・エスケタミンが2019年3月5日にFDAより治療抵抗性うつ病に対する抗うつ薬併用療法として承認されました。もともと麻酔薬として承認されているケタミンですが、NMDA受容体拮抗作用により抗うつ作用を発揮すると考えられています。その効果は投与開始2時間後から明らかで、速効性があると言われています(JAMA Psychiatry. 2018 Feb 1;75(2):139-148. )。

・NMDA受容体拮抗薬が抗うつ作用を有するかもしれないということは、すでに1990年頃からマウスの実験で言われていたようです(Molecular Psychiatry vol. 23, 801–811 (2018))。さらに各種抗うつ薬のマウスへの慢性投与によりNMDA受容体への放射性リガンドの結合が減少することが報告され、抗うつ薬慢性投与によりNMDA受容体の適応的変化が生じることが推測されていました。

・ケタミンは、健常者の前頭前野において神経活動を増加させることが示されていて、これはGABA作動性介在神経に発現しているNMDA受容体を優先的に阻害するためと考えられているようです。GABA介在神経の抑制による皮質活動の脱抑制が迅速な抗うつ作用発揮の要因との仮説も存在しますが、一方で、GABA介在神経の活動を賦活化するとマウスで抗うつ作用が観察されるなど、この仮説と矛盾する実験結果もあり、はっきりしたことはわからないというところのようです。

・NMDA受容体拮抗薬であるメマンチンとの違いについては以下のように説明されています。グルタミン酸神経のシナプスにおけるシナプス小胞グルタミン酸の自発的放出は、微小シナプス電流(mEPSC)をもたらし、この微小シナプス電流は蛋白質合成を抑制する働きを有するとのことです。ケタミンはNMDA受容体遮断により微小シナプス電流を抑制し、蛋白質合成の抑制を解除し、海馬CA1領域におけるシナプス増強を促進するなどして、抗うつ作用をもたらすことを示唆する結果が得られています。一方でメマンチンは非競合的なNMDA受容体遮断薬であり、微小シナプス電流を抑制しないため、抗うつ作用を発揮しないのではないかと考えられているようです(Molecular Psychiatry vol. 23, 801–811 (2018))

・また樹状突起などのシナプス外にもGluN2Bサブユニットを含むNMDA受容体が存在しており、このGluN2B-NMDA受容体が活性化するとmTORシグナル経路を介して、シナプス恒常性維持に関与する蛋白質合成が抑制されるとのことです。ケタミンはこのNMDA受容体を阻害し、蛋白質合成の抑制を解除し、これもまた抗うつ作用の発揮に関わっているのではないかとの仮説もあります。ただし、GluN2B-NMDA受容体拮抗薬であるMK-0657は第2相試験で抗うつ作用を確認できなかったことから(JAMA psychiatry. 2016; 73(7):651–652.)、これもまたはっきりしたことはわかりません。

・その他、NMDA受容体とは別のイオンチャネル型グルタミン酸受容体であるAMPA受容体もまたケタミンの抗うつ作用に関与していると言われており、ケタミン投与によるGABA介在神経の抑制を介したグルタミン酸神経系の活性化はAMPA受容体の活性化をもたらし、抗うつ作用の発揮に関連するとの仮説もあります。またケタミンは海馬TrkBのリン酸化を介してBDNF合成を促進し、NMDA受容体遮断を介してeEF2K経路を阻害することにより蛋白質合成を促進するなどし、抗うつ作用に寄与するとの仮説もあるようです。

・はっきりしたことはよくわからないケタミンの抗うつ作用ですが、今回笑気(亜酸化窒素)による治療抵抗性うつ病に対する第2相試験の報告がなされました(Sci Transl Med. 2021 Jun 9;13(597):eabe1376. doi: 10.1126/scitranslmed.abe1376.)。これまたNMDA受容体遮断作用を有する薬剤による報告となります。このような麻酔作用、催幻覚作用を有する薬剤の臨床試験における問題点も最後にコメントしておきます。


治療抵抗性うつに対する亜酸化窒素

背景


・大うつ病の生涯有病率は約10-20%と推測されており、そのうつ少なくとも1/3の患者が治療抵抗性と考えられている

・2015年に20名の治療抵抗性うつ病の患者を対象とした概念実証試験(プラセボ対照クロスオーバー試験:Biol. Psychiatry 78, 10–18 (2015))では、1時間の50%亜酸化窒素(50%笑気/50%酸素)はプラセボ(50%二酸化窒素/50%酸素)吸入群と比較して、吸入2時間後にHAM-D21の亜酸化窒素群とプラセボ群の点差は-4.8点、24時間後には-5.5点であり、亜酸化窒素吸入群が有意に良好な結果となった。亜酸化窒素はNMDA受容体拮抗作用を有し、ケタミンと類似した作用機序により抗うつ作用を発揮する可能性がある

