・2020年8月号のAmerican journal of psychiatryにUniversity of TexasのDr.Nemeroffがうつ病の病態生理についての現時点での理解に関する総説(文献1)を報告されていたので、ざっと要約してみます。

・10月6日付の当ブログの神経炎症についての記事の中で、統合失調症患者のアストロサイトをマウスに移植したらどうなるかみたいなことを書いていましたが、この総説の中に、「うつ病患者由来のエクソソームを正常マウスに投与したところ、強制水泳試験、テールサスペンション試験などにおいて、うつ病様の行動が観察され、さらに、健常対照者のエクソソームまたはmiR-139-5pのアンタゴニストを投与することで、マウスのうつ病患者からのエクソソームのうつ病類似症状惹起作用が阻害されたことも報告されている(Neuropsychopharmacology 2020; 45:1050–1058)」との記載があり、これには驚きました。

・再現性がどうなのかということと、細胞レベルで何が起きているのかがわからないことには何ともいえませんが、今後の進展がどうなのか気になるところです。

・最後のまとめの段落で、抗うつ薬の作用機序は不明であると言い切っておられるところが印象的であり、現段階での到達地点を謙虚に表している言葉かと思われます。

・今後、単一核トランスクリプトミクスやメチロームワイド関連研究などにより、うつ病の病態に関して新たな知見が加わることが期待されます。

基本的事項

 

・うつ病はヒポクラテス(紀元前460~377年頃)、ガレン(紀元129~199年頃)、イシャーク・イブン・イムラン(紀元10世紀)によって認識されており、これらの医師の初期の臨床記述は、喜びを感じる能力の喪失、重度の不快気分、意欲の喪失など、今日のものをよく反映している。これらの症状は重度の死別反応と似ているが、明確な誘因がない点で異なる。

・DSM-Vにおいては、気分の日内変動や原因不明の啼泣などのうつ病の一般的な症状は診断上必須ではない

・DSMによるうつ病は異質性を含むものであり、診断上の組み合わせだけでも1500通り以上との報告もあり、またあるものは食欲低下し、あるものは食欲亢進した状態、あるものは不眠、あるものは仮眠といった多様性が許容されている

・ある大規模疫学研究ではDSMないしICDにより診断されるうつ病の12カ月罹患率は6.6%であり、生涯罹患率は16.2%と報告されている。WHOは12カ月罹患率を5.5-5.9%、生涯罹患率を11.1-14.6%と報告している

・平均発症年齢は25歳で女性が男性の2倍であるとされている

・うつ病は併存症の多い疾患であり、PTSDやパニック症、全般不安症などの合併が多いことが知られている。このような併存症のある患者を臨床試験から除外してしまうと、臨床試験の結果が一般のうつ病患者層に適応できないことになりかねない。そのため多くの臨床試験ではこれら併存疾患の合併は許容されているが、併存がある場合とない場合とで病態生理が異なるのではないかとの問題も生じる

・うつ病の発症脆弱性リスクとして遺伝要因が知られており、遺伝要因の関与は35%~40%とされている。残りのリスクは環境的要因であり、幼少期の虐待歴、物質・アルコール乱用、最近の生活上のストレス因子、社会的孤立、大気汚染、社会経済的地位、学歴などの多くの要因が含まれる。

・これらの因子が遺伝的脆弱性とどのように相互作用して、大うつ病発症閾値に影響を与えるのかは興味深い課題である。

・うつ病に併存しうる様々な疾患やうつ病による自殺も問題であり、うつ病患者は非罹患群と比較して平均8年早く死亡するとの報告がある

動物モデル

・様々な動物モデルが提唱されているが、動物モデルが示す食欲や性的行動の減少、運動量減少などがヒトの主観的体験と関連したものかどうかはわかっていない。

・また自殺関連事象や集中力低下、罪業感、自責感などは動物モデルでは再現不能である。ヒトで観察される性差についても明らかではない

・これら動物モデルとヒトのうつ病との間に多くの乖離があるにも関わらず、薬物探索においては動物モデルが利用されており、この手法は有用と考えられている。しかしながら、実際には臨床的に効果がある薬剤が開発されても、動物モデルで効果がなければ実用化されない可能性もある。

