求めていたものはあったのですが
2022年03月22日
・2021年05月25日の当ブログでも記載したように、統合失調症の維持療法期間において、どのような特性を有する方が抗精神病薬を中止可能なのか、そのような予測因子がわかるとありがたいなと思っていたら、今月号のSchizophrenia Bulletin誌に、現段階での答えにあたるような論文がでました(文献1)。
・結論的には、方法論的限界(共変量として抽出しうる因子に限界がある)もあり、現段階では介入試験の結果だけから明確な中断後の再発の予測因子を同定することができなさそうというものでした。
・残念なことですが、現状がわかっただけでもよかったですし、引用文献にあった、治療中断後、12週間以内に再発する患者としない患者で、PETで測定した治療中止時の線条体ドーパミン活性に有意差があったとの報告(Mol Psychiatry. 2020. doi:10.1038/s41380-020-00879-0. )などは今後のbiologicalな研究の進展に期待をもたせてくれるものでした。
・また治療中断前に経口抗精神病薬で治療中であった患者と、LAIで治療中であった患者とで、中断後の再発率に明確な差(調整後ハザード比で5.0)がみられたことも興味深いところでした。なおLAIの方が半減期が長いことも考慮して、各薬剤の半減期の5倍以上経過したところからの再発のみを抽出した結果ですので、半減期の違いも考慮した結果であり、このようなところにもLAIの優位性が存在するのかもしれません。
抗精神病薬中断後の非再発要因
背景
・一部の統合失調症患者は維持療法期間において抗精神病薬を安全に中断可能であることが報告されている。しかし再発リスクが低い患者を同定するための予測因子についてはよくわかっていない
・抗精神病薬を中断しうる予測因子については、主として選択バイアスのあるnaturalistic cohortのデータから抽出されていた(中断群が無作為割付ではない)。
・例えばOPUS cohort(n=496)では10年間の経過観察期間において、抗精神病薬中断後に長期寛解を維持した割合は30%であり、女性と物質使用障害がないことが予測因子と報告された(Schizophrenia Res. 2017;182:42-48)。しかしながら、中断群への割付は無作為ではないため、結果は不確実なものである
・同様の不確実性は類似した研究デザインの報告にもあてはまり、結果の再現性に欠けることとなる。例えば、141名の症状寛解状態にある初発統合失調症スペクトラム障害患者について、18カ月間オープンラベルで減量/中断群と、維持療法群に無作為割付したところ、減量/中断群では43%が再発し、維持療法群では21%で有意差を認めた。重要なことは、減量/中断群において、中断に成功したのは20%であり、30%は症状再発のため抗精神病薬再開を余儀なくされ、50%は中断が全く実現不能であったことである。その後の経過観察期間の7年目の時点において、再発率の群間差はなかったが、DUPが長いことが減量/中断群における再発の予測因子とされた(Schizophrenia Res. 2020;216:192-199)
・その他の、同様のデザインの試験では、10年間の試験期間の最後の2年間において23名(16.2%)が抗精神病薬を中断可能であり、抗精神病薬中断可能の予測因子として男性、統合失調症スペクトラム障害の診断割合(統合失調症ないし統合失調感情障害が含まれ、短期精神病性障害と妄想性障害、その他の精神病は統合失調症スペクトラムには含まれない)が低いこと(74%対94%)、DUP30日未満、ベースラインの認知機能が良好なこと、ベースラインから再発がないこと、最後2年間での社会的機能(SOFAS平均点)が良好であることなどが単変量回帰分析で抽出された。しかし多変量解析ではベースライン評価以降の再発がないことのみが最後2年間に抗精神病薬を中断可能な有意な予測因子であった(JAMA Psychiatry 2019;76(2):217-219)
・Selection biasと交絡因子を最小化するためには減量/中断が症状や患者の好みなどによらない無作為割付二重盲検試験が必要である。
・フルフェナジンとプラセボに無作為割付した小規模試験(n=17)では、病前の社会適応が不良なことがプラセボ群での再発の予測因子と報告された
・別の10年予後を評価したコホートでは、最初1年間のRCT期間で非再発率はプラセボ群 21%、抗精神病薬継続群では59%であり、プラセボ群での再発の予測因子として、言語流暢性課題の成績が不良であること、統合失調症の診断、まばたき回数が多いことであった。前頭葉機能障害およびドパミン系過活動の徴候が再発リスクと関連する可能性があるとされた(Schizophrenia Res 2013;50(1):297-302)
・別のRCTの事後解析結果では、プラセボ群(n=204)では43.5%が再発(中央値 163日)し、再発の予測因子として高齢であること、男性であることが抽出された(J Clin Psychiatry 2018;79(4):17m11874)
・これまで再発を予測する治療的要因(抗精神病薬の半減期など)や中断後の反跳性精神病の関連などについてはよくわかっていない。今回、selection biasや交絡因子の問題を回避するため、抗精神病薬中断のRCTにおいてpatient-levelおよびtreatment-levelのデータを用いて再発の予測因子を検討した。
対象と方法
・Yale Open Data Access プロジェクトより臨床試験データを抽出。
・成人の統合失調症ないし統合失調感情障害患者を対象としたもの
・二重盲検プラセボ対照試験で抗精神病薬による3か月間以上の再発予防効果をみたもの
・エントリー前に臨床的に安定しているケースを対象としたもの
