思春期初発精神病に対する抗精神病薬と心理療法
2020年07月29日
・Lancet Psychiatryに思春期初発精神病に対して抗精神病薬(主にアリピプラゾールなど)と心理療法(CBTと家族介入)の単独ないし併用の小規模介入試験(主要評価項目は将来の大規模試験のfeasibility(実現可能性))についての報告(文献1)がありました。
・ここで用いられたCBT(詳細は文献4など)はNICEガイドラインにおいて標準的に推奨されている手法であり、精神病症状に限らず、自信を回復するなど、幅広く治療ゴールを設定するものとなります。
・ちなみに精神病症状を直接のターゲットとしたCBTの臨床試験(幻聴をターゲットにしたCBTの最初の大規模な質の高い臨床試験であるCOMMAND試験:文献2)の結果は重要であり、さらに標準的なCBTのような大変な手間とコストのかかる手法ではなく、PCとバーチャルリアリティーを活用したより簡易なAVATAR療法とよばれる、大変面白い手法についての報告(文献3)もおさえておくべきかと思います。
背景
・早期発症精神病は18歳未満に発症する初発精神病をさす。イギリスでは発症率は10万人あたり5.9人と報告されている
・早期発症であることは予後不良と関連する可能性もあり、病前機能が悪かったり、DUPが長かったり、初発症状が重篤であるとさらに予後の悪化要因となりうる。
・2015年のシステマティックレビューでは若年精神病患者への治療は抗精神病薬が主流であることが示されている。しかしながらその有効性に関するエビデンスは成人に比較して乏しい。これまでのメタ解析では、抗精神病薬は小さいながらも有意な治療効果(PANSS、社会機能、全般的機能に対して)を有することが報告されている。しかし少数の質の低いstudyからなる報告であり、プラセボ群でも改善度が大きく、代謝系副作用も大きかったことなども懸念されるものである
・精神病に対しての心理療法については、システマティックレビューでは、18歳未満を対象としたCBTないし家族介入についての報告はこれまで存在しないとされている。25歳未満を対象としたCBTと家族介入については、8つの低品質の報告があり、両者の組み合わせで小さいながらも有意な効果があるとされている
・2015年以降では、小規模(n=30)の18歳未満精神病患者を対象とした非無作為化試験(CBT対家族介入対通常治療)が行われており、思春期精神病に対しての心理療法の有効性を比較する臨床試験が実現可能であることが示された
・NICEガイドラインは早期発症精神病に対して心理療法を推奨しているが、その根拠は成人についてのエビデンスを外挿したものであり、若年精神病へのエビデンスは乏しい。そこで今回思春期初発精神病患者に対しての心理療法を抗精神病薬と比較する臨床試験の実現可能性について検討した
方法と対象
・無作為割付single bilnd比較試験
・14-18歳の初発精神病患者(メンタルヘルスサービス受診1年以内)
・PANSSの妄想ないし幻覚の下位尺度が4点以上で1週間以上持続
・ICD-10で統合失調症ないし統合失調感情障害ないし妄想性障害ないしEIP(Early Intervention in Psychosis)の初発精神病のエントリー基準に合致
・過去3か月以内に構造化された心理療法ないし抗精神病薬を受けたものは除外
・抗精神病薬投与群 N=22
・CBT+家族介入群 N=18
・抗精神病薬+心理療法併用群 N=21
・CBTは合計26時間(おおよそ週に1回)+4回のブースターセッション
・家族介入は月に1回程度(その他CBT後に同意者については家族と情報共有)
・CBT開始後に患者と治療者は問題点を同定し、CBTの治療ゴール(自信を回復するなど精神病症状と関連しないものもゴールに設定しうる)を共有し、ゴールを達成するための個別化されたプランが開発された
・ついで、認知再構成のための手法(幻聴などに耳を傾けることの利益や不利益を検討する、適応的な対処法や睡眠衛生に関する教育、ロールプレイなども含む)などが展開された
・最後に再発予防のための地固め段階が実施された
