・先日取り上げたpsilocybinに引き続き、催幻覚作用のある薬剤の臨床試験の報告になります。

・アンフェタミン誘導体であるMDMAを補助的に用いた心理療法が効果的そうだという話は1980年頃からあったようですが(Am J Psychother 40:393–404)、1985年にアメリカの物質規制法におけるスケジュール1(先のLSDやシロシビン、大麻などと同じ分類)に分類され、あらゆる状況においても使用する事が禁止されてからは、しばらくは臨床場面から消えていました。1990年半ばからは低用量での臨床試験が再開されています。

・今回PTSDにおける心理療法の補助としてMDMAが使用された第3相試験の結果が報告(文献1)されたのでみてみます。持続エクスポージャーにおけるトラウマ的記憶の処理がMDMAによりうまくいきやすくなる、ということのようです。

・Nature Medicine誌のイントロでは、MDMAはセロトニントランスポーターに結合してセロトニン放出を増やすとのみ書いてあり、それだとSSRIと同じじゃないかということになるので、文献2を用いてその薬理学的作用機序について少し調べておきます。

・そこまで詳しくは書いていなかったのですが、MDMAは主にセロトニン、ドーパミン、ノルエピネフリンを、再取り込みトランスポーターへの作用を介して生理的作用のあるレベルまで放出させ、オキシトシン,バソプレシン,コルチゾールなどのホルモンの分泌を促進するとありました。モデルマウスではMDMAは所属行動や向社会的行動を引き起こす可能性があり、マウスの社会的報酬に対する感受性を修飾することがあるとのことです。社会的行動の増加についてはどのセロトニン受容体を介したものかまではよくわかっていないとのことでした。

・MDMAは2011年からPTSDに対する補助治療として臨床試験が開始されており、6件の治療抵抗性PTSDに対する第2相試験のpooled analysisの結果(Psychopharmacology (Berl) 236:2735–2745)が良好であったことから、2019年にFDAはPTSDに対するMDMAの補助療法をbreakthrough therapyに指定しています

重度PTSDにおけるMDMA補助療法

背景


・PTSDの予後に影響しうる要因として、小児期のトラウマ、アルコールなどの物質使用障害の合併、うつ病、希死念慮、解離などの合併が報告されている

・パロキセチンとセルトラリンはFDAにより承認されているPTSDに対する薬物療法の第1選択であるが、約40-60%の患者は反応しないといわれている

・持続エクスポージャーや認知行動療法などのトラウマ焦点化心理療法はPTSDの標準治療であるが、多くが反応しなかったり、脱落率が高いなどの問題もあり、費用対効果に優れた新規治療法が希求されている

・MDMAはシナプス前のセロトニントランスポーターに結合し、セロトニン放出を促進する。MDMAは動物モデルにおいて記憶消去や、おそらくはオキシトシンを介したメカニズムにより恐怖記憶の再固定化に影響を与えることがわかっており、社会的行動を活性化したことが報告されている。

・MDMAにより補助されたPTSD治療の6つの第2相試験のpooled analysisの結果は、安全性と有効性に関して確かな所見を報告している

・今回MDMA3回投与による重度PTSDに対するMDMA補助治療の有効性に関する第3相試験が行われた

対象と方法

・PTSD患者90名(DSM-5)。症状持続期間6カ月以上。ベースラインのCAPS-5で35点以上

・精神病性障害、双極I型障害、解離性同一性障害、精神病症状を伴う大うつ病、パーソナリティ障害、アルコールないし物質使用障害の合併などは除外

・平均年齢41歳。ベースラインのCAPS-5総得点平均44.1点

・平均罹病期間 14.1年。MDMA群の6名、プラセボ群の13名が解離のサブタイプあった

・大うつ病の合併は全体の91.1%

・これまでにMDMAの使用歴があるものは、32.2%(MDMD群 39.1%、プラセボ群 25.0%)、最近10年以内にMDMA使用歴があるのは21.1%(MDMA群 19.6%、プラセボ群 22.7%)

・トラウマの種類は戦争によるものは全体の12.2%(MDMA群 13.0%、プラセボ群 11.4%)、発達性トラウマ(developmental traum)が84.4%と大半

・主要評価項目は18週間でのCAPS-5の変化量

・MDAD群 n=46
・プラセボ n=44

マニュアルを用いた治療的介入(http://maps.org/treatment-manual).

