治療反応性予測はどこまで可能か
2022年07月25日
・fMRIなどを用いて、抗うつ薬による治療反応性を予測しようというEMBARC試験の結果が報告されました(文献1)。結果は寛解に関して予測モデルのc-indexは0.6台と高くはないようですし、画像所見だけでは予測モデルの構築には不十分で、様々な臨床的特徴も組合わせることにより予測精度が上がっているようですが、今後の進展が期待される領域といえそうです。
報酬タスクによる治療反応性予測
背景
・抗うつ薬の治療反応性に関するバイオマーカーの発見は重要である。現在、個々の抗うつ薬の寛解率は通常40%以下であり(Dupuy et al. The international journal of neuropsychopharmacology 14: 1417–1431.)、約33%が寛解に至るまでに3~4回の薬物試験を必要とする(STARDの結果より。Rush et al. American Journal of Psychiatry 163: 1905–1917)。
・治療を最適化するバイオマーカーや予測ツールがあれば、寛解を早め、個別化医療を実現することができる
・安静時fMRIにおけるデフォルトモードネットワークと海馬の結合は、セルトラリンの治療成績と相関することが報告されている(Chin et al. American Journal of Psychiatry 177: 143-154. 2019)
・ネガティブな感情を誘発する写真提示時における前部帯状回の活性化が大きいことが、ベンラファキシンに対する治療反応性が良好であることと関連することが報告されている(Davidson et al. American Journal of Psychiatry 160: 64–75. 2003)
・様々な表情画像を提示した際の扁桃体の活性化が大きいと、その後の症状改善度が良好であることと関連することが報告されている(Canii et al. Neuroreport 16: 1267–1270.2005
・今回、治療開始前の報酬課題におけるfMRIの測定結果と治療効果の間の複雑で非線形な関連性を発見するのに適した深層学習モデルを採用し、最も情報量の多い特徴量を抽出することで、治療反応性予測モデルを構築し、その予測精度を評価した
対象と方法
・うつ病患者296名。30歳以前の発症で、慢性経過(エピソード期間2年以上)または再発性の経過(エピソード2回以上)の患者
・第1ステージでは、セルトラリンまたはプラセボ群に無作為に割付され。 8週目に奏効基準(CGIで「大幅に改善」未満)を満たさないセルトラリン群は、第2ステージのブプロピオン投与群にクロスオーバーされさらに8週間二重盲検で追跡
・主要評価項目:HAM-D改善度
・ベースラインおよび報酬課題中にfMRIを施行。
・報酬課題では被検者は画面に提示される数字が、5よりも大きいか、小さいかを予測する課題を行う。被検者がそのどちらかの選択肢を提示し、その後画面に“おそらく勝ち(possible win)”もしくは“おそらく負け(possible loss)”の2種類のカードが提示される。その後正解が提示され、“おそらく勝ち”を提示されて実際の数字が当たりであったら1ドルの報酬を得て、“おそらく勝ち”を提示されて負けた場合には罰は与えられない。一方で“おそらく負け”を提示され、実際に外れていたら0.5ドルを失い(罰)、一方で“おそらく負け”を提示されて実際の数字があたりであったら罰はないが報酬もない。
・fMRIにより罰する試行と報酬を与える試行の間の活性化の差(報酬期待:reward ecpectancy)、各推測試行の初期予期段階、予測誤差(誤判定後の差: prediction error)の3種類の脳活動を定量化。各被験者200か所の脳機能領域に分割。
・ベースライン特性として、家族歴、人種、民族、年齢、学歴、性別、配偶者の有無、HAM-D、MASQ、QIDS-SR16(治療前のうつ病重症度)、CTQ(小児期のトラウマ)、ASRM(躁症状)、CSSRS(自殺リスク)、STAI(不安)、エピソード期間、SAPAS(性格特性)などを評価。
・ベースライン特性、fMRI結果などを用いて深層学習を用いて治療反応性予測モデルを構築
結果