・家族介入はbehavioural family therapy approachに基づく介入が実施された
・薬物療法については、NICEガイドラインに準拠した処方が行われた。介入直後に開始され、少なくとも3か月間、できれば6か月以上継続することが推奨された。処方内容と用量は各主治医に任された
・主要評価項目は治療の実現可能性であり、試験への参加率とCBTへの参加率、薬物療法へのアドヒアランス、治療への忍容性
・副次的評価項目は、ベースライン、3か月後、6か月後、12か月後のPANSS total(25%の改善を minimal improvement、50%の改善をgood clinical response、などと定義。さらに社会的機能、主観的回復、不安及びうつ(HAD)、物質使用障害などを評価
結果
・試験への参加率は68%、6か月時点での試験への非脱落率は全体で84%
・心理療法群(単独ないし薬物療法併用)においては82%が6回以上のCBTを受けた。抗精神病薬群(単独ないし心理療法併用)においては65%が6週間以上の薬剤投与を受けた。心理療法へのアドヒアランスは概ね良好で、薬物療法については中等度のアドヒアランスであった。
・抗精神病薬で使用された薬剤はアリピプラゾール(約50%)、リスペリドン(約25%)、クエチアピン(約25%)が最も多かった
・抗精神病薬単独群は6か月後にPANSS totalで6.2点改善、心理療法単独群は6か月後に13.1点改善、併用群は13.9点改善。PANSS totalで50%以上改善した割合は、抗精神病薬単独群は6か月後で22%、心理療法単独群では31%、併用群では29%
・重大な有害事象は抗精神病単独群の13%(2名が重大な暴力)、心理療法群では24%(自殺企図1名、2名が重大な暴力、2名が内科入院)、併用群では35%(精神科入院3名、自殺企図1名、重大な暴力1名、内科入院1名)など
・3か月後の時点で、9名がPANSS totalで12.5%以上の悪化を示した。4名が心理療法単独群、3名が抗精神病薬単独群、1名が併用群、1名は治療拒否群であった
結論
・若年初発精神病患者に対して、心理療法と抗精神病薬の比較を行う大規模介入試験は可能である。しかしいくつかのサイトでの患者エントリーは順調にいかなかったことから、今後工夫が必要と思われる。また一部の患者は治療に参加せず今後さらに大規模な臨床試験を行うために試験デザインの改良が必要である
・今回施行した3群の安全性は概ね良好であり、抗精神病薬を使用しない心理療法が、使用群と比較して症状増悪を有意にもたらすとの証拠は得られなかった
全ての群でPANSS変化量は6か月で6-14点、12か月で12-20点であり、臨床的に有意な最小変化量として15点以上(治療者評価)といわれているため、いずれの治療法も臨床的に意義があると思われる
・治療行為に起因した重大な有害事象はいずれの群でもみられなかったと思われる
・Nが少なく治療効果の判定はできないが、数値的には心理療法単独、心理療法+抗精神病薬併用が同程度の改善度であり、心理療法(CBT+家族介入)単独でもいけそうな印象がある(ただしかなりの手間がかかる)
・今後大規模試験での検証が必要
小規模試験のため結果の一般化はできませんが、若年者に対してはARMSのみならず、精神病顕在発症後も心理療法が有力な介入手法となりうる可能性があることを示唆する報告であり、今後の大規模試験の結果が注目されます。
1)Morrison AP, et al. Lancet Psychiatry. 2020 Jul 7:S2215-0366(20)30248-0. doi: 10.1016/S2215-0366(20)30248-0. Online ahead of print.
2)Birchwood M, et al. Lancet Psychiatry. 2014 Jun;1(1):23-33.
3)Craig TK, et al. Lancet Psychiatry. 2018 Jan;5(1):31-40.
4)Anthony P. Morrison Psychosis. Pages 271-281 Volume 9, 2017 - Issue 3