・最近の興味深いアプローチとして、うつ病患者からのエクソソームを実験用マウスに投与する手法がある。

・エクソソソームは、ニューロンやグリアを含む多くの細胞タイプから放出される、蛋白質、DNA、mRNAなどを含む40~100nmの小胞である。

・ある報告では、うつ病患者のエクソソームにおいて対照者と比較して異なる発現量を示すマイクロRNAとしてhas-miR-139-5pが報告されている。

・うつ病患者由来のエクソソームを正常マウスに投与したところ、強制水泳試験、テールサスペンション試験、NSFなどにおいて、うつ病様の行動が観察された。さらに、健常対照者のエクソソームまたはmiR-139-5pのアンタゴニストを投与することで、マウスのうつ病患者からのエクソソームのうつ病類似症状惹起作用が阻害されたことも報告されている(Neuropsychopharmacology 2020; 45:1050–1058)

うつ病と遺伝子

・うつ病の1/3は遺伝的要因との関連が報告されているが、このリスクを媒介する遺伝的基質が特定されていないという問題がある

・ゲノムワイド関連研究(GWAS)は、大うつ病のリスクをもたらす遺伝子座を特定するために、比較的大規模なサンプルを用いて試みられてきた。その結果はいくつかの点で期待外れであった。

・第一に、初期の研究では、大うつ病と双極性障害および統合失調症の両方のリスクに重複があるように思われた。

・第二に、同定されたそれぞれの遺伝子変異(一塩基多型)は、対象者の数が多いため統計的には有意であるが、それだけでは大うつ病に対する脆弱性という観点からは非常に小さな影響のみであること(そのためにpolygenic risk scoreなどが提唱されている)

・第三に、統合失調症、自閉スペクトラム症とは異なり、大うつ病におけるエクソームシークエンシングによるコピー数変異や大きな影響を持つ稀な変異の同定は、期待されていたほど確固たる結果をもたらさなかった。

・近年のゲノムワイド関連研究では、いくつかの意義のある結果も報告されている。

・Howardらは807553名を対象とした研究(患者246363名、対照群561190名)により、シナプス構造や神経伝達に関与していると以前に報告されたいくつかの遺伝子を含む、102の独立した変異、269の遺伝子、およびうつ病に関連する15の遺伝子セットを同定した。同様に130万人を対象とした大規模研究においても、102のうつ病関連遺伝子変異のうち87個がリスク因子であることを同定した。しかしながら同時に、これら遺伝子変異が統合失調症、ADHD、双極性障害などにおいても共通したリスク因子となりうることも報告されており、うつ病に特異的な変異の同定には至らなかった

・5303名の漢族の女性を対象とした研究ではうつ病リスクと関連する2つの遺伝子座が同定された。この報告の特徴は、反復性かつ重度の女性うつ病のみを対象としたことで、よりサンプルの表現型の均質性が保持されている点である。大うつ病のリスクと関連する2つのゲノムワイド遺伝子座は、両方とも10番染色体上にあり、1つはSirtulin 1遺伝子(SIRTI)の近くにあり、もう1つはホスホリジンホスホヒスチジン無機ピロリン酸リン酸化酵素遺伝子(LHPP)のイントロン内にあった。

・コルチコトロピン放出ホルモン(CRH受容体1[CRHR1])多型と児童虐待やネグレクトの既往との相互作用は、大うつ病への脆弱性の増加をもたらすと考えられており、このようなアプローチは、polygenic risk scoreによるリスク評価を補完しうるものになる可能性がある。

・Polygenic risk scoreを含めたゲノムワイド関連研究からの知見は大うつ病の遺伝率のごく一部を説明しうるにすぎないが、遺伝子と環境の相互作用とエピジェネティックなメカニズムの役割を理解することによってこのギャップが埋められる可能性がある。

・エピジェネティクスの観点から、Abergは1132名のうつ病患者と対照群、61名の死後脳(ブロードマンエリア10)などを対象とした最初の大規模なメチロームワイド関連研究(全ゲノムにおけるメチル化状態を解析するもの)を報告した。その結果、中等度の効果量を有するうつ病関連CpGジヌクレオチドメチル化部位が同定された。

・またメチル化リスクスコア(methylation risk score)により、6年後の大うつ病罹患リスクを評価する試みも行われている。これら同定されたリスク部位とゲノムワイド関連解析によって見出されたリスク遺伝子と重複しており、それら遺伝子は神経炎症や自己免疫疾患と関連する遺伝子を含んでいる

