・大うつ病に対するSSRIの用量効果関係についてはFurukawaらの報告(Lancet Psychiatry. 2019 Jul;6(7):601-609. )がよく知られているところです。つまりフルオキセチン換算20~40mg程度までは用量の増加に伴い効果も増加が見込める可能性があるものの、それ以上については効果が減弱する傾向がみられ、臨床用量の範囲内においても逆U字型の用量効果関係となる可能性があるというものです。

・しかしエスシタロプラムについては臨床用量の範囲(20mgまで)で、そのような関係性はみられないかもしれません。

・この報告以前から、SSRIの用量効果関係については、あるところでピークに達するとの報告が複数ありました。

・古いものからみてみると、フルボキサミンについてはWalczakらが (Ann Clin Psychiatry. 1996 Sep;8(3):139-51.)、フルボキサミンの最小有効用量が50mg(N=101)であり、100mg(N=100)が最も反応率が高く、150mg(N=99)では副作用が多く有効性も減少することを報告しています。

・フルボキサミンについては50mgで視床でのセロトニントランスポーターの占有率( [11C](+)McN565をリガンドとして使用:リガンドとしては[11C]DASBの方が特異性が高くS/N比が高いことから最近の主流となっている )が80%を超えるとの報告があり( Arch Gen Psychiatry. 2003;60(4):386-391)そのことと臨床効果がある程度相関しているのかもしれません。

・セルトラリンについては、2001年にSchweizerら(Int Clin Psychopharmacol. 2001 May;16(3):137-43.)が3週間オープンでセルトラリン50mgを投与し、寛解基準(HAM-D17で8点以下)を満たさない場合にセルトラリン50mg継続継続群(N=37)と150mg増量群(N=38)に無作為割付してその後5週間追跡し非寛解率を比較しました。

・その結果、非寛解率に両群間有意差はなく、高用量で恩恵をうける患者の存在を否定するものではないものの、用量増大による効果増強について懐疑的な結果となりました。

・セルトラリンについては最近ではSUN D試験(Kato et al. BMC Med. 2018 Jul 11;16(1):103.)において、治療歴のない大うつ病患者について、3週間のセルトラリン50mgないし100mgの無作為割付比較試験が行われ、その後各群継続(寛解後継続と非寛解後継続)ないしミルタザピン併用ないしミルタザピン置換の8群間比較試験が行われました。

・セルトラリン50mg(N=390)と100mg(N=391)との比較だけに注目すると、投与開始9週時点での反応率は両群間有意差なく、全体として100mgまで増量することの治療効果の差は見いだされませんでした。

・セルトラリンによるセロトニントランスポーターの占有率については約50mgの4週間投与で線条体においては80%を超える(リガンドとして[11C]DASBを使用)との報告(Am J Psychiatry. 2004 May;161(5):826-35. )があり、このことが用量効果関係を説明しうるのかもしれません。

・パロキセチンについてはRuheらの報告(Neuropsychopharmacology. 2009 Mar;34(4):999-1010.)によると6週間オープン試験でパロキセチン20mgが投与され、その後非反応群が20mg継続群(N=30)と30-50mgまでの増量群(N=30)に無作為割付され、さらに6週間比較されました。

・その結果反応率は継続群33.3%対増量群37%で有意差はありませんでした。その理由として[123I]β-CIT SPECTを用いて評価した中脳でのセロトニントランスポーターの占有率は継続群(中央値82.2%)と増量群(中央値72.7%)とで有意差がなかったためとされています。

・エスシタロプラムについてはBoseらが重症うつ病に対する介入試験を報告しています(Clin Drug Investig. 2012 Jun 1;32(6):373-85.)。

・この試験では571名の18-65歳のMADRS30点以上の重度の大うつ病患者が対象となりSingle blindで2週間エスシタロプラム10mgが投与されMADRSが50%以上改善しなかった群(N=474)がdouble blindでエスシタロプラム20mg(N=229)ないしデュロキセチン60mg(N=245)を8週間投与され寛解率が比較されました。

・その結果、寛解率はエスシタロプラム20mg群が54%、デュロキセチン60mg群が42% で有意差を認めました。2週間でエスシタロプラム10mgに反応しない群は、デュロキセチンへの変薬よりも20mgに増やした方がいいかもしれないという結果でした。

・ただしこの試験ではエスシタロプラム10mg継続群が設定されていないため、そのままの用量で継続した場合の治療効果がわからないため、単に用量を増やせばいいかどうかという疑問に対する結論は得られません。

