・今年に入って2つの主要なうつ病ガイドラインが改訂されています。VA/DoDとNICEです。NICEはmajor revisionでかなりSDMや心理療法の重要性などを前面に押し出した内容になっています。重症群に対しても薬物療法は1つの選択肢にすぎず、心理療法単独も選択肢になっている点などが特徴です。勉強会用にまとめておこうと、ついでの2020年に改訂されていたRANZCPも見てみたのですが、内容がものすごく尖っていて驚きました。

・どのような点に驚いたかは主に2点です。

・1点目はKraepelinが提唱したうつ病と躁うつ病を単一精神病とみなし、躁症状、抑うつ症状は気分変調、思考障害、意思障害の3つの成分から構成され、3成分すべてが抑うつ方向または躁方向に揃わずに、異なった成分として組み合わされると混合状態となるとしたという概念を継承し、ACEモデルという活動性、認知、感情の3つの構成要素から気分変動が構成されるとみなすモデルを全面的に採用している点です。akiskalの提唱する境界性パーソナリティ障害や気分循環症などを同一の双極スペクトラム上に定義する双極スペクトラム概念とは異なると断りが入れてありますが、実証されていない仮説を病態モデルとしてガイドラインが採用していることに驚きました。ただこのモデルの採用には根拠があり、より広い範囲の症状に同等の重要性を持たせることで、治療経過における寛解や回復という目標が、症状の広い範囲にわたって評価されるようにしたということで、より精緻な症状評価をしましょうというコンセプトのようです。この点は良い方向性かと思います。

・2つ目は、うつ病の治療を行うにあたって、生活指導や心理教育、社会的支援の他に、全例に対してCBTないしIPTなどの心理療法を行う、とされている点です。薬物療法はその上のオプションという位置づけになっています。心理士がコストを十分にとれなかったり、常勤化がまだまだ進んでいない日本の現状ではまず無理な話でしょう。このように心理療法の重要性が押し出されている背景にはCuijpersら(World Psychiatry 2020;19:92–107)の報告にあるように、急性期治療において心理療法単独は薬物療法単独と比較して治療効果に有意差がないというメタ解析結果(併用が最も良い)があることなどが要因でしょう。ただし最近では以前の記事で触れたように、薬物療法に関しても治療効果が大きな一群が存在しうるため、いかにこのようなサブグループを同定するかが、今後の重要な方向性の1つであることは間違いありません。

・というわけで、精神科臨床の場に今後心理士の方がもっと参画し、よりよいサービスを提供できるように制度を整えていくことが世界的なガイドラインの潮流からしても必要ではないでしょうか。うつ病のみならず、神経症圏の各疾患についても治療のfirst lineに心理療法があげられていることから、精神科医も心理療法に習熟するように、しかるべきトレーニングの場を整備することも必要かと思います。NICEガイドラインでは心理療法の実施に当たっては全ての治療者がスーパービジョンを受け能力の監視と評価を受けることとされています。