・グリシントランスポーター阻害剤といえば、統合失調症のグルタミン酸仮説に基づいて、臨床的有効性が期待されてきた薬剤です。

・グルタミン酸NMDA受容体のアゴニストについては、グルタミン酸神経系の興奮毒性により望ましくない結果をもたらす可能性がありますが、NMDA受容体機能を適度に賦活する薬剤については、治療的に作用する可能性があります。

・そのためNMDA受容体のアロステリック調節作用を有するグリシン結合部位へのアゴニスト(D-セリンやグリシン、D-サイクロセリンなど)や、グリア細胞によるグリシン取り込みを担うグリシントランスポーター1の阻害薬などが治療薬候補として検討されてきました。

・これまで様々なグリシン・トランスポーター1阻害剤が、抗精神病薬への増強療法として臨床試験で有効性が検証されてきました。

・sarcosineについては、7つの介入試験(n=326)のメタ解析結果(J Psychopharmacol. 2020 May;34(5):495-505)から、クロザピン以外の抗精神病薬に対する増強療法は、プラセボよりも有意な症状改善度を示し(SMD=0.51)、特にベースラインのPANSS totalが70-79点のさほど重度ではない患者群において、より大きな効果量(SMD=0.67)であったことが報告されています。sarcosineについては、認知機能を評価した試験もあり、今回の試験で用いられた認知機能検査と同じバッテリーを用いると認知機能改善に有用であると報告した論文もありました(World J Biol Psychiatry 2017;18: 357–68)が、メタ解析では全体としては有意な改善はないと報告されており、結論は一定していません。

・このクロザピン以外では、という点がポイントとなりますが、このことやD-セリンやグリシンについてもクロザピンとの併用では有意な効果が示されていない(D-サイクロセリンでは陰性症状がむしろ悪化した)ことなどは、クロザピンが、NMDA受容体のグリシン結合部位に対する部分アゴニストとして作用し、NMDA受容体を介したシグナル伝達を活性化しているのではとの説の根拠の一部となっています。ラットでの基礎実験でもそのような報告があるようです(Life Sci. 2008 Aug 1;83(5-6):170-5. )。もしそのような効果があるとすれば、クロザピン投与下で、グリシン結合部位に対するアンタゴニストを投与すると、不都合なことが起こりそうですが、その点はどうなのでしょうか?

・別のグリシン・トランスポータ阻害剤のAMG 747については、陰性症状主体の患者を対象として第2相試験までいきましたが、1名の患者がスティーブンス・ジョンソン症候群を発症したため、試験早期終了となりました。試験終了までのデータによる解析では、12週間で主要評価項目であるNSA-16(陰性症状評価尺度)については、プラセボと有意差が無かったものの、副次評価項目であるPANSS negativeについては、有意に改善効果がみられたとの結果となりました。また、この効果については、中等度の用量で効果が最大化する、逆U字型の用量効果関係がみられたとのことです。あまりグリシン濃度があがりすぎても良くないということでしょうか。

・同じくグリシン・トランスポーター阻害剤であるbitopertinについては、第3相試験までいき、3つの第3相試験の結果を統合した結果が2016年に報告されました(Lancet Psychiatry. 2016 Dec;3(12):1115-1128.)。全部合わせて1794名の患者が参加した大規模なものでしたが、3つの臨床試験全部で実薬投与群は6群(NightLyte試験 10m群、20mg群、TwiLyte試験 10mg群、20mg群、MoonLyte試験 5mg群、10mg群)設定されましたが、これらのうち12週間で主要評価項目(PANSS Positive Symptom Factor Score)’を達成できたのは、NightLyte試験の10mg群のみで、あとの群は全てプラセボとの有意差がない結果となりました。この結果により、bitopertinの承認は実現できませんでした。

・今回、新たなグリシン・トランスポーター阻害剤であるBI 425809の第2相試験の結果が報告されました(文献1)

