・うつ病にも神経炎症仮説があって、双極性障害にも神経炎症仮説があって、統合失調症にも神経炎症仮説があって、ALSにも神経炎症仮説があって、どれもこれも神経炎症仮説で疾患の表現型が違うのでモヤモヤしてしまうのですが、神経炎症仮説についての研究をするのであれば、これら疾患表現型の違いがなぜ生じるのかを説明しうるような研究がでてくるといいなと思うところではあります。

・例えばヒトALS患者由来アストロサイトをマウスに移植するとALS類似の病態が再現されることが知られていますが(J Clin Invest. 2015 Mar 2;125(3):1033-42)、同様に統合失調症患者由来アストロサイトをマウスに移植すると統合失調症モデルマウスになるのでしょうか?

・ALSについては様々な抗炎症作用が期待できるであろう薬物の介入試験が行われてきて(過去にまとめたことがあるのですが、調べた限り、olesoxime、ミノサイクリン、低用量インターロイキン2、tocilizumab(関節リウマチ治療薬:抗ヒトインターロイキン6モノクローナル抗体)、anakinra(IL-1受容体アンタゴニスト)、acthar(副腎皮質刺激ホルモン)、celecoxib、glatiramer acetate(多発性硬化症治療薬)、サリドマイド(TNF-αの発現減少作用)、NP001、fingolimod(多発性硬化症治療薬)、免疫抑制剤(バシリキシマブ+プレドニゾロン+タクロリムス+ミコフェノール酸)、masitinibなどがあります)、celecoxib、glatiramer acetate、サリドマイド、fingolimod、tocilizumab、anakinra、ミノサイクリン、olesoximeについてはnegativeな結果であり(小規模で再検証を要するものも多いのですが)、NP001では高用量かつ高感度CRPがベースラインで高い群では効果があるかもしれない、masitinibについては試験方法に問題あり要再試験などとなっています。

・これらは抗炎症作用が期待できる薬物ですので、バイオマーカーとしてもそれに関連したものがいろいろと用いられており、末梢血T細胞比率、髄液中サイトカイン濃度、髄液中プロスタグランジンE2濃度、末梢血高感度CRP濃度,末梢血リポポリサッカライド濃度、末梢血単核球中サイトカイン遺伝子発現、血清中サイトカイン濃度、髄液中可溶性インターロイキン6受容体濃度、PETによるトランスロケーター蛋白質(ミクログリア活性化の指標)測定、末梢血制御性T細胞比率、血清中ニューロフィラメント軽鎖濃度、血清中リン酸化ニューロフィラメント重鎖濃度、などなど、使用された薬剤にもよりますが、様々なマーカーが用いられています。

・これらのうち、末梢血によるマーカーについては果たして中枢神経由来なのか、という疑問を伴います。やはり神経炎症ですから、髄液中のマーカーなど中枢神経に特異的なマーカーが望ましいかと思われます。

・うつと神経炎症仮説について臨床試験の観点から少し眺めてみます。

・モノクローナル抗体による抗サイトカイン療法についての介入試験でうつを評価尺度にしたものは2018年までで二重盲検試験では10個くらいあるようです。

・うち4つが乾癬を対象とした介入試験であり、3つは関節リウマチを対象した試験で、その副次評価項目としてうつ尺度が含まれているものですが、うつ病(治療抵抗性)を対象としたものは1つしかなく、さらに規模の小さなものです(JAMA Psychiatry. 2013;70(1):31-41.)。

・うつ病を対象としたinfleximabの有効性について報告したこの試験の結果は全体としてnegativeであり、ベースラインのCRPが高いほど治療効果が高まる傾向がみられたとの結果でした。あくまで有意差はなく、規模が小さいので有効性についての結論は得られないというのが正しいところかと思います。

・うつ症状に対する抗サイトカイン療法の7つの介入試験のメタ解析の結果(Molecular Psychiatry (2018) 23, 335–343;)では、全体の効果量が0.40(CI 0.22-0.59)と有意差を認めていますが、7つ中4つは乾癬、1つはアトピー性皮膚炎、1つはクローン病を対象とした介入試験であり、副次評価項目としてうつ尺度が含まれているものになります。従って実際にうつ病患者がどの程度含まれていたのかはわからないということになり、結果の一般化は困難と思われます。

・双極性うつ病を対象とした抗サイトカイン療法(infleximab)の介入試験の結果が昨年公表されました(JAMA Psychiatry. 2019;76(8):783-790)。結果は全体としてnegativeであり、身体的ないし性的虐待の既往のあるサブグループでは治療効果が有意であったとの結果でした。ベースラインのCRPと治療効果との相関は有意ではありませんでした。