・セルトラリン投与群(n=106)における第1ステージでのHAM-D変化量は7.89、寛解率39%、反応率54%。セルトラリンの予測モデルは、HAM-D変化量の予測において、決定係数R2 48%、RMSE(Root Mean Squared Error) 5.15という良好な数値であった。
・セルトラリンの転帰を予測しうる主要な20の特徴のうち、半数は臨床的特徴であった。Psychomotor agitationと治療前の症状重症度(HAM-D得点)が高いほど、より大きな改善を予測した。自殺の家族歴,合併症(SCQ: Self-Administered Comorbidity Questionnaireの総得点),および最初の気分障害またはうつ病エピソードの年齢が高いほど,改善が少ないことが予測された
・セルトラリン投与群の治療反応性とfMRI所見との関連については、報酬期待時における右下前頭回三角部での高い活性化、初期予期段階での右中後頭回と右中側頭回での高い活性化、prediction error時における右上側頭回での高い活性化などが治療反応性が良好であることと関連した。
・改善度が低いことは、prediction error時の左小脳left crus 1の活性化が高いこと、報酬期待時に右縁上回と右後部帯状回で活性化が高いこと、初期予期段階で左上前頭回の活性化が高いことなどから予測された
・プラセボ群(n=116)では、第1ステージにおける平均HAM-D変化量は6.70で、セルトラリン群と有意差なし。寛解率は33%、反応率は35%。
・アジア系人種、別居の配偶者があること(わずか3名のみのため真の相関ではない可能性あり)、NEOでのopenness得点、気分不快のない期間の長さなどがプラセボ反応率が良好であることと相関した。一方でパニック症、過眠症の合併、高齢、アンヘドニアの存在はプラセボ反応率が不良であることを予測した
・fMRIの結果とプラセボ反応率との関連については、プラセボ反応率が高いことは、初期予期段階で右中後頭回の活性化が高いこと、報酬期待時における右縁上回の活性化が高いこと、prediction error時の左上側頭回、右下後頭回、左上頭頂小葉の活性化が高いことによって予測された。
・プラセボ反応率の低さは、prediction error時の左小脳、右中側頭回、左中前頭回で活性化が高いこと、初期予期段階で左下後頭回の活性化が高いことなどから予測された。
議論
・すべての治療群において、前頭葉領域の活性化は、HAM-Dの改善度が小さいことを予測した。 興味深いことに、小脳領域の活性化はすべてのモデルで治療反応性の予測と関連した。小脳は伝統的に運動制御と関連しているが、最近では、小脳は報酬処理との関連が報告されている。例えば、報酬処理中の小脳crus 1と前頭前野間の機能的結合は、うつ病で上昇することが報告されている(Tepfer et al. . Depress. Anxiety 38: 508–520. 2021)。今回、prediction error時および報酬期待時の小脳活性化が、すべてのモデルで重要な予測因子であることが示された。これらの結果は、小脳、特にcrus1が今後の治療モデレータ研究のターゲットになりうることを示唆している
・海馬における報酬期待時の高い活性化は、より大きなHAM-Dの改善を予測した。海馬は、MRIによる体積測定とPETによる代謝活動により、うつ病の気分調節障害に関与していることが示唆されている
コメント
・残念ながらfMRI所見だけからでは、治療反応性の予測精度はc-index 0.5台と低く、様々な臨床的特性を組み合わせる必要があるようです。今後さらに大規模データの蓄積により、予測精度が向上することが期待されます。ちょうど慶應の野田先生、中島先生らのMultidisciplinary Translational Research LabのrTMS研究でも治療反応性予測にも関連した研究をされているとのことで、薬物療法で least predicted improvementとされた群に関して、rTMSなどを効果的に適応できるような方向性がみいだせるとprecision medicineにもつながりうることで今後の進展に期待したいと思います。
文献1:Kevin P Nguyen et al. Biol Psychiatry. 2022 Mar 15;91(6):550-560. doi: 10.1016/j.biopsych.2021.09.011. Epub 2021 Sep 22.