・スタチンの認知症予防効果(5年程度までの使用で)について観察研究から得られた結論(Lancet. 2000 Nov 11;356(9242):1627-31.)が介入試験で覆った(Lancet. 2002 Jul 6;360(9326):7-22)ように、観察研究から得られるメッセージというのは、交絡因子の影響などの危険性から慎重にとらえる必要があります。

・観察研究から得られる暴露とアウトカムの因果関係はBradford hill基準で評価され、ベンゾジアゼピンと認知症との関係については文献(Drugs R D. 2017 Dec;17(4):493-507)で示された通りで、それ以上でもそれ以下でもなく、特に観察研究間のinconsistencyがあり、はっきりしたことはいえないという現状ですが、ちょっと目を引く論文(文献1)が出たので、一連の流れをまとめておきます。といっても、この論文も横断研究なので、エビデンスの質という点では乏しいものです。

・そもそもベンゾジアゼピンと認知症との関係については、認知症のリスクになるという報告と、一方で保護的であるかもしれないとの報告(Alzheimer Dis Assoc Disord 1998;12:14-7.など)が1990年代からあり、長らく議論されてきました。

・長期暴露との関連性については、やはり観察研究に頼らざるをえないため、大規模な前向きコホート研究での検証が必要でした。

・前向き研究でまず注目すべき報告は2012年のBMJ論文(文献2)かと思います。

・この研究では1987年から1989年までの間にフランスのGirondeおよびDordogne地方在住の65歳以上の住民からランダムで3777人を抽出し、2-3年ごとにフォローアップを実施し、最大20年間追跡されました。評価時には生活習慣や社会的背景、性格特性、健康状態、薬剤使用、社会的機能、うつ症状、認知機能などが対面評価されました。

・さらに、逆の因果関係(認知症の前駆症状としての不安や不眠に対してベンゾが投与される可能性)の問題にも配慮するため、エントリー後、3-5年間の観察期間を設け、最初3年間でベンゾジアゼピン使用がなく認知機能低下もなく、かつ5年目の試験開始時に認知症ではない群(3年目から5年目の間にベンゾを新規投与され5年目時点で投与されていた群が投与群、投与されていない群が非投与群とされた)がエントリーされました。(3年目と5年目の時点で認知機能の低下がないことから、認知症の前駆症状としてベンゾが投与されたわけではないことの根拠にしたということでしょうか。しかしこの方法で逆因果関係を完全に除去することは困難に思えます。前駆症状としての不安や不眠があるとして、どのくらいの期間で認知症になるのかのデータは知らないのですが、ベンゾを開始してから一定期間後も認知機能の低下がない群をエントリーすべきような気もします。このようなことを気にしないためにもやはり介入試験がほしいところです)

・5年目時点で認知症がなく、かつ3年目時点までベンゾジアゼピンの使用歴がない1063人が対象となり、対象者1063名のうち、95名(8.9%)が試験開始時(5年目時点)にベンゾジアゼピン暴露群とされました

・15年間の追跡調査(中央値6.2年)において、ベンゾジアゼピン使用者で30名(32%)、非使用者で223名(23.0%)の認知症が発生しました。認知症発症までの期間はベンゾジアゼピン使用者で有意に短く、ベンゾジアゼピン使用は認知症のリスクの有意な上昇(ハザード比 1.60, 95%CI 1.08~2.38 )と関連していました。さらに抑うつ症状で調整しても、この結果は変わりませんでした(ハザード比1.62、1.08~2.43)。

・この報告の欠点は、ベンゾジアゼピンの累積暴露量と発症リスクとの関連性が明らかではないことです。この点を明らかにすべく、2014年に同じグループが、カナダのケベック州のデータベースを基に後ろ向きの症例対照研究を報告しました(文献3)

・この報告では、2000年1月1日から2009年12月31日まで、ケベック州に暮らす高齢者(66歳以上)で、public drug planに加入していた人(ほぼ全員)が対象となりました。RAMQデータベースに記録された処方箋と医療サービスから情報が抽出されました。調査期間中にアルツハイマー病(ICD-9)の初診日があり、その日以前に他のタイプの認知症の記録がない、初診日以前に抗認知症治療を受けていない、初診日以前に少なくとも6年間の調査期間があることなどがエントリー条件となりました。発生密度サンプリングにより症例にマッチする4名の対照者が抽出されました。

・投与されたベンゾジアゼピンの累積処方量を平均1日用量で割り、PDDs(prescribed daily doses)に変換され、1~90 PDDs(累積暴露量3 ヶ月以下の群)、91-180 PDDs(累積暴露量3-6ヶ月の群)、 180 PDDs以上(累積暴露量6ヶ月以上(長期使用者)の群)に分類されました

・多変量条件付きロジスティック回帰分析の結果、3ヶ月までの累積暴露量、すなわち1~90PDDsではベンゾ暴露群と非暴露群とで認知症リスクは有意差なし(OR 1.09、95%CI 0.92~1.28)でした。一方3ヶ月から6ヶ月までの累積暴露群(91-180 PDDs)では調整後オッズ比 1.32(95%CI 1.01~1.74)、6ヶ月以上の累積暴露群(180PDDs以上)では調整後オッズ比 1.84(95%CI 1.62~2.08)と認知症リスクの有意な上昇を認めました。

