polygenic risk scoreについて
2020年07月23日
・AJP in advanceにpolygenic riskと単極性うつ病の予後についての報告(文献2)がでていましたので、polygenic risk score(PRS)などについて少しまとめておきます。
・感想としては、有用な場面もあるかもしれないけど、一塩基多型(SNP)の組み合わせで構成されるPRSは、精神疾患においてはそこまで強力な予後予測ツールには現段階ではなりそうもないかなというところです。ただし、この概念を知っておくことは必要かと思いました。
polygenic risk score(文献1より)
・それぞれの遺伝子変異(主に一塩基多型)は疾患リスクにはわずかな影響しか与えないが、そのような変異が多数重畳することで、疾患リスクの有意な増加をもたらしうるという知見がゲノムワイド関連解析により得られつつある。
・リスクに関連する一塩基多型の数により疾患リスクを評価する指標として多遺伝子リスクスコア(polygenic risk score:PRS)が提唱されている。
・PRSは多くの症例対象研究により実際に疾患リスクの増加と関連することが報告されている。同時にコホート研究でもその関連性が報告されている。PRSの潜在的な有用性を認める報告は多いが、臨床的な有用性はまだ確立されていない。PRSが果たして疾患の発症リスクや予後を予測しうるものなのか?そのような疑問に答えるため、研究は集団を対象とした症例対象研究から、個人を対象としたものにシフトしつつある。
・各個人の保有する疾患リスク対立遺伝子について、それぞれの効果量(binary dataであれば例えばlog(OR))で重みづけし、合計していく。この方法は最も単純なPRSの計算法であり、リスク遺伝子間や遺伝子と環境間の相互作用がないことを仮定している。実際には相関構造を仮定し、Bayesian LDpred approachなどがPRSの計算に用いられている。
・PRSを実用的なツールにするためには、これまでの対照群と比較した相対リスクから、疾患発症の絶対リスクに変換する必要がある。現存する疾患のリスク予測モデルには、心血管疾患および糖尿病の10年リスクを予測するものがあり、それらは臨床所見、臨床、生化学、生活習慣、および過去のリスク因子の組み合わせからなる。これらのモデルは良好な予測率(AUC(実際の疾患群の分布と予測群の分布の重なり)は80~85%)を達成し、予防と公衆衛生のための臨床ガイドラインに含まれている。
・多遺伝子リスクスコアは、これらのリスク予測モデルにとって代わるほどの高いAUCは期待できず、これらのリスク予測モデルの代替ではなく、モデルを補強する補助的因子として考慮されることが妥当であろう。
・現在の重要課題は、疾患における遺伝的リスクの高い個人を同定することである。このことにより、個人がスクリーニングに参加したり、生活スタイルの修正を行ったり、予防的介入を受けるための動機づけとなりうる。ただし遺伝子だけですべてが決まるわけではないため、誤解をさける必要もある。
・乳癌においては、303の遺伝子変異(SNPs)に基づくPRSによりAUCが0.63、PRS1単位増加あたりオッズ比 1.61との結果が報告されている。この結果を言い換えると、PRSが平均的スコアの女性と比較して、上位1%の女性はエストロゲン受容体陽性乳癌の発症リスクが4倍であり、下位1%のPRSの女性についてはエストロゲン受容体陽性乳癌の発症リスクが1/6となるということになる。PRSはスクリーニングにおいて活用可能となる。
・PRS上位の女性については、スクリーニング頻度を増やしたり、開始時期を早めるなどの対策が考えられる。イギリスではマンモグラフィーによるスクリーニングは47歳以上の女性に提供され、その後10年間での乳癌リスクは2.6%と報告されているが、PRSが上位20%内にある女性については、40歳未満で同等のリスクに達し、下位20%の女性は年齢によらず同等のリスクに到達することはないと報告されている。
精神疾患とPRS
【大うつ病】
