・昨年の双極性障害に引き続き(文献1)、日本臨床精神神経薬理学会のエキスパート141名による統合失調症治療薬に関するエキスパートコンセンサスが公表されました(文献2)。臨床場面での自分の判断がコモンセンスに近いかどうかを確認するのに大変に有用であり、このような論文はとてもありがたいです。

・双極性障害の論文のイントロにもありましたが、介入試験では対象となる患者が選択基準で厳密に選別されており、実臨床場面で出会うような陰性症状主体であったり、うつ症状を伴っていたり、強迫症状を伴っていたりする場合については、エビデンスが乏しいことや、ガイドラインでも言及されていないなどの問題があります。そこでこのようなケースについては、エキスパートの意見が薬剤選択上なお有用であることがあります。

・2019年2月から2019年4月までの間、日本臨床精神神経薬理学会の選んだエキスパート277名(回答者は141名)によるエキスパートコンセンサスになります。これ以降に発売されたルラシドンは入っていません。

・19の臨床場面において、各薬剤選択肢について9段階のリッカート尺度(1=“強くそう思わない ”から9=“強くそう思う”まで)で評価。選択肢の中で行いうる治療法が入っている場合には、少なくともどれか1つの治療法については9を付けるように要請されました。(ない場合にはすべて1を選択)

・陽性症状主体の場合には、リスペリドン(平均7.9点)、ついでオランザピン(7.5点)、アリピプラゾール(6.9点)、ブロナンセリン(6.8点)、パリペリドン(6.8点)、ブレクスピプラゾール(6.7点)の順でした。

・陰性症状主体の場合には、アリピプラゾール(7.6点)、ブレクスピプラゾール(6.7点)、オランザピン(6.6点)、クエチアピン(6.0点)の順でした

・うつと不安が主体の場合には、アリピプラゾール(7.3点)、オランザピン(7.2点)、クエチアピン(6.9点)、ブレクスピプラゾール(6.6点)の順でした

・興奮と攻撃性が主体の場合には、オランザピン(7.9点)、リスペリドン(7.5点)、ゾテピン(6.3点)、クエチアピン(6.3点)の順でした

・高齢者に対しては、アリピプラゾール(7.5点)、クエチアピン(6.6点)、ブレクスピプラゾール(6.4点)の順でした。高齢者に対してアリピプラゾールが1位にくるのは双極性障害の場合でも同じでした。やはり代謝系副作用が少なく遅発性ジスキネジアなど来しにくいことが要因でしょうか。

・顕著な症状のない患者に対する再発予防については、アリピプラゾール(7.6点)、ブレクスピプラゾール(6.6点)、オランザピン(6.3点)、ブロナンセリン(6.0点)の順でした

・顕著な症状のない患者に対する社会的統合(social integration)のための薬剤選択については、アリピプラゾール(8.0点)で最善、ついでブレクスピプラゾール(6.9点)、オランザピン(6.5点)、ブロナンセリン(6.4点)、リスペリドン(6.1点)の順でした

・錐体外路症状を呈しやすい患者については、クエチアピン(7.5点)、アリピプラゾール(6.9点)、オランザピン(6.6点)、ブレクスピプラゾール(6.6点)、クロザピン(6.3点)の順でした

・陽性症状主体の患者に対するLAI選択については、パリペリドンLAI(7.2点)、アリピプラゾールLAI(6.6点)、リスペリドンLAI(6.5点)の順

・陰性症状主体の患者に対するLAI選択については、アリピプラゾールLAI(7.4点)、パリペリドンLAI(5.9点)の順でした

・単剤では鎮静が不十分な場合の併用薬剤選択肢としては、オランザピン(6.8点)、バルプロ酸(6.6点)、クエチアピン(6.2点)、リスペリドン(6.1点)の順でした

・興奮(excitement)や焦燥性興奮(agitation)の際の屯服としては、リスペリドン(6.9点)、オランザピン(6.6点)、ロラゼパム(6.2点)、クエチアピン(6.1点)の順でした

・強迫症状を有する場合の抗精神病薬への併用薬剤としては、SSRI(6.1点)、アリピプラゾール(4.1点)の順でした

・治療抵抗性についてはクロザピンへのスイッチ(7.7点)、ベンゾジアゼピン併用の際の投与期間については、頓服的使用(7.2点)、次いで1か月以内(6.3点)となりました

