・抜毛症や皮膚むしり症などの強迫症および関連症群についての薬物療法の総説が文献1にありましたのでまとめておきます。

・この話題については2016年に勉強会で取り上げて以来になりますが、その時の内容も含めてまとめます。

・診断分類の変遷ですが、1990年頃にHollanderらがとらわれ、あるいは反復的・儀式的行動を特徴とする症候群として強迫スペクトラム障害の概念を提唱しました(文献2)。

・強迫スペクトラム障害はおおまかに醜形恐怖症、病気不安症、摂食障害など「外観や身体的イメージ、感覚へのとらわれ」を主とするもの、自閉スペクトラム症、チック症など強迫観念様の「とらわれ」は乏しいが、反復的・常同行為を主とするもの、病的賭博、窃盗症、抜毛症、間欠性爆発性障害などより強い快感や、満足、開放感を得る目的で繰り返される衝動行為を特徴とするものの3群に分類されました。

・DSM-IVからDSM-Vへの移行にあたっては、強迫スペクトラムが属する診断群分類の大幅な改定が行われました。

・強迫症については、これまで不安障害の下位分類であったものが独立した分類になったこと(クロナゼパムの介入試験で有効性が示されない(いずれも小規模ながら単剤:J Biol Psychiatry. 2003 Jan;4(1):30-4.、併用:. Ann Clin Psychiatry. 2004 Jul-Sep;16(3):127-32)など、不安障害圏とはいえないんじゃないかということなども根拠になったのでしょうか)、醜形恐怖症が身体表現性障害から強迫症および関連症群に分類されたこと、DSM-IVでは他のどこにも分類されない衝動制御の障害であった抜毛症および皮膚むしり症が強迫症および関連症群に分類されたこと、DSM-IVでは同じく他のどこにも分類されない衝動制御の障害であった、窃盗癖、間欠性爆発性障害、放火癖が、秩序破壊的・衝動制御・素行症群に分類され、行為症と同じカテゴリーになったこと、DSM-IVでは他のどこにも分類されない衝動制御の障害であった病的賭博が物質関連障害および嗜癖性障害群に分類され、ギャンブル障害になったこと、などです。咬爪症については他の特定される強迫症および関連症に分類されています。

抜毛症、皮膚むしり症、咬爪症の薬物療法のレビュー(文献1)

背景

・抜毛症、皮膚むしり症、咬爪症はいずれもDSM-5では強迫症および関連症群に分類されている。

・これら3疾患の診断にあたっては(1)特定の行為の繰り返し(2)行為を減弱ないし排除しようとする繰り返しの努力の存在(3)心理・社会的・職業的な機能障害をきたしている、の3つの共通点がある

・時点有病率は抜毛症で0.5-2%、皮膚むしり症で1.4-5.4%と報告されている

・咬爪症については、社会的機能障害を伴わず、行為を減らそうとする努力を伴わないものであれば、小児で50%、成人では減るものの、60代で4.5%との報告もある

・性差については、抜毛症と皮膚むしり症は女性に多く(3:1)、咬爪症も女性が多いがその比率は1.5:1程度とされている

・これら疾患に対する治療法のエビデンスは乏しく、FDAに承認されている薬剤もない

・2018年時点での薬物療法についての介入試験などの報告を文献的にレビューした

方法と対象

・抜毛症、皮膚むしり症、咬爪症二重盲検試験の文献的レビュー

・抜毛症(9 RCTs N=251)、皮膚むしり症(2 RCTs N=85)、咬爪症(1 RCT N=14)

結果

・抗うつ薬についての介入試験はクロミプラミン 3RCTs(うち1つはプラセボとCBT対照のパラレル、2つはデシプラミン対照のクロスオーバー試験)、フルオキセチン 2RCTs(いずれも小規模(Nが14と16のプラセボ対照クロスオーバー試験))であり最も新しいものが2000年に出版された報告

・クロミプラミンについては、CBTおよびプラセボとの9週間の小規模無作為割付試験( J. Clin. Psychiatry,2000, 61(1), 47-50 )において、プラセボとの有意差なし。CBTはプラセボおよびクロミプラミンより有意に改善。

・クロミプラミンの2つのデシプラミン対照の小規模クロスオーバー試験(N=13と14)では、いずれもエントリー時点2週間のプラセボwash-out期間をはさんで5週間ずつ(切り替えの際には漸増漸減で置換)の比較試験が行われた。

