・KCNQ2チャネルといえば2月のScience誌の論文(Li SB et al. Science. 2022 Feb 25;375(6583):eabh3021. doi: 10.1126/science.abh3021. Epub 2022 Feb 25.)で、加齢に伴う発現低下がオレキシン神経の興奮閾値の低下と発火頻度の上昇をもたらし、睡眠の断片化につながるのではないかということがマウスの実験により報告されたことが記憶に新しいところです。

・今回はケタミンの作用機序にこのチャネルに関与しているのではないかという報告(文献1)です。

ケタミンとKCNQ2チャネル

背景

・ケタミンの抗うつ作用がケタミン代謝後も持続することから、その作用機序は、NMDA受容体阻害作用やAMPA受容体の機能活性化のみに起因するとは考えにくい。下流のシグナル伝達カスケードが活性化され、うつ病に関与する主要な脳領域や神経回路に長期的かつ持続的な適応がもたらされることが考えられる。ケタミンの作用機序はまだよくわかっていない。特にケタミンが細胞特異的にどのような遺伝子発現の変化などをもたらすのかは明らかではない

・今回、マウスにおいて、single cell RNA-seq(scRNA-seq)を用いてケタミンを単回投与した際の、単一細胞レベルでの遺伝子発現の変化を観察し、海馬腹側における数千個の細胞について、ケタミンないし生食投与前後でのトランスクリプトームの変化を解析した。

]・その結果、グルタミン酸作動性神経における、KCNQ2チャネルの発現変化がケタミン作用の重要な下流制御因子として同定された
以下の3点が主な結果となる
(1)KCNQチャネルを薬理学的に操作するとケタミンによるマウスへの抗うつ作用が変化するため、ケタミンの抗うつ作用はKCNQチャネルを介したものであると考えられること、
(2)KCNQ活性化剤であるretigabineのケタミンとの同時投与がケタミンの効果を増強すること
(3)KCNQチャネルへの薬理学的作用は従来の抗うつ薬(エスシタロプラム)では模倣できないため、KCNQチャネルの抗うつ作用への関与はケタミンに特異的であると考えられること

方法と結果

・マウスの海馬腹側より採取された数千の細胞は遺伝子発現プロフィールに応じて分類された。Uniform manifold approximation and projection (UMAP) plotsを用いて可視化したところ、細胞群が13のクラスター(グルタミン酸作動性神経細胞、GABA作動性神経細胞、オリゴデンドロサイト、オリゴデンドロサイト前駆細胞、アストロサイト、内皮細胞、ミクログリア、マクロファージ、上衣細胞、周皮細胞、髄膜細胞、血管細胞、血液細胞)に分類された。

・ケタミン投与による遺伝子発現の変化において、生食投与時の変化と比較して、有意な発現量の差異がみられたのは、合計263種類の遺伝子であった。うち135種類はグルタミン酸作動性神経細胞でのみ、アストロサイトのみが27種類、オリゴデンドロサイトのみが16種類、オリゴデンドロサイト前駆細胞のみが3種類、内皮細胞のみが1種類、血管細胞のみが1種類の遺伝子発現に有意な差異がみられた。

・続いて、遺伝子発現の変化の差異の大きかった3種類の細胞について、細胞内のどのようなシグナル伝達経路が変化しているのかを調べるためにパスウェイ解析(pathway enrichment analysis)を行った。

・その結果、グルタミン酸作動性神経細胞では、ケタミン投与により、カルシウムシグナル伝達経路、シナプス機能と可塑性、神経変性疾患などに関わる多くのシグナル伝達経路の変化が明らかになった。アストロサイトでは、脂肪酸伸長、ギャップジャンクション、ファゴソーム活性、アルツハイマー病で異常がみられる経路などが有意な経路として抽出。一方、オリゴデンドロサイトでは、ビタミン消化、吸収、脂肪酸伸長などに関わる伝達経路の有意な変化が抽出された。

・続いて、グルタミン酸作動性神経細胞がtdTomatoにより蛍光標識されているモデルマウスを作成した。さらに海馬腹側より採取した細胞を蛍光活性化セルソーティング(fluorescence-activated cell sorting)によりtdTomato陽性細胞(グルタミン酸作動性神経細胞)とそれ以外のtdTomato陰性細胞に分類した。

・グルタミン酸作動性神経細胞でケタミン投与による発現量の変化が大きかった8種類の遺伝子について、定量的リアルタイムポリメラーゼ連鎖反応によりその変化量を定量化したところ、kcnq2遺伝子が最も発現変化量の大きな遺伝子として同定された。

・続いて電気生理学的実験により実際にKCNQチャネルの発現増加が起きているかどうかを検証した。

・kcnq2遺伝子は、神経細胞の興奮性の制御に重要な役割を果たす緩徐電位依存性カリウムチャネルであるKv7.2タンパク質をコードしている
Kv7.2およびKv7.3タンパク質(Kcnq3遺伝子)は、KCNQ(Kv7)ホモないしヘテロ4量体を形成し、M電流を発生させ、神経細胞の全体の興奮性を調節している。

・whole-cell voltage-clamp recordingsによりケタミン投与前後でのM電流密度を測定したところ、ケタミン投与後には生食投与後と比較して、有意なM電流密度の増加が観察され、ケタミン投与がKCNQチャネルの有意な増加をもたらすことを示唆する所見が得られた