・参加者はセラピストから90分×3回の予備的セッションを受けた。予備的セッションでは治療同盟と信頼関係の確立に重点を置かれ、治療中に生じうる記憶や感情にどう対応するかについても指導された

・治療期間は8時間×3回の実験的セッションから構成された(各セッションは4週間の間隔で実施)。1回目の実験的セッションでは、MDMA投与群は80mgのMDMAを投与され、さらに忍容性に問題がなければ投与1.5時間~2.5時間後にMDMA 40mg追加投与をされた。

・2回目、3回目の実験的セッションではMDMA 120mgが投与され、さらに忍容性に問題がなければ投与1.5時間~2.5時間後にMDMA 60mgが追加投与された。追加投与されなかったのは全体の2.3%であった

・MDMAによる補助療法のためにマニュアル化された心理療法が各実験的セッションにおいて訓練を受けたセラピストにより提供された

・MDMAを用いた治療の全体的な目標は、PTSDの症状を軽減し、被検者の全体的な機能、幸福感、生活の質を向上させること。

・被検者はトラウマに関する記憶や思考、感情を自然に表出し、セラピストはトラウマ体験やそれに起因する思考、感情、行動に関する問題を処理することをサポートする。時にはセラピストが黙って共感的に傾聴することで問題の処理が達成されることもあるが、被検者が感情的にあるいは身体的に表出することが阻害される状況になり、トラウマに関連した記憶やその他の痛みを伴う記憶、思考、感情を処理するのが困難な場合には、セラピストはより積極的なサポートを行う。

・セラピストは被検者がトラウマ的な出来事の記憶を処理して、感情的な問題の解決とその出来事の意味についての新しい視点に到達することを補助する。また、他の人生経験についても、新たな視点を模索し、検証していく。

・セラピストは、被検者がトラウマを処理する過程に共感を持って立ち会い、同時に、健全で適切な境界線を維持する。そうすることで、セラピストは被検者が自分の内なる体験に寄り添うことを促し、癒しの過程で生じる可能性のある新しい、そして予期せぬ知覚を探求する意欲を育む安全な環境を作る。セラピー体験の強さは、セラピストが激しい感情をどれだけ快適に受け入れられるか、そして共感的に存在し、さまざまな感情的体験を受け入れることができるかどうかに大きく左右される

・セラピストは被検者自身が癒しの源であるという意識を育む。セラピストは被検者自身が内的体験に焦点をあてることと、そのことが安全な空間で行われていることを保証するため、沈黙と対話のバランスをうまくとる必要がある

・被検者が袋小路に入ったようなとき、防衛的な回避と思われる会話の後、あるいは感情的な問題が発生したときなど、MDMAの効果が強く出ている間に、より深い自己探求の機会を得ることができる

・MDMAを用いた心理療法では、重要な洞察や癒しが、予期せぬ方法で変化したり解決したりしうる。生じるものはすべて癒しの過程の一部と見なされる。被検者は可能な限り完全にプロセスに身をゆだねることを促される。

・セラピストの役割は、被検者が予想外の新しい認識や気づきを得られるように、指示するのではなく、しばしば被検者の発想に従うこととなる。また、被検者がつらい経験に直面することは、実際には癒しへの道であることをセラピストが思い出させることも有用である

・セラピストは、被検者が動揺し、圧倒されそうな思考、記憶、感情に直面しているとき、必要に応じて言葉など安心感を与える。ただしただし、被検者のプロセスを不必要に中断したり、被検者自身の内的治癒能力に対する信頼の欠如を伝えたりしないようにする

・セラピストは、一方では、癒しのプロセスが自然に展開するように経験を直視し、さらに増幅させ、他方では、過去の経験や痛みを伴う感情を明確にし、理解し、新たな視点を得ることを促す。

・MDMAの特質の一つは、記憶と向き合い、圧倒されることなく、実際に記憶や辛い感情を、再トラウマになるのではなく、癒すような形で処理することを容易にすることである