・抗精神病薬はプラセボ割付と同時に即時中断されたものであること
・観察期間は6か月以上に設定してあること
・主要評価項目においてpatient level dataが利用可能なもの
・再発の定義はそれぞれの試験の再発の定義を使用
・生存解析と多変量Cox回帰分析を施行し、調整後ハザード比を導出
・その後、経口抗精神病薬内服群と、LAI投与群とで、再発リスク因子について比較
・共変量として、性別、国、家族歴、喫煙、中等度以上の遅発性ジスキネジアの存在、中等度以上のアカシジアの存在、中等度以上の錐体外路症状の存在、年齢、BMI、CGI、PANSS総得点、PANSS positive、PANSS negative、PANSS general、PSP(個人的および社会的パフォーマンス尺度)を抽出
・副次的解析として抗精神病薬投与中止後の中止薬剤の半減期の違いによる交絡因子を排除するため、抗精神病薬投与中止後のイベント(打ち切りまたは再発)までの時間が半減期の5倍未満の人を解析から除外し、血漿から抗精神病薬が消失するまでの時間が十分に確認されてから経口抗精神病薬を安定投与した人とLAIを安定投与した人で再発のリスクを比較することとした。パリペリドンでは経口薬で5日、1カ月製剤で176日、3カ月製剤で365日とした。
・別の副次的解析においては、反跳性精神病の可能性に臨床的危険因子の違いがあるかどうかを検討した。そこで、ベースライン時に経口抗精神病薬を服用していた患者のうち、プラセボに割付された患者について、反跳性精神病期間(抗精神病薬中止後30日以内の再発と定義)の再発と30日を超える期間の再発による共変量の交互作用項を評価した。
結果
・5つの統合失調症の再発予防試験のplacebo群からデータを抽出した(n=688)
・フォローアップ期間の中央値は118日、最長480日
・74.9%はLAIで安定しており、25.1%(n=173)は経口薬で安定していた。中断前の抗精神病薬安定投与期間の中央値は198日間
・最長480日までのフォローアップ期間において、全体として再発がなかったのは29.9%。経口抗精神病薬では、11.1%が再発がなく、再発までの期間の中央値は87日間。LAIでは36.4%が再発がなく、再発までの期間の中央値は294日間。LAIの経口薬に対する非再発の調整後ハザード比=3.56で有意差あり。経口抗精神病薬投与者は、LAI投与者に比較して中断後に3倍再発しやすかった。
・共変量の中で、喫煙(調整後ハザード比 1.54)、女性(調整後ハザード比 1.37)が有意な再発のリスク因子として抽出された
・副次的解析として、中断薬剤の半減期の5倍以内(抗精神病薬の97%が排出されたと推定される期間)の期間での再発を除外し、それ以降の再発のみを抽出した場合(n=328)、経口抗精神病薬での非再発率は11.3%で、再発までの期間の中央値は49日間、LAIでは非再発率は57.7%で、再発までの期間の中央値は146日間で、再発までの期間で群間有意差あり(調整後HR=5.0)。
・経口抗精神病薬で安定していた患者について、30日未満での再発群と30日以降での再発群について、共変量間の交互作用は、高齢であることが30日未満で有意に高い再発リスクとなった(調整後HR 1.07)以外は有意なものはなかった。遅発性ジスキネジアやアカシジアなどの共変量については、経口抗精神病薬群で中断時点でそれぞれ0名、1名であり、リスク因子として評価不能であった
議論
・女性は男性よりもやや再発のリスクが高いことが観察されたが、これまでの報告で一貫性のない結果が報告されており、性別が再発のリスクに寄与しているかどうかは、さらに研究が必要。再発を予測する他の共変量はニコチン喫煙であり、これは以前から抗精神病薬離脱後、さらには抗精神病薬維持療法中の再発リスクと関連することが報告されている。しかしその他の乱用薬物に関する情報はなく、統合失調症の再発因子として既に十分に同定されている物質使用障害と比較して、喫煙がどの程度の大きさでリスクとして再発に寄与しているかは不明である
・その他の因子は再発リスクとして有意ではなく、日常臨床で得られる情報から、どのような患者であれば維持療法を中断しても安全であるかを特定することの難しさを示唆している。
・初発精神病患者を対象に1年間抗精神病薬を投与し、その後治療を中止した小規模サンプル(n=25)において、Kimらは12週間以内に再発する患者(40%)としない患者で、治療中止時の線条体ドーパミン活性に有意差があることを報告した(Mol Psychiatry. 2020. doi:10.1038/s41380-020-00879-0. )
・抗精神病薬を中止する場合、特に経口抗精神病薬で安定している患者に対しては、再発リスクを考慮し、投与量の減少に伴う血漿濃度の相対的な低下を最小限にするために、非常にゆっくりと行うべきである( JAMA Psychiatry. 2021;78(2):125–126.)
・反跳性精神病については、有意な影響を与えうるリスク因子について年齢以外は抽出することができなかった。これまで高齢、遅発性ジスキネジアについては反跳精神病のリスク因子として報告されている(J Psychopharmacol. 2011;25(6):755–762.)。しかし本研究のサンプルでは経口抗精神病薬中断時に遅発性ジスキネジアを呈していた症例がなかったため検討することができなかった
コメント
・共変量に中断前の抗精神病薬のCP換算値もあれば反跳性精神病についての解析で、交互作用が有意な因子として抽出されないかなと思いました。また共変量として家族のEEや経済的状況なども評価した尺度があれば、より興味深いと思います。
文献1:Georgios Schoretsanitis et al. Schizophr Bull. 2022 Mar 1;48(2):296-306. doi: 10.1093/schbul/sbab091.