レビューを行ってみた
対象
・61のstudies。15 RCTs(フルオキセチン、セルトラリン、パロキセチン、シタロプラム、エスシタロプラムをプラセボや他の抗うつ薬と比較したもの)。4つのオープン試験、4つの後方視的観察研究。残り38は症例報告集。
RCTにおけるSSRI離脱症候群
・120名のパニック障害患者を対象とし、認知療法とパロキセチン20、40、60mgで12週間比較された試験があり、その後急に中断したところ、離脱症状(大半が浮動性めまい)がパロキセチン群の34.5%に観察され、プラセボ群(13.5%)よりも有意に多い結果となった。
・大うつ病患者395名を対象に、フルオキセチンないしプラセボが12週間投与され、さらに治療に反応した群が、無作為にプラセボ(急な中断)ないし継続に割り付けされた研究では、急に中断された群において2週間後に傾眠が有意に多い結果となった(中断群4%対継続群0%)。さらに中止4週後、6週後においては中断群では浮動性めまいが有意に多かった(4週後 7%対4%、6週後 5% 対 1%)
・242名の寛解状態の大うつ病患者でフルオキセチン、セルトラリン、パロキセチンが既に4-24か月間継続投与中の患者を対象に、約8割がプラセボに約2割が継続に無作為割付され、1週間程度離脱症状が観察された報告において、30%以上みられた離脱症状は、パロキセチン中断群(N=59)において、突然の気分悪化が45%、浮動性めまい50%、錯乱 42%、嘔気40%、易刺激性 35%、焦燥性不隠 31%、頭痛34%、神経過敏または不安 34%、号泣または涙ぐむ発作 40%、疲労感 32%、夢の増加または悪夢 37%など、セルトラリン中断群(N=63)では、焦燥性不隠 37%、易刺激性 38%、頭痛31%、神経過敏または不安 31%、情動易変性 31%などであった。フルオキセチン中断群(N=63)では30%以上にみられた離脱症状はなかった。パロキセチンの離脱症状が目立つ結果となった。特に突然の気分の悪化などうつ病の反跳症状のような離脱症状がみられる点は注意を要する点である。
・さらに似たような介入試験として、4か月以上3年未満、同一薬剤を継続投与されている寛解状態の大うつ病患者107名を対象に、プラセボ期間5日、実薬継続期間5日を二重盲検でランダムに設定し(プラセボ期間について実薬継続期間、ないし実薬継続期間についでプラセボ期間)離脱症状についてアセスメントを行った。その結果パロキセチン中断群のみが、他2群と比較して有意な離脱症状数の出現の増加が観察され、パロキセチン中断群では中断2日目から有意差があり、次第に増加し4日目では平均4つの症状を呈するに至った。特に浮動性めまいが最多でパロキセチン中断期間中33.3%でみられた。セルトラリン中断群では35.3%であった。そのほかパロキセチン中断群では頭痛27.8%、嘔気 16.7%、不安 16.7%などとなった。フルオキセチンでは実薬期間とプラセボ機関とで統計的有意差を認めた離脱症状はなかった。
・プライマリケア領域における大うつ病患者293名に対して8週間エスシタロプラム10-20mgないしベンラファキシンXR 75-150mgを投与し、その後用量に応じて最大4日間かけて中断し、3-7日間離脱症状が観察された。その結果、DESSにおいて10%以上の患者で離脱症状のみられた項目数はエスシタロプラム中断群で5項目、ベンラファキシン中断群で23項目であった。エスシタロプラム中断群で多くみられた離脱症状としては睡眠障害19%、神経過敏または不安 16%、易刺激性 15%、夢の増加または悪夢 13%、気分の突然の悪化10%などであった。ベンラファキシンの離脱症状については次の論文紹介において触れる。
・681名の全般不安症患者に対して12週間プラセボ、エスシタロプラム5-20mg、パロキセチン20mgを投与し、終了後に中断ないし1週間で漸減(エスシタロプラム20mg群のみ)し、その後1週間経過観察した報告によると、なんらかの離脱症状を呈した割合は、プラセボ群19.4%、エスシタロプラム5mg群 11.1%、エスシタロプラム10mg群25.4%、エスシタロプラム20mg群18.9%、パロキセチン群41.6%であった。パロキセチン群のみ有意に多く、浮動性めまい19.5%、回転性めまい5.3%、嘔気 8.0%などとなった。そのほか有意差がみられたのは、エスシタロプラム10mg群での不眠5.1%、エスシタロプラム20mg群での回転性めまい 3.6%などであった。
・介入試験の結果からは、パロキセチンの離脱症状の出現率が目立っていることがわかる。
SNRI離脱症候群について(文献3)
RCTにみるベンラファキシンおよびデュロキセチンの離脱症状
・大うつ病患者を対象として8週間ベンラファキシンXR 75-225mg(N=84:平均161.4mg)を投与し、2週間で漸減した試験(セルトラリン 50-150mg、N=79:平均105.4mgとの比較)。ベンラファキシン84例中、10%以上出現した離脱症状は、浮動性めまいが43.8%、倦怠感が32.8%、回転性めまいが17.2%、鮮明な夢が42.2%(セルトラリンでは、不動性めまい 33.3%、倦怠感22.2%、回転性めまい 5.6%、鮮明な夢 26.4%)