・また今年に入って、双極性うつ病を対象としたミノサイクリンおよびcelecoxibの併用ないし単剤療法の有効性についての介入試験の結果が報告されました(Lancet Psychiatry 2020; 7: 515–27)。結果はHAM-D17においていずれの群も12週間でプラセボとの有意差を見出すことはできませんでした。

・これに対しては今月のlancet psychiatry誌にてベースラインのCRPなどで層別化し、炎症の高いサブグループで効果を検証すべきであるとのコメントが掲載されました。これに対する著者らの反論は、CRPがそもそも神経炎症の指標である保証はなく、何をもってベースラインの神経炎症が高い群とすればいいのかわからないため、きちんと神経炎症のバイオマーカーを同定すべきであるとのことでした。

・うつ病患者においてはCRPが1mg/L以上の患者が60%、5mg/L以上が30%とのことです。しかしこのCRP上昇がどこから来ているのか、わかりません。

・そもそもCRPは主に肝臓でつくられるものじゃなかったのかというのが、学生レベルの知識しかない私の感想なのですが、どうなのでしょうか。

・ミノサイクリンについては、治療抵抗性うつ病に対する増強療法としての有効性を検証した小規模介入試験の結果が報告されており(J Psychopharmacol. 2017 Sep;31(9):1166-1175)、こちらについては結果はpositiveでしたが、非常に規模が小さく(全体でNが40程度)、これについても有効性についての結論を出すことはできないというところかと思います。

・以上のように末梢血からのマーカーを用いる方法では議論が収束しそうにない状況ですので、きちんと中枢神経のバイオマーカーを用いる方法がないのかということになります。そこで思いつくのがPETによる方法です。

・うつ病についてのPETによる神経炎症研究は、ミクログリアの活性化指標とされる(これは最近では疑問視されていますが)トランスロケーター蛋白質に対する放射性リガンドを用いた報告があり、positiveな結果(JAMA Psychiatry. 2015 Mar;72(3):268-75.、Br J Psychiatry. 2016 Dec;209(6):525-526.)や軽度から中等症ではnegativeとする結果(Brain Behav Immun. 2013 Oct;33:131-8.)、希死念慮を伴う比較的重度のうつ病においては前部帯状回においてトランスロケーター蛋白質発現上昇がみられるとの結果(Biol Psychiatry. 2018 Jan 1;83(1):61-69.)などが報告されています。

・双極性障害でも右海馬でのトランスロケーター蛋白質発現上昇の報告(Brain Behav Immun. 2014 Aug;40:219-25.)があります。

・統合失調症では、未投薬患者においては、トランスロケーター蛋白質の発現低下を示唆する結果が報告(Mol Psychiatry. 2020 Jun 30.)されており、ミクログリアの発達ないし機能の障害を示唆するものではないかと考察されていますが、今後の検証を要するところかと思われます。また未投薬患者ではトランスロケーター蛋白質発現は対照群と有意差なく、投薬後に有意な上昇を示したとの報告(Mol Psychiatry. 2016 Dec;21(12):1672-1679. )もあり、統合失調症におけるトランスロケーター蛋白質の増加は投薬の影響をみているのではないかとの指摘もあります。

・閾値下の精神病超ハイリスク群(ultra high risk for psychosis)においては、灰白質でのトランスロケーター蛋白質の発現亢進がみられ、重症度に相関するとの報告(Am J Psychiatry. 2016 Jan;173(1):44-52.)もありました。

・トランスロケーター蛋白質発現上昇は統合失調症死後脳ではみられておらず、トランスロケーター蛋白質はミクログリアの活性化を特異的に反映したものではなく、in vitroの研究では活性化ヒトミクログリアにおいて発現亢進がみられないことなどから、統合失調症におけるミクログリアの活性化指標としては不適切ではないかということを指摘する論文も報告されています(Schizophr Res. 2020 Jan;215:167-172. )

・従って、より選択的なグリア細胞の活性化指標となるリガンドが必要ではないかということも指摘されています(Mol Psychiatry. 2018 Feb;23(2):323-334. doi: 10.1038/mp.2016.248. Epub 2017 Jan 17.)

・以上より、PETを用いた神経炎症の可視化については、まだまだこれからというところでしょうか。

・より特異度の高いPETリガンドが開発されれば、この分野の研究が進展し、本当に神経炎症が病態に関与しているのかどうかが明らかになるのかもしれません。