DUPに関する話題の補足
2020年07月11日
当ブログの4月5日付記事で物議をかもしそうなDUP(Duration of Untreated Psychosis)に関する論文を取り上げ、その記事内でDUPについては、DUPの期間を操作するような介入試験が倫理的問題により困難であることを述べましたが、その問題をクリアするために実施された歴史的に重要な論文について言及しておきます。
確かにDUPを介入試験で意図的に操作して遅延させることは倫理的にできないのですが、早めることは問題がなさそうです。2004年に公表された論文(Ingrid Melle et al. Arch Gen Psychiatry.2004;61:143-150)においては、地域毎に異なるキャンペーンを行い、精神病の早期発見と早期受診につなげるように精力的な活動を行った地域と、そうでない地域とにわけて、実験的にDUPを地域によって異なるような介入を行い、その予後を調べたTIPS試験として知られる試験が行われました。
この試験では、ノルウェーとデンマークの4つの圏域を対象とし、2圏域をED(Early Detection)エリア(37万人)に、2圏域をno-EDエリア(29万5千人)としました。年齢や性別の構成比率などがなるべく同じような地域を選んだとのことです。
EDエリアでは、専門家による低閾値EDチームが編成され、精神病についての症状と治療などの教育キャンペーンを新聞、ラジオ、映画館などの宣伝で展開されました。EDチームへの1本の電話(当事者や家族、友人などから)で介入ができるようにされ、EDチームは電話を受けた当事者を精神医療サービスに紹介しました
対象となったのは18-65歳までの統合失調症スペクトラム(統合失調症、統合失調感情障害、妄想性障害、短期精神病性障害、精神病症状を伴う気分障害)で、PANSS positiveの項目1,3,5,6ないしgeneralの項目9のいずれか1つ以上で4点以上。これまでにきちんとした治療を受けたことがないものとされました(きちんとした治療とはハロペリドール等価換算で3.5以上かつ12週以上ないし寛解までの治療)。
試験期間は4年間で、期間中874名の精神病症状を有する人がアセスメントチームに相談しました。
エントリー基準に合致したのは380名であり、EDエリアでは186名、no-EDエリアでは194名でした。
うち66%(249名)が入院となりました。380名中281名が調査に同意しました。
精神病発症は、PANSS positiveの項目1,3,5,6ないしgeneral の9が4点以上となった最初の週が起点とされました。治療開始は入院時点ないし抗精神病薬の開始時点とされました。
結果ですが、DUPはEDエリアで中央値5週、no-EDエリアで中央値16週と有意差を認め、確かに実験的にキャンペーンを行った地域ではDUPが有意に短い結果となり、研究の目的は達成されたといっていいでしょう。
またEDエリアの患者は治療開始時に有意に症状の程度が軽く、社会機能は高いものでした。
DUPの長短と治療反応性ですが、DUPが短いと3か月後のGAFが有意に良好でした。EDエリアからの患者はエントリー時点でのGAFスコアの差異を調整してもなお、3か月後に有意に臨床的に良好となりました。
さらに2年までの予後を追跡した別の報告(Arch Gen Psychiatry. 2008;65(6):634-640)によると、その後2年間で両群の受けた治療内容は有意な差はなく、2年後においてED群は、PANSS negative、認知機能尺度、うつ尺度において有意に良好な結果となりました。男性であること、介入後の入院期間が長いこと、介入前の社会機能低下があることなどが2年後の陰性症状の予後不良因子として抽出されました。
EDエリアからのエントリーであることは陰性症状が有意に軽いことと関連しており、早期介入の努力により精神病の2年予後、特に陰性症状に与える影響が改善されることが期待できるとの結果でした。
この研究は介入試験が困難な指標について、倫理的に問題があまりないような方法で変化を加えた点で意義のあるものです。
細かいことを言えば、キャンペーンに反応し、自ら相談するような一群がDUPを短縮させており、陰性症状が主体の、引きこもったようなもともと予後が悪い一群については、キャンペーンに反応しにくいと思われるため、キャンペーンへのレスポンスの良い一群においては早期介入の意義がありそうだという見方もできます。陰性症状が主体のケースについて、DUP短縮の効果がどうなるのかについては興味深いところで、そのような結果がもし報告されていれば教えていただきたいと思います