・しかし亜酸化窒素50%には嘔気、嘔吐などの副作用の懸念があり(2015年の試験では15%に出現)、今回、より低濃度の亜酸化窒素(25%亜酸化窒素)で有効性があるかどうか、副作用が少ないかどうか、さらに治療効果が24時間以上継続するか、少なくとも14日間追跡を行った

方法と対象

・18-75歳までの大うつ病患者

・MADRSで19点以上

・過去に3回以上の適切な用量・期間の抗うつ薬治療に反応しなかった経験があり、かつ現在のエピソードにおいて1回以上の抗うつ薬治療に反応していない患者

・パーソナリティ障害、パニック症、双極性障害、統合失調症圏、物質使用障害は除外

・試験開始4週間前から投薬内容の変更はなく、また試験開始後3か月間も抗うつ薬の用量や内容の変更は行わないこと

・プラセボ対照二重盲検クロスオーバー試験

・患者に対してランダムな順序で50%亜酸化窒素吸入セッション、25%亜酸化窒素吸入セッション、プラセボ(50%窒素/50%酸素)吸入セッションを各セッション1時間、セッションの間隔1か月間で施行された。精神症状などの評価は、吸入前、吸入後22-28時間、1週間後、2週間後に施行。

・主要評価項目はHAM-D21

結果


・28名がエントリー。うち20名が3回の吸入を完了。4名が1回の吸入を完了。解析はこの24名を対象に行われた

・参加者の平均罹病期間17.5年。エントリー時点でのHAM-D21得点の中央値は20.5点、MADRS中央値は30点

・吸入2週後のHAM-D21は50%笑気吸入後、25%笑気吸入後いずれもプラセボよりも有意に良好。50%と25%の差は有意ではなかった。プラセボとの有意差は両群ともに2時間後および24時間後では有意ではなく、2週目で明らかな有意差がみられた
3回のセッション全て完了した20名について、ベースラインのHAM-D21得点中央値は20.5点であったが試験完了時には8.5点へと、有意にうつ症状が改善した。試験終了時には、20名中11名(55%)が反応群(HAM-D21で50%以上改善)となり、20名中8名(40%)が寛解(HAM-D21で7点以下)となった

・亜酸化窒素による抗うつ作用は少なくとも2-4週間は継続する可能性がある

・副作用については、50%笑気ガス吸入後には嘔気21%、頭痛17%、めまい13%、笑い13%、離人感 26%などで、25%笑気ガス吸入後では嘔気5%、頭痛10%などであり、有意に50%亜酸化窒素吸入後の方が副作用が多かった


コメント

・2015年の結果と比較して、治療効果の速効性は再現されませんでしたが、25%亜酸化窒素、50%亜酸化窒素ともに治療抵抗性うつ病患者に対してプラセボより有意な治療効果を示しました。3か月間での全体でのHAM-D21得点変化量は11点であり、抗うつ薬の臨床試験を上回る数値となりました。

・問題点としては、二重盲検試験でしたが、亜酸化窒素の鎮静作用により亜酸化窒素吸入か、プラセボであるかは5人中4人以上の患者で判別可能であった点で、これによるunblinding biasは混入しうることです。

・副作用が強い薬剤では起こりうることですが、被検者がこれにより実薬かプラセボかわかってしまい、盲検性が確保できず、それによるバイアスが混入しうる問題があります。これについてはエスケタミンなどの臨床試験でも同様のことがいえ、さらに三環系抗うつ薬など、古い向精神薬における臨床試験でも、このunblinding biasが結果に影響を与えた可能性を指摘する報告もあります(Holper and Hengartner BMC Psychiatry (2020) 20:437)。unblinding biasが混入しプラセボがプラセボとわかってしまうと、プラセボ反応率は低下します。当然治療薬の効果量は増します。このところの新規抗精神病薬のプラセボ反応率が上昇してきているのは、新規抗精神病薬の安全性が向上し、unblinding biasが混入しにくくなっていることも一因としてありうるのかもしれません。