・kcnq2遺伝子の発現は増加していたが、kcnq3遺伝子の発現の増加はみられなかった

・kcnq2が神経細胞で特異的に発現しているのに対し、Kncq3は神経細胞、アストロサイト、オリゴデンドロサイト、およびオリゴデンドロサイト前駆細胞などで発現している。これらの知見は、Kcnq2が海馬の神経細胞において重要かつより集中的な役割を果たしていることを示唆するものである

・このことを検証するため、アデノ随伴ウイルスベクターを用いて海馬腹側のkcnq2遺伝子発現をノックダウンした場合に、ケタミン投与後の強制水泳試験の成績が変化するかどうかを検討した。

・対照群ではケタミン投与後に強制水泳試験での無動時間が有意に減少したが、ノックダウン群では、生食投与群とケタミン投与群とで有意差はみられなかった。このことは海馬におけるkcnq2遺伝子発現がケタミンの抗うつ作用発現にとって重要であることを示唆するものである

・続いて慢性ストレスが、kcnq2遺伝子発現に与える影響を調べるため、モデルマウスに10日間の慢性社会的敗北ストレスを負荷し、海馬における発現量の変化を検討した

・その結果海馬腹側のグルタミン酸作動性神経細胞におけるKcnq2 mRNA発現量の有意な減少が観察された

・慢性ストレス曝露後のマウスにケタミンを投与した場合に、海馬のグルタミン酸作動性神経細胞におけるkcnq2 mRNAの発現量がどのようになるかを評価したところ、慢性ストレス曝露後のケタミン投与はkcnq2発現量をベースラインレベルまで回復させた

・続いてケタミン投与によるkcnq2発現増加の細胞内機序を調べるため、kcnq2遺伝子発現に影響を与えうるシグナル経路(カルシウムイオン、カルモジュリン、カルシニューリン、Aキナーゼアンカリングタンパク質5)について、ケタミンがどの経路を介してkcnq2遺伝子発現の亢進をもたらすのかを調べた

・各シグナル経路の薬理学的阻害による影響を検討した。ケタミン活性代謝物(HNK)投与ないし生食投与と、ニフェジピン(L型カルシウムチャネル阻害剤)、W-7 hydrochloride(カルモジュリン阻害剤)、シクロスポリン-A(カルシニューリン阻害剤)のいずれかの組み合わせで評価したところ、いずれの投与もケタミンによるkcnq2発現亢進を阻害した。

・ケタミン投与によるL型カルシウムチャネル経路、カルモジュリン経路およびカルシニューリン経路の活性化がkcnq2発現亢進において重要な役割を果たすことを示唆する

・kcnq2阻害剤(XE991)を投与すると、ケタミンを投与しても強制水泳試験における無動時間の有意な減少はみられなくなった。ケタミンが抗うつ作用を発揮するためには、KCNQチャネル活性化が必要であることを示唆するものである

・一方で、KCNQチャネルアゴニストであるretigabineを投与すると、単独では抗うつ作用はみられなかったが、ケタミンと併用すると、ケタミン単独投与時よりもさらに有意に強制水泳試験の結果が良好なものとなった。Retigabineがケタミンの作用を増強する可能性を示唆するものである。ただしretigabineの用量が高用量となると、この効果は消失した。これは、ケタミンの逆U字型の用量効果曲線と一致するものである

・最後にretibabineによる抗うつ作用増強効果がケタミン併用時のみなのか、それとも他の抗うつ薬と併用してもみられるのかを検討した
エスシタロプラムにretigabineを併用しても強制水泳試験での無動時間のさらなる減少、効果の増強はみられなかった。Retigabineによる増強効果はケタミンと併用時のみみられるものであった

・エスシタロプラム投与による海馬におけるkcnq2遺伝子発現の有意な増加は観察されなかった

議論

・今回、初めてscRNA-seqを用いてケタミン投与による細胞特異的な分子機構を明らかにした

・今回の結果は、ケタミンによる抗うつ作用のメカニズムの一部を説明しうる可能性がある

・ケタミン投与の際にニフェジピンなどCaブロッカーを内服している患者はケタミンの効果が乏しいのか?臨床的のそのようなデータはあるか?

・今回の結果によると、ケタミン処理により、in vivoでは処理後2日、in vitroでは最大6時間後にグルタミン酸作動性神経細胞におけるKcnq2 mRNAの発現が増加する。ケタミンは海馬腹側のグルタミン酸作動性神経細胞においてカルモジュリン/カルシニューリン/AKAP5/NFAT転写経路を介してkcnq2発現亢進をもたらし、その持続的抗うつ作用を誘導している可能性がある。

・ケタミン治療の際にretigabineを併用するとさらにその効果が増強するかもしれない

コメント

2021年にはうつ病に対してretigabineの小規模RCTの結果が報告され期待のもてる結果になっています(Am J Psychiatry. 2021 May 01; 178(5): 437–446. doi:10.1176/appi.ajp.2020.20050653)。小規模試験なのでこの試験だけで有効性に関する結論は出せませんが、今後ケタミンとの併用やさらに大規模な介入試験での検証が望まれるとこです。

文献1:Juan Pable Lopez et al. Neuron. 2022 May 25;S0896-6273(22)00409-3. doi: 10.1016/j.neuron.2022.05.001. Online ahead of print