・このようにベンゾジアゼピンへの累積暴露量が多いほど、認知症リスクが上昇することを示唆する結果となりました。

・文献3は後ろ向き研究でしたが、今度はベンゾジアゼピンへの累積暴露量と認知症との関連を前向きに検討した論文が2016年に公表されました(文献4)

・この研究では、認知症のない65歳以上の参加者が、シアトル地域のグループ・ヘルス会員から無作為に抽出されました。1994-96年に2581人が登録、2000-03年に811人が追加登録されました。

・参加者は、研究開始時とその後2年毎に、認知機能、年齢、性別、胸苦年数、病歴、健康行動、健康状態を評価されました。また研究開始時および2年ごとの訪問時に、認知機能スクリーニング尺度(CASI)を用いて認知症のスクリーニングが行われ、スコアが85以下の参加者は、身体検査、神経学的検査、神経心理学的検査を含む標準化された認知症の診断評価を受けました。

・追跡期間は10年間で、使用薬剤は、グループ・ヘルスの薬剤データベースから確認されました。

・累積暴露量の計算のため、各処方箋の薬剤用量と調剤錠数を掛け合わせたベンゾジアゼピン系薬剤の総投与量が算出され、さらに、高齢者に推奨される1日あたりの最小有効量で割って、標準化1日投与量(SDD)が算出されました。各参加者について、10年間の暴露期間中に処方されたすべてのベンゾジアゼピン系薬剤のSDDを合計し、標準化一日投与量の累積値(TSDD)が算出されました。参加者は、10年間の累積暴露量を使用なし群、1-30 TSDD群、31-120 TSDD群、121 TSDD以上の群に分類されました(連続使用か、間欠的な使用かは区別せず)

・3434人が解析対象となり、平均7.3年追跡されました。この間、797人(23.2%)が認知症を発症し、うち637人(79.9%)がアルツハイマー病でした。

・多変量Cox比例ハザードモデルで解析の結果、累積暴露量が最高用量(121 TSDDs以上)群では、認知症(調整後ハザード比1.07、95%CI 0.83~1.37)およびアルツハイマー病(調整後HR 0.95、95%CI 0.71~1.27)は、非使用群と比較して、調整後ハザード比において有意なリスク増加はみられませんでした。

・ベンゾ非使用群と比較して、低暴露群(1-30 TSDDs、調整後HR=1.25、95%CI 1.03~1.51)または中暴露群(31~120 TSDDs、調整後HR 1.31、95% CI 1.00~1.71)では認知症のリスクがわずかに増加しましたが、アルツハイマー病のリスク増加は低暴露群のみで認められました(調整後HR 1.27、95%CI 1.03~1.57)。

・以上の通り前向き研究では2014年のBMJの報告(文献3)と異なる結果(高用量暴露ではアルツハイマー病のリスク増加は有意ではなく、低用量暴露では有意に増加)となりましたが、その理由として、文献3では、アルツハイマー病の症例の特定のために行政データベースを利用しており、ベンゾジアゼピンを多用する人は、医療システムとの接触頻度が高く、その結果、認知症が認識されコード化される可能性が高くなったためかもしれないなどと考察されています。

・その後2020年に文献5のデンマークでの前向きコホート研究が報告されました。この内容は2020年4月14日付の当ブログで記事にした通りです。結果の概略は、nested case-control研究での解析結果では、最も通算用量の少ないベンゾジアゼピンを処方された群は、全く処方されたことのない群と比較して、わずかな認知症リスクの上昇がみられ(オッズ比 1.08)、一方で最も通算用量の多い処方を受けた群は有意に認知症発症リスクが低い(オッズ比 0.83)結果となりました。

・この結果がなんでこんなことになったのか、混乱していましたが、文献1では、横断研究ながら、MCIの症例を対象に、PETにてベンゾジアゼピン暴露により、非暴露群と比較して、皮質におけるアミロイド沈着(を小脳および橋におけるアミロイド沈着で割って標準化した数値)が有意に少ない結果(cohen's d=0.43)となったことが報告されました。

・もしかしたら、保護的作用があるのかもしれませんが、確定的なことは言えず、この先、さらに前向き試験で検討されるべき課題と思われます。さらに文献1にも記載されている通り、ベンゾの慢性的な使用は、転倒のリスク増加、依存性、認知障害(少なくとも服用中は主に注意力、記憶、遂行機能の障害)など、有益性を確実に上回る有害事象がありますし、2020年12月15日に当ブログで記事にしたとおり、ベンゾの長期使用を中断することによるメリットも存在しうるので、ベンゾの慢性投与は全く推奨されないことになります。

文献1:Quentin G. et al. Neuropsychopharmacology. 2021 Dec 10. doi: 10.1038/s41386-021-01246-5
文献2:Billioti de Gage S, et al. BMJ. 2012 Sep 27;345:e6231. doi: 10.1136/bmj.e6231.
文献3:Billioti de Gage S, et al. BMJ. 2014 Sep 9;349:g5205. doi: 10.1136/bmj.g5205.
文献4:Gray SL, et al. BMJ. 2016. Feb 2;352:i90. doi: 10.1136/bmj.i90.
文献5:Osler M et al. Am J Psychiatry. 2020 Apr 7:appiajp201919030315