・1つは咬爪症(N=14)を対象(Arch. Gen. Psychiatry, 1991, 48(9), 821-827)とし、もう1つは抜毛症(N=13)を対象(N. Engl. J. Med., 1989, 321(8), 497-501.)としたもので、いずれの試験結果もクロミプラミン投与時はデシプラミン投与時よりも有意に爪咬み行為や抜毛行為の減少を認めた。しかし切り替え方法の問題や試験期間が短い問題がある

・SSRIについての報告はフルオキセチンの2つの小規模クロスオーバー試験(Am. J. Psychiatry, 1991, 148(11), 1566-1571.、Am. J. Psychiatry, 1995, 152(8), 1192-1196.)のみであり、1つ目は14名の抜毛症患者を対象とし、プラセボ対照で投与期間各6週間(間に5週間のwash-out期間をはさむ)。抜毛頻度などに有意差なくフルオキセチンの有効性示せず。2つ目は16名の抜毛症患者を対象とし、プラセボ対照で投与期間各12週間(間に5週間のwash0out期間あり)。フルオキセチンはプラセボに対して有意な効果を示せず

・抗うつ薬の結果については、2007年の系統的レビュー( Biol Psychiatry. 2007 Oct 15;62(8):839-46)の結果にもまとめてあり、その結果によると、SSRI対プラセボが4 RCTs(N=72)、全体としてSMD=0.02でありプラセボとの有意差なし、クロミプラミン対プラセボ(2RCTs、N=24)では、SMD=-0.68であり、小規模ながら有意な改善効果ありとされている

・習慣逆転法対プラセボは3RCT(N=59)であり、SMD=-1.14で最も大きな効果がみられた

・習慣逆転法対SSRIは1RCTで、有意差なし

・習慣逆転法対クロミプラミンでは、習慣逆転法が有意にクロミプラミンより有効との結果

・全体として習慣逆転法が最も優れた結果であり、SSRIの有効性は支持されないとの結果であった


・皮膚むしり症に対するラモトリギン(最大300mg)のプラセボ対照試験(N=32)がある。12週間で行われラモトリギンの有効性は示せなかった

・抜毛症に対するオランザピン(平均10.8mg)の12週間のプラセボ対照試験(N=25)ではCGI-Iでの反応率はオランザピン 85%、プラセボ 17%と有意差を認めた。

・グルタミン酸modulatorであり抗酸化作用を有するとされるN-acetylcysteine(NAC)については、成人を対象とした2つの介入試験と児童思春期を対象とした1つの介入試験がある。50名の抜毛症患者を対象とした12週間のプラセボ対照試験(Arch. Gen. Psychiatry, 2009, 66(7), 756- 763.)ではNAC2400mgはプラセボ群より有意に抜毛症状の改善を示した。また66名の皮膚むしり症患者を対象とした12週間のプラセボ対照試験(JAMA Psychiatry, 2016, 73(5), 490-496)においてもNAC2400mgはプラセボ群と比較してNE-YBOCSにおいて有意な改善効果を示した。一方で35名の児童思春期の抜毛症患者を対象とした12週間のプラセボ対照試験(J. Am. Acad. Child Adolesc. Psychiatry, 2013, 52(3), 231-240)ではNAC2400mgはプラセボ群と比較して有意な改善効果を示すことができなかった

・そのほか31名の抜毛症患者を対象としたイノシトールの10週間のプラセボ対照試験、51名の抜毛症患者を対象としたナルトレキソンの8週間のプラセボ対照試験があるが、いずれも結果はnegativeであった

まとめ

・抜毛症、皮膚むしり症、咬爪症に対する薬物療法のエビデンスは極めて乏しく、何らかの結論を導き出すことができる状況ではないようです。習慣逆転法やOCDの治療法に準じた認知行動療法などの精神療法が主体となるものと思われます(ただし文献3によると暴露反応妨害法は抜毛症にも皮膚むしり症にも有効ではなかったという報告があるようです)


文献1:Gabriele Sani et al. Current Neuropharmacology, 2019, 17, 775-786
文献2:松永寿大ら 臨床精神薬理 Vol.14 No.4,2011 p567
文献3:成瀬 栄一 精神科治療学 32(3):329-334 2017