・ここでこの結果を限られたエビデンスと比較してみます。

・陰性症状主体については、2018年のKrauseらの報告(Eur Arch Psychiatry Clin Neurosci. 2018 Oct;268(7):625-639)が参考になります。陰性症状主体の患者を対象とした介入研究は極めて乏しく、ある程度明確にプラセボに対する優位性が示されているのはアミスルプリドくらいで、これまでの介入試験の結果から質の高い結論を導くことが困難な状況であることがわかります。ただし、陰性症状主体の患者を対象にカリプラジンとリスペリドンを比較してカリプラジンの優位性を報告した論文(Nemeth G. et al. Lancet. 2017 Mar 18;389(10074):1103-1113)のインパクトは大きく、これがパーシャルアゴニストであるアリピプラゾールやブレクスピプラゾールに対する期待を高める要因になっているのではないかと思われます。ちなみに、有名な32の抗精神病薬を比較したネットワークメタ解析の論文(Huhn M. et al. Lancet. 2019 Sep 14;394(10202):939-951)中にも陰性症状に対する有効性の図が入っていますが、この図の根拠となった論文たちは、陰性症状主体の患者を除外しており、さらに評価尺度の大半が陰性症状の尺度としては不適切なPANSS negativeである点(陽性症状が有意であっても高得点となりうる常同的思考や抽象的思考の困難が入っている)に注意が必要です。

・うつや不安については、福島県立医大の三浦先生らが最近報告された、論文(Int J Neuropsychopharmacol. 2020 Nov 5:pyaa082. doi: 10.1093)が参考になります。解析対象がプラセボ対照の急性期試験なので、これについても結果の解釈に注意が必要(プラセボ対照の場合、unblindig biasなどの影響がありうるため)ですが、有意差はないものの、アリピプラゾールやパリペリドン、クエチアピン、オランザピンなどが上位に来ていることがわかります。

・攻撃性については、先ごろ公表された論文(Am J Psychiatry. 2021 Jan 21:appiajp202020010052. doi: 10.1176)で12週後のMOAS総得点において、クロザピンがオランザピンやハロペリドールより有意に良好であり、オランザピンはハロペリドールより有意に良好であった結果や、敵意について、第1世代と第2世代とを比較したメタ解析(Neuropsychopharmacology 2018; 43:2340–2349)、クロザピン、オランザピン、リスペリドン、ハロペリドールを比較した介入試験(Psychiatr Serv. 2001 Nov;52(11):1510-4.)などが参考になるかと思います。

・高齢者については忍容性が問題になりますが、遅発性ジスキネジアについてアリピプラゾールの優位性を示した論文(World Psychiatry. 2018 Oct;17(3):330-340.)や、代謝系副作用についてはCAMP試験(Am J Psychiatry. 2011 Sep;168(9):947-56.)の結果や、副作用についてはバイアスが入りにくいと思われることから、メタ解析の結果(Huhn M. et al. Lancet. 2019 Sep 14;394(10202):939-951)も大いに参考になるところです。

・強迫症状については、非定型抗精神病薬単剤では、若年初発精神病患者の強迫症状に対するオランザピンとリスペリドンの効果について報告した論文(J Clin Psychopharmacol. 2008 Apr;28(2):214-8)で6週間でのYBOCS変化量でオランザピンの優位性を報告したものがある一方で、非定型抗精神病薬誘発性の強迫症状についてのレビュー(Psychiatry Res. 2016 Dec 30;246:119-128)にあるように、症例報告レベルのエビデンスしかありませんが、クロザピンなどで誘発される強迫症状の可能性に注意が必要とされています。クロザピン治療数ヶ月後の強迫スペクトラム症の発症率は最大で76%とする報告もあり、一方でもともと強迫症状が存在していた統合失調症患者において38%で強迫症状の増悪がみられたとする報告があるとのことです。リスペリドンにおいても用量依存性の強迫症状の増悪についての報告があり、一方でクエチアピン、アリピプラゾール、オランザピンでは強迫症状誘発の報告は乏しく、これら薬剤への地難により強迫症状が改善したとの報告もあるようです。SSRI併用のエビデンスについては、おそらくはオープン試験による報告(J. Clin. Psychophamacol, 20(4):410-416,2000)などしかなく、エビデンスとしてはまだまだというところかと思います。

文献1:Hitoshi Sakurai et al. Bipolar Disord . 2020 Jun 17. doi: 10.1111/bdi.12959
文献2:Hitoshi Sakurai et al. Pharmacopsychiatry. 2021 Jan 12. doi: 10.1055/a-1324-3517