・最近、Czamaraら(未発表データ、2020年1月)は、1,074人の5つの独立したコホートを調査し、児童虐待と遺伝子型がDNAメチル化に及ぼす影響を調べた。遺伝子による虐待と遺伝子型の相互作用は、80%のDNAメチル化部位の変動を説明し、発達とシナプス機能に関連する遺伝子にマッピングされていた。

・Tureckiらは、最近、大うつ病の男性17人と対照者17人の背外側前頭前野を対象とした単一核トランスクリプトミクス(全mRNA発現を解析)研究の結果を報告した。8万個以上の核がサンプリングされ、26個の細胞クラスターが同定され、60%以上が群間で遺伝子発現の差を示した。

・最大の影響は深層興奮性神経細胞とオリゴデンドロサイト前駆細胞で観察された。このような研究により、細胞特異的な大うつ病における遺伝子発現異常が明らかになることが期待されている

幼少期の虐待とネグレクトの影響

・大規模メタ解析などで幼少期の虐待と大うつ病発症との関連性が報告されている

・Peyrotらは、polygenic risk scoreと小児期の心的外傷、およびうつ病発症との関連を患者1645名、対照群340名について解析し、PRSおよび心的外傷それぞれが大うつ病発症と有意な関連を示したが、心的外傷を有するとPRSのうつ病発症への影響が大きくなることを報告した

・さらに幼少期の逆境体験は、うつ病の経過に影響することが報告された。つまり早期発症、入院率の高さ、自殺企図率、治療抵抗性(薬物療法、心理療法いずれも)などに関連することが報告された。

・動物実験と臨床試験において幼少期の逆境体験は脳構造および機能的変化、免疫機能、炎症、神経内分泌系、自律神経系などに長期にわたる永続的な影響を及ぼすことが分かっている。これらの影響はうつ病において報告されている海馬体積の減少などに寄与しているかもしれないが、因果関係はよくわかっていない

モノアミン仮説はどうなっているか

・モノアミン仮説はうつ病の病態仮説としては不完全である。例えば、セロトニン、ドーパミン、ノルエピネフリンの95%を脳内で枯渇させるレセルピンは、約15%の被験者にしかうつ病を発症させない。

・SSRIのセロトニントランスポータ阻害作用は即時的に発揮するが、抗うつ作用は週単位で遅れて発現する。また未治療大うつ病患者でも、SSRIとSNRIで寛解が達成されるのは50%以下である。

・また未治療患者においてエスシタロプラムとデュロキセチン投与後に、セロトニンおよびノルエピネフリントランスポーターの占有率と治療反応性との関連性がないことを示唆する結果が報告されている(Neuropsychopharmacology 2014; 39:S460–S461)

・うつ病患者においてモノアミン系の活動に関する指標は変化していないことを示唆する結果が多く報告されている

・ケタミンなどセロトニン系以外に作用する抗うつ薬が上市されている。

・これらの知見はいずれもモノアミン仮説にとっては逆風となる

・Moriguchiらは最近、新規放射性リガンド([11C]SL25.1188)を用いて未治療大うつ病患者20人と対照群20人についてMAO-B活性を評価した。患者群ではMAO-B活性の著しい上昇が認められ、患者の50%では前頭前野のMAO-B活性値が対照群の最高レベルよりも高かったことが報告されている。

・また抗うつ薬の作用機序におけるドパミンD1受容体とセロトニン5A受容体の役割が最近注目されている(Mol Psychiatry 2020; 25:1229–1244、Mol Psychiatry 2020; 25:1191–1201)

脳画像研究

・これまでの画像研究に対する著者の批判的な意見が述べられている。

・まず第一に、うつ病における体積変化の効果量は一般的に非常に小さいこと。

・第二に、メタ解析は、知見の多くを広く支持していないこと。

・第三に、最も重要なことは、例えば、海馬や前頭前野の体積変化は実際に何を意味するのか?樹状突起や軸索の萎縮なのか?神経細胞の変性なのか?神経細胞に対するグリアの比率の変化なのか?細胞骨格の変化なのか?これらの疑問を解決するために、構造的MRI所見と病理組織学との関連を精査した死後脳研究は存在しない

・fMRIでは、大うつ病における前帯状皮質膝前部および視床とデフォルトモードネットワークの機能的接続性の増加、前頭頭頂部タスク制御ネットワークの機能的接続性の低下、前頭頭頂部制御ネットワークとデフォルトモードネットワークの機能的接続性の変化などが報告されている。しかしこれらの変化がうつ病によるものなのか、幼少期の虐待などの影響なのかはわからない。