・ベンラファキシンがセルトラリンの2倍以上の出現率であった離脱症状は、情動易変性が14.1%(セルトラリン 6.9%)、振戦が12.5%(セルトラリン 2.8%)、頻脈が9.4%(セルトラリン 4.2%)、協調運動障害が7.8%(セルトラリン 0%)、錯乱が9.4%(セルトラリン 1.4%)、寒気が7.8%(セルトラリン 2.8%)、軽躁状態が1.6%(セルトラリン 0%)。協調運動障害と振戦については有意差ありであった。ミオクローヌスはセルトラリンが2.8%(ベンラファキシンは0%)。2週間漸減による離脱症状はセルトラリンのほうが軽度であった。
・大うつ病患者を対象に8週間ベンラファキシンXR75mgないし150mg(N=142 )を投与し、エスシタロプラム10mgないし20mg(N=146)と比較した試験。8週間終了後に、ベンラファキシン75mg群では即中断、150mg群では4日間75mgに減量し、その後中断し1週間目に離脱症状評価(エスシタロプラム群は20mg群は10mgに減量し4日後に中断、10mg群は即中断)。ベンラファキシン中断群は、発汗(22%)、倦怠感(25%)、嘔気(15%)、忘れっぽさ(15%)、歩行不安定(10%)、焦燥性不穏(12%)、浮動性めまい(20%)、灼熱感(11%)、落ち着きのなさ(12%)などにおいてエスシタロプラムより有意に離脱症状が多かった
・大うつ病患者に対してデュロキセチン 60mg(N=149)、クエチアピンXR150mg(N=152)、クエチアピンXR(N=152)、プラセボ(N=157)で6週間比較し、クエチアピン150mg群は即中断、デュロキセチン60mg群とクエチアピン300mg群は2週間で漸減し、離脱症状を比較。デュロキセチン 60mg群において5%以上出現した離脱症状は頭痛(6.0%:プラセボは3.8%)、浮動性めまい(5.4%:プラセボ 0.6%)のみ
・全般性不安障害に対してデュロキセチン 60mgないし120mg(N=168)ないしプラセボ(N=159 )を10週間投与し、2週間で漸減中止。漸減期間での離脱症状出現率はデュロキセチン群 22.1%、プラセボ群 17.3%であり、全体として有意差なし。浮動性めまいのみ5%以上の出現率があり、デュロキセチンで6.3%、プラセボでは2.7%で有意差はなし
・全般性不安障害に対してデュロキセチン 60mg(N=168)、デュロキセチン120mg(N=170)ないしプラセボ(N=175 )を9週間投与し、9週間後にデュロキセチン投与群は即中断群と2週間で漸減群に無作為割付され離脱症状比較。全体として離脱症状出現率は、デュロキセチン60mg群では31.1%、デュロキセチン 120mgでは29.8%、プラセボ群では16.2%、有意差あり。浮動性めまいが漸減群13%、中断群9%で、頭痛が中断群7%、漸減群6%、嘔気は中断群4%、漸減群3%、感覚異常が中断群4%、漸減群2%。漸減群と即中断群とで有意差のあった離脱症状はなしであった。
・SNRIのうち、ベンラファキシンは離脱症状が出現しやすい可能性があり、急な中断に要注意。デュロキセチンは中断に際して比較的安全そう
SSRI中断症候群か、離脱症候群か(文献4)
・SSRIの中断に際しては、パロキセチンを中心に離脱症状の出現が比較的多くみられ、服用に際して依存性物質のような渇望や過剰な使用、耐性などはないと言ってもよいが、離脱症状が生じ、それを緩和するために服用しつづけないといけないことがあるということから、中断症候群ではなく、離脱症候群とよぶべきである、との議論があり、国際的にもその流れのようです。
実際にどのように減量していけばいいのかについてはすぐれた総説(例えば文献5)があるので参照してください。
・結論としては妊娠可能女性のうつ病については妊娠中の中止を見越した場合、離脱症状の観点からはパロキセチン、ベンラファキシンは避けた方がいいということかもしれません。特にパロキセチンは先のブログ記事でみたように妊娠中の催奇形性の問題が解決していませんし、慎重にということになりそうです。半減期が長い方が離脱症状が起こりにくいとされていますので日本未発売のフルオキセチンを除くと、半減期が比較的長いセルトラリンあたりでしょうか。胎盤通過率からみても、フルオキセチン65%、エスシタロプラム 50%、セルトラリン30%とされていますので、セルトラリンはよい選択肢になるのかもしれません。
引用文献
1)Bayrampour H. et al. J Clin Psychiatry 2020;81(4):19r13134
2)Giovanni A. Fava et al. Psychother Psychosom 2015;84:72–81
3)Giovanni A. Fava et al. Psychother Psychosom 2018;87(4):195-203.
4)Ivana Massabki and Elia Abi-Jaoude Br J Psychiatry (2020) Page 1 of 4.doi:10.1192/bjp.2019.269
5)辻 敬一郎, 田島 治:抗うつ薬、気分安定薬の離脱に伴う問題と減量中止の方法 臨床精神薬理 20:1033-1042、2017