・大うつ病の多遺伝子リスクスコアは、最近のゲノムワイド関連研究の結果を用いて計算することができる。Wrayらは、有意な44のSNPを同定し、PRSの上位10%の人は、下位10%の人に比べて大うつ病リスクが約2.5倍に増加していることを報告した。
・しかし、このスコアのAUCは0.57であり、大うつ病遺伝形質の分散の2%しか捉えておらず、残りの98%はPRSでは捉えられていない。したがって、個人のうつ病リスクは、測定可能な遺伝的リスクスコアの2%と、遺伝的ないし環境的要因による98%の未測定の成分から構成されている。
・遺伝的リスクが非常に高い個人であっても、PRSで説明可能なリスクは未測定成分に圧倒されてしまう。したがって、うつ病のPRSはまだ有用ではない。
【統合失調症】
・統合失調症では、現在のPRSスコアが統合失調症遺伝形質の分散の7%を占め、AUCは0.61と予測能力は大うつ病よりも高いが、臨床的に有用なレベルではない。
・統合失調症では遺伝率(heritability:全表現型分散と相加的遺伝分散の比。親から子へ遺伝する確率ではない。直感的には実現遺伝率の概念がわかりやすい)が65-80%と大うつ病の37%よりも高いが、多遺伝子スコアは一般的な予測には意味がない。
・ただし早期の診断やより正確な診断のためにPRSが有用な可能性がある。例えば、初発精神病では、統合失調症のPRSが他の精神病診断と区別できる可能性が示されている(PRSの上位20%の人は、その後統合失調症と診断されるリスクが約2倍に増加する)。これは低い予測能力であるが、初発精神病症例の中での予測であり、(1)一般集団のジェノタイピングを必要とせず、精神病患者のみを対象としていること、(2)主要な判断(治療/不治療など)には関係ないが、ケアプランに役立つ可能性のある追加情報を提供できること、などの理由から、有用かもしれない。
・本題にうつる前に、現在までの単極性うつ病患者が双極性障害に移行するリスクについての報告をまとめておきます。
・文献4のメタ解析とシステマティックレビューによれば、12-18年間のフォローアップ期間において単極性うつ病患者の双極性障害移行率は22.5%とされています。またメタ解析により3つのリスク因子が同定されています。
・それらは若年発症(g=-0.33)、精神病症状の合併(OR=4.76 CI 1.76-12.66)、双極性障害の家族歴(OR=2.89 CI 2.01-4.14)でした。
・次いで、文献3では、デンマークでの大規模前向きコホートにより、これらリスク因子について再現性があるのか検討されました。
・対象となったのは1995年1月1日以降2016年12月31日(の8週間前)までに大うつ病の診断を最初に受け退院した患者(レジストリとしてthe Danish Psychiatric Central Research Register (DPCRR)を使用)で91587名が対象となりました。
・リスク因子として、性別、出生地(都会か田舎か)、初発うつ病エピソードにおける治療環境(外来か入院か救急外来か)、うつ病エピソードが再発性か単回か、初発うつ病の重症度(軽度、中等度、重度、精神病症状を伴う)、初発時の年齢、初発うつ病エピソード以前の精神疾患の既往(物質使用障害、気分に一致しない精神病性障害、神経症、身体表現性障害、強迫性障害、摂食障害、パーソナリティ障害、精神遅滞、自閉症スペクトラム、ADHD)、両親の精神疾患の既往が設定されました。
・平均7.7年間の追跡の結果、経過観察中3910名が双極性障害に移行し、20年間での累積移行率は女性の方がやや移行率が高く(8.7%対7.7%)、双極性障害への移行のリスク因子としては、親の双極性障害罹患歴(調整後ハザード比 2.60 CI 2.20-3.07)であり。親が双極性障害である場合の20年間の累積移行率は25%でした。次いで初発うつ病エピソードでの精神病症状合併(調整後ハザード比 1.73 CI 1.48-2.02)、気分と合致しない精神病症状の合併ないし既往(調整後ハザード比 1.73 CI 1.51-1.99)、初発エピソードでの入院治療(調整後ハザード比 1.76 CI 1.63-1.91)などが有意なリスク因子として抽出されました。