・Rappaporらは、現在のうつ病の重症度は、報酬を期待することに反応して側坐核の活動低下と関連しているのに対し、反復性のうつ病は皮質線条体回路における報酬を期待することへの反応の低下と関連していることを報告した(Am J Psychiatry 2020; 177:754–763)

免疫系と炎症について

・20年前に著者らはうつ病患者と癌患者でうつ病を併発した患者についての研究において、うつ病患者においては炎症促進性サイトカインである血漿中IL-6が増加していることを報告した

・その後うつ病における様々な免疫系指標の変化が報告されている。複数のメタ解析により、大うつ病患者では炎症性サイトカインおよび急性期蛋白質、特にIL-6、腫瘍壊死因子(TNF)およびCRPの増加が報告されている。

・うつ病では末梢血単核球における炎症性サイトカイン遺伝子発現が増加しているという報告もある。

・しかしながら、すべてのうつ病患者がこの特徴を示すわけではない。

・自殺傾向が顕著な患者の血中およびCSF中の炎症性サイトカイン濃度が著しく上昇しているとの報告もある。

・同時にうつ病ではナチュラルキラー細胞の減少など免疫抑制状態にあるとの報告もある。

・炎症促進性サイトカインの上昇は、統合失調症や双極性障害など他の精神疾患でも報告されていることに注意が必要である。

・in vitroの研究だが、うつ病患者由来血漿を健常者の末梢血単核球に曝露すると免疫抑制作用が観察された。

・うつ病の既往が感染症リスクの増加と関連しているとの多くの報告がある。このことはうつ病患者が免疫抑制されていることを意味すると解釈されるが、炎症性サイトカインの増加所見とは矛盾しており未解決である。

・またうつ病患者は、全身性エリテマトーデス、関節リウマチ、自己免疫性甲状腺炎、多発性硬化症などの自己免疫疾患を発症するリスクが高いことが報告されている。

・末梢性炎症性サイトカインの上昇がCNSに影響を及ぼし、炎症に関連したうつ病を媒介する可能性がある。血液脳関門を通過しないTNF拮抗薬を含む抗炎症性治療薬が、特に炎症が亢進している証拠のある大うつ病患者において、抗うつ特性を有することを示唆する報告もあるが、エビデンスとしては不十分である

・幼少期の心的外傷と炎症との関連も注目すべきである。幼少期の心的外傷が炎症促進性サイトカイン分泌の長期的な増加をもたらすことが、基礎実験および臨床において報告されている

まとめ

・最後に著者が全体をまとめて以下のように要約している

・うつ病の診断は、顕著な異質性のために、依然として困難である。反応と寛解の定義は恣意的であり、それらの尺度の有用性について深刻な疑問が残っている。治療抵抗性うつ病の定義はまだ一般的には合意されていない。また、PTSD、強迫症、社交不安症、全般不安症など、うつ病の併存疾患を臨床研究や診療でどのように扱うかは不明である。NIMHの提示した研究用基準は有用かもしれないが、臨床実践を変えるわけではない

・うつ病患者のうち、適切な単剤療法試験で寛解を達成しうるのは少数である。したがって、標準治療はおそらくほとんどの患者にとって最適ではないと結論せざるを得ない。多くの増強戦略があり一部の患者には有効であるが、副作用を伴う。

・抗うつ薬の作用機序は不明である。抗うつ作用に関する理論はいずれも立証されていない

・うつ病における個別化医療、すなわち、うつ病のリスクのある患者を特定し、個々の患者に最適で安全な治療法を選択できるようにすることはまだ達成されていない。

・前述の欠点の多くは、大うつ病の病態生理の理解が不十分なことに起因している。40年に及ぶ研究にもかかわらず、うつ病の根本的な病因はいまだに不明である。しかし、ゲノミクスのエピジェネティクス、炎症、環境因子の研究ではかなりの進歩がみられている。

・男性と比較して女性の大うつ病の有病率が高い要因は未だ不明である。

・うつ病と主要な身体疾患の併存率が高いことのメカニズム研究は非常に不足している。これは、国立衛生研究所がこの分野の研究を行っていないこともあり、研究資金が限られていることが原因である

引用文献
1)CB. Nemeroff, Am J Psychiatry 2020;177:671–685; doi:10.1176/appi.ajp.2020.20060845