・MDMAは他人との親密感や親近感を高め、感情的に脅威となるものに直面したときの恐怖を軽減することについても被検者に説明する

・MDMAの主観的・生理的効果は、経口投与後30~75分で現れる。これらには、感覚の高まりや、視覚の歪みを含む知覚の変化、部屋の明るさや色の変化、音の質や見かけの位置の変化、時間の知覚の変化(特に遅くなる)、知覚、思考、記憶の意味や重要性の変化などが含まれる。MDMAの効果のピークは投与後70~90分で発生し、1~3時間持続する

・MDMAを摂取してから約15分以内に、被検者は布団にリクライニングし、快適であればアイシェードやヘッドフォンを使用し、セッションのために選択された音楽に合わせてリラックスすることが推奨される。セラピストは、被検者に、何が起ころうとも心を開いて、自分が本来持っている癒しの能力を信頼し、必要なものは何でも求めるように声をかける

・セッションが進むにつれて、被検者はポジティブな気分になり、自己と他者の両方に信頼感を抱くようになりうる。このような変化は、感謝の気持ちや現在の人生の状況についての有益な洞察を伴うことが多い。このような経験は、その後、トラウマ的な記憶や辛い感情が出てきたときに、共感的な意識の変化に伴う、より強い安全性の感覚を持ってアプローチするための基盤となりうる。この意識の拡大により、被検者は、トラウマやそれに伴う痛みを伴う感情を支配するという新たな感覚を身につけることができる

・被検者は、根底にある怒り、悲しみ、恥に対する初期の保護反応に基づく、長年の感情や行動パターンについての洞察を得ることが多い。自己受容が深まり、自己批判が減ることで、被検者は明晰さと自信、自己効力感を得て、展開する記憶、思考、感情に対して恐怖心が減り、よりオープンで好奇心旺盛な関係を築けるようになる。トラウマに関連した内容に直面したときに、極度の興奮ではなく、内なる静けさを感じることで、被検者は記憶や思考をより綿密かつ客観的に調べることができ、同時に強い感情を表に出すことができるようになると考えられる

・被検者者には、MDMAの急性作用は消失しても、MDMAを用いたセッションの効果は、セッション後の数時間から数日の間、継続することを伝える。被検者は、自分の経験について書いたり、提供された材料を使って作品を作ったりして、自分の展開する経験を探求し表現し続けることが推奨される。また、セッション後の数日間、覚えている夢に注意を払い、それを書き留めるように勧められる。

・実験的セッションの翌朝、その後1週間ずつ間をあけて、合計3回、各実験的セッションの後に90分間の統合的セッションが行われた。

・統合的セッションの目的は、 継続的な感情処理を促進し、日常生活のあらゆる困難に対処することであり、同時に、被検者が実験的セッションで得られた利益を日常生活に応用できるようにすること。セラピストは、被検者が治療体験のあらゆる側面を、自己、他者、そしてトラウマ史との新たな関係に織り込んでいくことを支援する

結果

・18週間でのCAPS-5総得点のMDMA群とプラセボ群の差は11.9点と有意差あり(MMRMによる解析)。プラセボに対するMDMAの効果量d=0.91

・解離のサブタイプにおいてもMDMA群のCAPS-5変化量は18週間で-30.8点、プラセボ群では-12.8点であり、MDMAの効果は明らかであった

・18週間での寛解率(CAPS-5で11点以下)はMDMA群 33%、プラセボ群 5%
プラセボ群の2名に重大な副作用(自殺関連行動や希死念慮による入院)がみられた。MDMA群では自殺関連行動については報告なし

・MDMA群では筋肉のこわばり(63%)、食欲減退(52.2%)、嘔気(30.4%)、発汗過多(19.6%)、悪寒(19.6%)、落ち着きのなさ(15.2%)、浮動性めまい(13%)、眼振(13%)、はぎしり(13%)、散瞳(15.2%)、血圧上昇(10.9%)、胸痛(10.9%)、口渇(10.9%)などがみられた

・MDMAの薬理学的特性と治療を組み合わせることで、被検者が過覚醒や解離症状に圧倒されたり悩まされたりすることなく、トラウマ的な内容を再訪して処理することができる「耐性の窓」が生まれるのではないかと推測される

・COVID-19の影響で当初予定されているより参加者が少なくなった

・長期的有効性や安全性は不明

文献1:Nat Med. 2021 May 10. doi: 10.1038/s41591-021-01336-3.
文献2:Danilo De Gregorio et al. J Neurosci. 2021 Feb 3;41(5):891-900.