・Kimらは大うつ病患者98名を対象に、4週間オープンでエスシタロプラム10-20mgを投与し、MADRS9点以下の治療反応基準を満たさなかった群をエスシタロプラム20mg群(N=25)とエスシタロプラム30mg群(N=25)とに無作為割付し、6週間で治療効果を評価しました(J Affect Disord. 2019 Dec 1;259:91-97)。

・その結果エスシタロプラム20mg群のMADRS変化量は平均8.0点、エスシタロプラム30mg群のMADRS変化量は平均-11.8点で有意差を認めました。

・エスシタロプラムの用量とセロトニントランスポーターの占有率については、Kimらの報告(Clin Pharmacokinet. 2017 Apr;56(4):371-381)があり、20mg以上の用量によりようやく線条体でのセロトニントランスポーター占有率が80%を超える(リガンドは[11C]DASB)と報告されています。

・以上からエスシタロプラムは臨床用量である20mgまでの範囲においては、治療効果が用量依存性に増大することが期待できるのかもしれません(QT延長も用量依存性に増悪する点には要注意ですが)。

・セロトニントランスポーター占有率と臨床効果についての関連性については、エスシタロプラムのようにセロトニントランスポーターへの選択性が高い薬剤であれば、ある程度直接的に関連付けた議論ができるのかもしれませんが、ボルチオキセチンやSNRIなどその他のトランスポーターや受容体への結合親和性もみられる薬剤であれば、セロトニントランスポーターだけでは議論できないため、注意が必要となります。

・またここで議論された用量効果関係については個別の患者に対してそのまま適応することはできず、Saruwatariらが報告(Pharmgenomics Pers Med. 2014 May 28;7:121-7.)したように、CYP遺伝子多型により薬物の代謝が異なり、その結果同一用量でも血中濃度が大きく(2倍以上)違いうることにも注意が必要であり、一部患者においてはより高用量において有効性が期待される可能性があることに注意が必要です。

・そのためSSRIの用量は副作用に注意しつつ、やはり個別に設定する必要があるということになります。

・さらにセロトニントランスポーターの占有率と臨床効果を直接的に結びつけることはできない可能性もあります。

・PETやSPECTを用いたセロトニントランスポーターの占有率は、定常状態における数値であり、うつ病の病態がセロトニンなど神経伝達物質の動的な異常をきたしているものの場合、病態の本質をみていない可能性もあります。

・計測しているのはあくまでトランスポーターであり、セロトニンそのものが定量化されているわけではありません。

・このような考察をする背景に、Dankoskiらの興味深い報告(Neuropsychopharmacology (2014) 39, 2928–2937)があります。

・マウスを用いた基礎実験ではありますが、in vivo voltammetryを用いて、直接セロトニン動態をリアルタイムで検出しようとしている点で興味深いものです。

・実験では4-5週齢の雄マウス(N=76)が用いられました。うち40体は孤立した環境におかれ、36体はペアで飼育されました。20日間シタロプラム(15mg/kg/day)ないしプラセボが投与され、その後ガラス玉覆い隠し行動試験により不安関連行動の評価、オープンフィールド試験での行動量評価などが行われ、同時にin vivo voltammetryにより、背側縫線核の電気刺激により放出されるセロトニン量が定量されました。

・その結果、ガラス玉覆い隠し行動試験により評価された不安様行動は、ペア環境下のシタロプラム投与群において、プラセボ群と比較して埋められたガラス玉の数は有意に少なく、一方で孤立環境下でのマウス群においては、プラセボ群と有意差を認めませんでした。

・オープンフィールド試験では、シタロプラム投与群における全体的な運動量の減少は有意ではなく、ガラス玉覆い隠し行動試験の結果が単にシタロプラムによる行動抑制ではないことを示唆する結果がえられました。

・また、in vivo voltammetryにより、背側縫線核の電気刺激により放出されるセロトニン量を評価したところ、ペア環境下のシタロプラム投与群においては、有意なセロトニン放出量の増加を認めましたが、孤立環境下のマウスでは、シタロプラム投与群と非投与群とでセロトニン放出量の有意差はみられませんでした。

・以上の結果は、SSRIが効果を発揮するためには、孤立しないような、社会的環境が重要ではないかとの解釈が可能です(あくまでマウスの結果なので単純にヒトに当てはめることはできないとは思いますが)。つまり薬物療法が効果を発揮するには、心理社会的介入もしくは孤立しないような環境が必要であると結論を外挿できなくもありません。

・また、SSRIの効果がこのように動的な変化としてのみとらえられるのであれば、単にセロトニントランスポーターの占有率を評価したところで、それを効果に結びつけることはできないことになります。

・今後直接的に脳内セロトニンの動態がリアルタイムで定量化できる技術が開発されれば、興味深い知見が得られるようになるかもしれません。