・JAMA PsychiatryにPain Reprocessing Therapy(PRT)の初の無作為割付試験が公表されました(文献1)。どんなものかおおまかにまとめておきます。

・PRTは慢性疼痛に関する認知行動療法の一種ですが、中核的な技法はソマティック・トラッキングとよばれる、マインドフルネスなどの技法を用いた、疼痛感覚への暴露になります。暴露エクササイズ中に治療者が積極的に働きかけ、中枢性疼痛に対する感覚の誤認を修正し、認知の再構成を図る技法になります。

・非盲検試験なので、はっきりしたことはいえませんが、結果はかなり高い有効性が報告されており、終わってから1年たってもその効き目が続いているように見えるため、その技法のポイントは押さえておいた方がよさそうです。


慢性腰痛に対するPRT

背景


・慢性疼痛はアメリカでは20%の人が罹患しているといわれており、その中でも慢性腰痛が最多

・慢性腰痛の85%では末梢での腰痛原因が同定できず、中枢神経系の機序が疼痛維持に関与しているといわれている。これらの疼痛は中枢性疼痛などとよばれ、心理的および行動療法的介入が推奨されている

・疼痛と内受容感覚(interoception:内臓や血管の状態の知覚に関わる感覚。主観的な感情経験とも関連するといわれている)の神経科学の進歩により治療法開発の新たな方向性が開けている

・能動的推論モデル(行動は周囲の環境を予測しやすい状態に変化させ自分の好みの入力を得るために起きるとするモデル)では、痛みは身体的危害に関する予測としても生じ、感覚入力と文脈に基づく予測によって形成されうる。組織の損傷を恐れることにより、無害な体性感覚の入力が痛みとして解釈され、経験されることがある。このように形成された知覚は自己強化的になりうる。つまり、脅威の認識が痛みを増強し、さらに痛みが脅威として認識され、フィードバックループが形成され、傷が治癒した後も疼痛を持続させることとなる。

・疼痛が慢性化すると、疼痛と情動および回避と関連する動機付け回路との関連が強まり、侵害受容経路との関連が弱まる。慢性疼痛の動物モデルやヒトの研究において、動的適応機能や予測制御をつかさどる、デフォルトモードネットワーク、島皮質や扁桃体、側坐核などの脳領域が関連していることが報告されている

・Pain Reprocessing Therapy(PRT)では,組織が損傷していない状況で,脳の活動が中枢性の慢性疼痛を作り出しているとの仮説の下,疼痛の原因と、疼痛の脅威としての意義を再評価することで,疼痛を軽減または消失させることができることを強調する治療法である

・今回PRTに関する初の非盲検のプラセボおよび通常ケアと比較する無作為割付試験を行った


方法と対象


・21歳から70歳までの、過去6カ月間の半分以上の日に腰痛があり、最近1週間の平均疼痛強度スコアが10点中4点以上の慢性腰痛患者。腰痛よりも下肢痛がひどい患者は除外。

・PRTは1時間のセッションを週に2回、合計8回4週間で施行

・プラセボ群ではプラセボ効果が疼痛緩和に効果があるとするビデオを鑑賞し、その後疼痛部位に生食皮下注を実施。通常ケアは継続されたが、新規治療を開始しないようにされた

・通常ケア群では、4週間の試験期間終了まで新規治療を受けないようにされ、試験終了後に慢性疼痛に関するワークブックを手渡された

・主要評価項目はBrief Pain Inventory Short Formで評価した過去1週間の疼痛の10段階中の得点。0点ないし1点を疼痛寛解と定義した

・fMRIで腰痛誘発タスク中の脳機能の変化や、自発的腰痛評価中の脳機能変化などを評価した

・PRT群 n=50
・プラセボ群 n=51
・通常ケア群 n=50

・試験期間:4週間

・開始前、終了時点、終了1か月後、2か月後、3か月後、6か月後、1年後で評価


・PRTは以下の5つの主要な要素からなる

1)疼痛が中枢神経に由来することと、疼痛の可逆性についての教育

2)疼痛が中枢神経に由来することと、疼痛が可逆的であることについての個別の証拠を集め、そのことを強化する

・疼痛が体内の組織の損傷を正確に反映したものであると信じている場合、疼痛に関連する恐怖を克服することは困難となる。治療の目標は、患者が自分の疼痛は身体の構造や物理的な問題ではなく、中枢神経のプロセスによるものだという考えを受け入れられるようにすることである