・そのほかの有意であるが影響の小さな要因としては、都会よりも田舎での出生(統合失調症の発症リスクとは逆であることが興味深いところです)、反復性のうつ病エピソード、初発エピソードが重症であること、アルコール使用障害の既往、親の単極性うつ病の既往などでした。
・メタ解析で同定されたリスク因子のうち、家族歴、精神病症状の併発については有意なリスク因子として抽出されましたが、若年発症であることはその後の双極性障害移行リスクとして有意なものとしては抽出されませんでした。その理由としてレジストリに基づく研究では18歳未満、特に10-14歳の小児患者については双極性障害移行率を過小評価してしまう(よりフォローアップでの観察の細やかな臨床研究と比較して)傾向があるためではないかと考察されています。
単極性うつ病と診断された患者のpolygenic riskと双極性障害ないし精神病性障害進展リスク(文献2)
背景
・双極性障害患者や精神病性障害患者においては、しばしば双極性障害ないし精神病性障害診断前にうつ病エピソードを経験している
・多くの場合、うつ病エピソード中にメンタルヘルスケアの専門家を受診する。この段階で将来の双極性障害ないし精神病性障害進展リスクを評価できれば患者の予後を改善するために有用と思われる
・しかしながらうつ病有病率は高く、一方で大半のうつ病患者は双極性障害ないし精神病性障害には進展しない
・双極性障害ないし統合失調症については、その発症について一部は遺伝的要因の影響が考えられている
・これまでにうつ病、双極性障害、統合失調症の発症リスク遺伝子に重複があることが報告されている。しかしながら一部のリスク遺伝子は疾患特異的である。そこでうつ病患者において、遺伝子的に将来双極性障害ないし精神病性障害に進展するリスクの高い一群を同定可能な可能性がある
・一方で両親の罹患歴は遺伝子的な発症脆弱性のマーカーとして用いられてきた。
・しかしながら両親の病歴があると、より早期に受診したり、治療者により診断されやすかったりするなどの傾向があることが推測されるため、家族歴以外の遺伝的マーカーが必要である。
・そこでpolygenic risk scores(PRSs)に着目し、大うつ病患者がその後双極性障害ないし精神病性障害に進展するリスクを予測する遺伝子的マーカーとなりうるかどうかを後ろ向きに検討した
方法と対象
・iPSYCH Danish case-cohort study(iPSYCH2012)からデータを抽出
・1981年から2005年の間にデンマークで生まれ、2012年12月31日までに公費の精神科病院で気分障害、統合失調症、自閉症、ADHD、摂食障害の診断を受けたすべての症例と、1981年から2005年の間に生まれ、1歳の誕生日まで生存し、母親が明らかなデンマーク人から抽出された3万人の無作為サンプルが対照となった。
・症例はDanish Psychiatric Central Research Register: DPCRR)から同定された。このレジストリには、1969年から1994年までのデンマークの精神科病院の入院患者におけるすべての精神科的診断と、1995年以降の入院患者、外来患者、救急部における診断が含まれている。
・DPCRRの診断は、1969年から1993年まではICD-8、1994年以降はICD-10に基づく。iPSYCH2012に含まれた症例は、2012年までのDPCRRからエントリーされている。
・遺伝子型判定については、全症例に対して出生時に採取された血液サンプルにより行われた
結果
・N=16949 、患者の80%が25歳未満で大うつ病と診断。女性が69%。61%が外来患者。中等度うつ病エピソードが44%
・フォローアップ期間の中央値は7.3年(最大21.1年)
・双極性障害のPRSと統合失調症のPRSは中等度の有意な相関あり(r=0.40)、大うつ病と双極性障害のPRSについても弱い有意な相関あり(r=0.14)、大うつ病と統合失調症のPRSについても弱い有意な相関あり(r=0.13)
・調整後は双極性障害のPRSsはその後の双極性障害進展リスクと有意な関連を示した(PRS得点が1SD分増加すると調整後ハザード比で1.11 CI 1.03-1.21ほどリスクが増加)。一方で統合失調症のPRSsは調整後はその後の双極性障害進展リスクと有意な関連は示さなかった