・この第2相試験の特徴は、主要評価項目がMATRICS Consensus Cognitive Battery(MCCB)で評価された認知機能の変化であるという点です。グリシン・トランスポーター阻害剤であるsarcosineについて認知機能に対する効果があったとされた報告と同じ検査バッテリーとなります。MCCBは7つの認知領域について10個のテストで評価されます。CPTも入っているのでパソコンが必要ですね。ADHDの分野ではCPTを注意力の指標とするのはいかがなものか?みたいな論文(J Child Psychol Psychiatry. 2015 Jan;56(1):40-8.)が確かあったような気がしますが。。(以前Javaで作ってみたことがあったのですが、実際やってみるとかなり眠くなったりします)

・この試験では、過去3か月間精神症状が安定し、投薬内容も変更がない18-50才までの統合失調症患者509名が対象となり、プラセボ群(n=170)、BI 425809 2mg群(n=85)、5mg群(n=84)、10mg群(n=85)、25mg群(n=85)に無作為割付され、12週間で評価されました。クロザピン投与中は除外されました。

・ベースラインの特性として、72%が1種類の抗精神病薬投与、27%が2種類の抗精神病薬投与、28%が抗うつ薬を併用、20%が抗コリン薬を併用、25%がベンゾジアゼピンを併用されていたとのことです(具体的な併用薬剤の名称はappendixにもありませんでした)

・ベースラインのPANSS totalは平均60.8点でした。概ね活発な症状のない患者さんが対象となっていることがわかります。

・主要評価項目の認知機能ですが、MCCBの総合得点に関する尺度としてcomposite T-scoreというものが用いられており、10mg群と25mg群で12週後にプラセボ群より有意に改善したとの結果でした。全体のcomposite T-scoreが5点以上改善した群を反応と定義すると、10mg群では45%が、プラセボ群では29%が該当し、有意差ありとの結果でした。効果量についてはMCCB全体のcomposite T-scoreについて、10mg群では0.34、25mg群で0.30で、これまでのグルタミン酸系薬剤の認知機能に関するメタ解析の報告(Curr Pharm Des. 2010;16(5):522-37)とcomparableな数字のようです。

・これら認知機能改善効果については10mgまで用量依存性に増加する傾向がみられました。認知機能の下位項目については、特にワーキングメモリのテスト(Wechsler Memory Scale, 3rd edition, spatial span subtest)がプラセボとの差が大きくみられたようでした。

・PANSSについては総得点や陽性症状、陰性症状のfactor scoreについて、いずれもプラセボ群と有意差なしとの結果でした。

・脱落率は各群有意差なく、全体で完遂率は87%で、どの群もこのくらいの数字のようでした。副作用としては頭痛が8%程度、その他嘔気、眠気などの症状が10%未満でみられたようです。さらに用量依存性にわずかながら(0.5未満)Hb値が低下する傾向もあったとのことです。希死念慮についてはプラセボとの差はなく、統合失調症症状の有意な悪化もありませんでした。

・以上慢性期の安定した統合失調症患者に対するBI 425809増強は、効果量0.3程度の軽度な認知機能改善効果が見込める可能性があるということで、今後第3相試験が行われるのかどうかというところになります。

・グリシン・トランスポーター阻害剤の臨床試験の一連の流れをみていて思うのは、きちんと標準化された認知機能評価バッテリーを共通して用いることの重要性でした。統合失調症についてはMCCBがありますが(パソコンを用いるなど簡単に安価にできる検査ではありませんが)、気分障害ではこれに対応するものがあるのでしょうか?認知機能について触れてあるガイドラインのCANMATみてもメタ解析(Int J Neuropsychopharmacol. 2015 Jul 25;19(2):pyv082.)をみてもあまり統一感がないようで、このあたりどうなのでしょうか?

文献1:W Wolfgang Fleischhacker et al., Lancet Psychiatry 2021;8: 191–201