・この試みは以下の3つの理由で困難を伴う.
▽生物学的な理由:生物学的に、私たちは進化の過程で、肉体的な痛みを肉体的な損傷と関連付けるようにできている
▽以前の診断:慢性腰痛患者の多くは、器質的な診断(ヘルニア、椎間板変性など)を受けている。
▽学習された関連性:慢性腰痛患者の多くは、関連性を学習してしまっている。つまり、疼痛の発生と関連した体勢(例:座る、立つ)や動作(例:歩く、走る、曲がる)を覚えてしまい、器質的に何か問題があるという考えを強めてしまっている。

・疼痛の原因が器質的なものあるという思い込みに対抗するには、できるだけ多くの反証、つまり疼痛が実際には身体の器質的な問題ではなく中枢神経のプロセスによるものであることを補強する証拠を集めることである。例えば、疼痛がストレス時に発生すること、損傷のない時に疼痛が発生すること、痛みの現れ方に一貫性がないこと、などの証拠を患者と共に集め、リストアップした証拠シートを作成する。

3)安全性のレンズを通じて疼痛を評価する

・PRTの中心的技法は「ソマティック・トラッキング」と呼ばれるものである。

・ソマティック・トラッキングの目標は、患者が安全性のレンズを通じて、疼痛感覚に暴露することを補助することとなる

・ソマティック・トラッキングは、疼痛感覚への感覚的暴露と、疼痛を誘発する恐れている活動への状況的な暴露の双方の場面で使用される

・患者が座るなどの姿勢に関連して疼痛を感じる場合、治療者は患者が座っているときに、ソマティック・トラッキング・エクササイズを行う。(エクササイズ中の具体的な声掛けなどの方法は論文のsupplemental contentを参照してください)

・ソマティック・トラッキングには3つの要素がある(1)マインドフルネス、(2)安全性の再評価、(3)ポジティブな感情の誘導。

・マインドフルネスだけでは、疼痛に関連する恐怖を和らげるのに十分でないことが多く、ソマティック・トラッキングの2つ目の要素である安全性の再評価が必要になる。

4)その他の感情的な脅威に対処する

・いくつかの治療的アプローチ(感情認識・表現療法など)を用いて、困難な感情を表現し、開示し、処理するための技術を習得する。患者はしばしば、自己批判、自分へのプレッシャー、自分を怖がらせることなど、心理的に自己破壊的な行動をとる傾向がある。これらの行動は、危険を知らせるメッセージを脳に伝え、痛みに対する感受性を高めることとなる。

5)ポジティブな感情や感覚をトレーニングする

結果


・非脱落率はPRT群 88%、プラセボ群86%、通常ケア群 94%

・4週後にPRT群は疼痛スコアにおいて、プラセボ群より1.79点、通常ケア群より2.40点有意に疼痛を緩和した

・4週後に疼痛が寛解(0点ないし1点)した割合はPRT群 73%、プラセボ群 20%、通常ケア群 10%

・1年後のフォローアップ時点でもPRT群の疼痛改善効果は維持されていた

Limitation


・エントリーされた患者は軽度から中等度の疼痛と機能障害を有する患者群であったこと

コメント


・とても興味深い方法ですが、治療者患者関係がかなり重要になることと、ソマティック・トラッキングの段階で治療者のスキルが結構必要となりそうです。

文献1:Yoni K Ashar et al.JAMA Psychiatry. 2021 Sep 29;e212669. doi:10.1001/jamapsychiatry.2021.2669.