・統合失調症のPRSsのみが、その後の精神病性障害への進展について有意な関連を示した( PRS得点が1SD分増加すると調整後ハザード比で1.10 CI 1.04-1.16ほどリスク増加)
・両親の双極性障害罹患歴がある場合、ない場合と比較して、双極性障害移行リスク(調整後ハザード比)は約5倍となった。
・両親に精神病障害の罹患歴がある場合、ない場合と比較して、精神病性障害移行リスクは1.63倍となった
・両親の罹患歴がある場合には、双極性障害移行群、精神病性障害移行群いずれもPRS得点が高かったが、PRS得点の違いを補正後も結果はほとんど影響を受けなかった
・全体として単極性うつ病から双極性障害への移行の絶対リスクは7.3%、精神病性障害の移行リスクは13.8%であった
・PRSの四分位数毎の双極性障害への移行の絶対リスクの増加は約0.5%。精神病性障害への移行の絶対リスクの増加は約1%
・双極性障害のPRSsの上位1%の双極性障害移行の絶対リスクは9.1%、下位1%の移行リスクは5.7%、統合失調症のPRSsの上位1%の双極性障害以降の絶対リスクは16.2%、下位1%の移行リスクは11.6%
・両親の双極性障害罹患歴があり、双極性障害のPRSsが上位1%の患者については、双極性障害移行の絶対リスクが40.8%、一方で両親の双極性障害罹患歴があり、双極性障害のPRSsが下位25%の患者については、双極性障害移行の絶対リスクは26.2%であった。両親の罹患歴がなく、双極性障害のPRSsが下位25%にある患者については双極性障害移行の絶対リスクは5.6% であった
・両親の精神病性障害罹患歴があり、統合失調症のPRSsが上位1%の患者については、精神病性障害移行の絶対リスクは25.9%であり、統合失調症のPRSsが下位25%の患者については、精神病性障害の移行リスクは19.1%。両親の精神病性障害罹患歴がなく、統合失調症のPRSsが下位25%にある患者は、精神病性障害移行リスクは11.6%
・単極性うつ病患者について、双極性障害および統合失調症のPolygenic riskはその後の双極性障害および精神病性障害への移行リスクと有意な相関を示した
遺伝的要因が部分的にその後の双極性障害ないし精神病への進展リスクに関連していることとなる
・PRSよりも両親の罹患歴の方が、特に双極性障害については、はるかに強力な予測因子となった。両親の罹患歴とPRSを組み合わせることで、さらに予測精度を向上させることができる可能性はある
・本研究は病院でのケアを受けた患者(全体の約25%)が対象であり、診療所やGPでケアされているうつ病患者は対象となっていない。そのため軽躁状態や軽度の精神病症状などは探知できていない可能性があり、PRSと進展リスクの関連を過小評価している可能性がある
・また両親の罹患歴による影響はPRSによる補正後もほとんど変化がないことから、両親の罹患歴による遺伝的ないし非遺伝的影響は、レアバリアント、コピー数多型、遺伝子間相互作用などの遺伝的要因や、親が罹患者であることによる早期受診、早期発見などの影響に起因するものであり、これらが将来の双極性障害発症や、精神病性障害発症リスクに大きく関与している可能性がある。
引用文献
1)Cathryn M. Lewis et al. Polygenic risk scores: from research tools to clinical instruments Lewis and Vassos Genome Medicine (2020) 12:44
2)AJP in Advance (doi: 10.1176/appi.ajp.2020.19111195)
3)Patterns and predictors of conversion to bipolar disorder in 91,587 individuals diagnosed with unipolar depression Acta Psychiatr Scand. 2018 May;137(5):422-432
4)Acta Psychiatr Scand . 2017 Apr;135(4):273-284