・日本神経精神薬理学会から公表されている統合失調症薬物療法治療ガイドラインが改訂され2022年版になるとのことで、少し前までパブリックコメントが募集されていました。

・内容を拝見していて前の版にあったCQが一部無くなっていて(例えばCQ1-4:初発精神病性障害の再発予防効果における抗精神病薬の最適な治療継続期間はどのくらいか?)、これはAPAガイドライン2020と同じくTiihonenらの報告(Am J Psychiatry. 2018 Aug 1;175(8):765-773)などが影響したためなのかな?などと思っていたのですが、観察研究の帰結はこのガイドライン構築のためのエビデンスとしてみる限り採用されていないようなので、そうではないようです。

・今回無くなったCQの一部の現段階での答えにあたるような論文がでました(文献1)。Asian network of early psychosis working groupによるもので、総説として読んでみてもとてもよくまとまっていて勉強になりました。日本からもこの分野の第1人者である慶應の竹内先生らが参加されています。この論文のfirst authorかつ初発精神病エピソードの10年予後の論文(Lancet Psychiatry 5:432-442. 2018)で有名なDr.Huiらのグループが以前よりこのテーマに関してかなり精力的かつ重要な報告を数多くされていることがわかり驚きでした。今後の動向も要注目となります。

・まずここ最近で一番新しいと思われるAPA2020のこのCQに関する内容(Am J Psychiatry 177:9, September 2020)ですが、概略は以下の通りとなります。

・抗精神病薬で症状が改善した統合失調症患者に対して、抗精神病薬による治療を継続することを推奨する
・維持療法を継続することの利点としてTiihonenらの観察研究の報告(Am J Psychiatry. 2018 Aug 1;175(8):765-773)も引用されている
・治療が進むにつれて、抗精神病薬による治療を継続することのプラス面とマイナス面を、患者との共同意思決定という観点から検討する必要がある。
・家族やその他の支援者を巻き込むことは、アドヒアランスを改善するのに有効である。剤型がアドヒアランスに影響することもある
・精神病エピソードが短期間であったり不確かな精神病診断(例えば、物質誘発性精神病や気分障害関連精神病の可能性)を持つ人の中には、抗精神病薬治療の継続を必要としない人もいるかもしれない。一方、慢性的な症状を持ち、再燃を繰り返し、統合失調症の診断上の特徴が明らかな人は、薬物療法を中止した場合、より悪い結果をもたらす可能性が高い。

・というわけで、APAガイドラインの前のバージョン(2004年版でしょうか?)と同じく、治療継続が推奨されています。

・ではAsian Network of Early Psychosis Writing Groupのガイドラインではどのようになっているでしょうか。概略は以下の通りとなります。
(1)抗精神病薬は、初回精神病エピソードから少なくとも1〜3年間は継続する。抗精神病薬の中止を希望する患者には、患者が自分の病気について主体的に考え、患者独自の特徴や再燃の早期警告徴候を認識できるように、意思決定のプロセスを共有し、中止のリスクと利益を患者と話し合った上で決定すること。中止する場合、再燃が急速に起こる可能性があり、再燃が洞察力の喪失や助けを求める行動の低下と関連する可能性があることを注意するべきである。
(2)抗精神病薬の中断が成功するかどうかは、統合失調症以外の診断、発症前の社会的・職業的機能の向上、社会的支援の充実、DUPが短いこと、認知機能障害がない、好ましい特性(自己統制感に関連する内的統制などの評価と自尊心など)、回復力が高いこと(病前機能発達の程度や良好な予後因子、良好な特性などから推測される)、自殺傾向や危険な行動がない、などによって予測することができる。初回エピソード後に再燃した経歴を持つ患者には、治療中止しないことを勧めるべきである。
(3)抗精神病薬を中止する前に、6~12 ヵ月間、症状(PANSS の P1~3、N1、N4、N6、G5、G9 のスコアが 2 以下)及び機能の回復が得られていること
(4)抗精神病薬の漸減は6-12ヵ月かけて行い、精神病症状の再出現や再燃の兆候を注意深く観察する。減量は個人差はあるが徐々に行い、1回の減量は前投与量の25%を超えないこと。投与中止前の最終的な抗精神病薬の用量は、リスペリドン1mgと同等かそれ以下とする。
(5)抗精神病薬中止の過程では、自己効力感、疾病管理、社会的・職業的機能の改善を目的とした患者・家族への心理社会的介入を実施すべきである。ケースマネージメントと継続的な支援と監視は、抗精神病薬中止後少なくとも2年間は継続されるべきである。
(6)抗精神病薬中止後に減弱した陽性症状が出現した場合には、集中的かつ頻繁に心理社会的介入を行うべきである。出現している症状を評価し,抗精神病薬の再開を決定する必要がある。精神病症状が改善しないないし悪化する場合には、共有の意思決定プロセスを通じて、抗精神病薬の服用を再開するかどうかを速やかに決定する必要がある
・このガイドラインの最も重要な点は、中止の基準について、症状の寛解だけでなく、包括的な回復(陽性症状と陰性症状の消失、機能回復)を求めるという、より保守的なスタンスを採用したことである。

・以上となります。ここ10年ほどはガイドラインはWunderinkらの報告(JAMA psychiatry 70:913-920 .2013)などの影響もあり、下村先生らの報告(Schizophr res 215:8-16:2020)によると維持療法期の抗精神病薬中止について「推奨しない」から「一部推奨」に傾いていたようです。しかし直近2つ(統合失調症ガイドライン2022を入れると3つ)のガイドラインは中止に対してより慎重な方向にシフトしているようです。また共同意思決定や心理社会的介入が重視されていることもポイントとなります。

文献1:Christy L.M. Hui et al. Int J Neuropsychopharmacol. 2022 Apr 22:pyac002. doi: 10.1093/ijnp/pyac002. Online ahead of print.