鉄は熱いうちに打てということなのか
2020年05月27日
今回の話題ですが、Lancet Psychiatryに”Multisystemic therapy versus management as usual in the treatment of adolescent antisocial behaviour (START): 5-year follow-up of a pragmatic, randomised, controlled, superiority trial”という論文がでていて(文献1)、著者をみたら、Fonagyとあり、あのFonagyの論文なら読まなきゃということで、少し調べて感じたことをまとめます。
専門医を目指す先生方はFonagyの名前は覚えておくべきです。FonagyはUniversity College Londonの教授で、メンタライゼーションの概念を愛着理論と統合し Mentalization-Based Treatmentを開発したイギリスの心理学者です。
専門医試験でもメンタライゼーションの言葉は第10回15番の問題に出現しています。今後精神科医であれば知っておくべき知識といえるでしょう。
メンタライゼーションに関する日本語の本では星和書店の”メンタライゼーションでガイドする外傷的育ちの克服”(崔 炯仁著)はわかりやすくお勧めです。
ただこの本だけではMBTのpracticalなところまでは記載がないので、実践的な内容を学ぶには別の本も必要でしょう。
論文の内容に戻ります。
この論文は、反社会的行為を犯してしまった11歳から17歳の素行症(DSM-IVまでの行為障害)の子がいる家庭に対して、Multisystemic Therapyを施行し、通常ケア群とその5年予後について比較したものです。
イギリスでは2014年に素行症患者は124万人と言われており、早期介入により素行症の症状を改善することにより1人の重症例当たり26万ポンドの経済的損失を防ぐことができると言われているそうです。
そのため長期的に有効な介入手法を開発することが重要と考えられています。
Multisystemic therapy(MST)はアメリカで開発され、反社会的行動を呈しており、将来犯罪者になるリスクを有する子供のいる家族のために開発された介入技法です。
この治療法のプログラムは集中的な介入であり、家族に焦点をあてており、その他、家庭や学校、地域など様々な場面での介入を含んでいます。
これまでの系統的レビュー(たとえば文献2)では、Multisystemic Therapyは、青年の反社会的行動、犯罪的行動を減少させ、個人と家族の問題を改善すると報告していますが、その元となった報告のほとんどが開発元のアメリカからの報告であり、海外での報告は結果は一定していません。
またすべての長期フォローアップについての報告もアメリカの症例であり、開発者らが報告したものであり、犯罪行為を除いた長期予後については報告されておらず、Multisystemic Therapyの長期予後はよくわかっていない現状です。
そこでFonagyらは、イギリスでMultisystemic Therapyの多施設介入試験(START試験)を実施しました。その18か月予後については既に文献3で報告されています。
START試験の結果の概略ですが、Multisystemic Therapyの無作為割付比較試験であり、11歳から17歳(平均13.8歳 SD 1.4歳:約80%が行為障害と診断。ADHD併存率は約30%)の反社会的行動を呈する若者684名がエントリー(エントリー基準は、過去半年以上にわたって基準を満たす対人暴力、攻撃性を認める、ないし暴力行為などで有罪とされた、ないし素行症と診断、ないし反社会的行動により放校処分となったのいずれかを満たすなどの子供)されました。
9つの施設で行われ、通常ケア群とMultisystemic Therapy群に無作為割付されました。介入期間は3-5か月で、介入後18か月間の経過が観察されたものです。
どんな介入がなされたかですが、MST群では、介入は各家庭の状況に応じて調整され、各家族は週に3回、3-5回治療者が面談を行い、24時間対応可能なサービスを提供されました。
随分手厚く手間もコストもかかるケアのようです。
家族への介入が中心であり、両親に子供の養育や問題行動に介入するスキルを教育したり、子供に家族の問題に取り組む技法を提供したりされました。
またすべての家族メンバーが責任ある行動をとれるように促すことも行われ、家族のスキルを向上させ、様々な社会資源やサービスを利用する手段が提供されました。
一方で通常ケア群では若者犯罪対策チームなどにより提供され、家族への介入や、問題解決技法や物質乱用に対する介入、犯罪被害者への気づきなどの介入などがなされました。
頻度などはMST群より低頻度に設定されたということです。それでもそれなりにきちんとした介入かと思います。
結果は、18か月後に脱落しなかった割合はMST群75%、通常ケア群68%でした。
主要評価項目である、なんらかの理由で自宅外で家族と離れて生活する若者の割合(大半が就学年齢であり、犯罪や家庭内不適応などの特別な事情がなければ家族と離れて生活することにならず、またMSTが家族機能を強化することに主眼をおいているため、家族と一緒に生活できなくなるということはMSTの目的とは外れたこととなるため。また自宅外での生活はコストがかかるため)は13%(MST群)対11%(通常ケア)で有意差なく、犯罪率については18か月後にMST群は20%。通常ケア群は16%でMST群の優位性は示せませんでした。
副次的評価項目である両親からみた子供の反社会的行動については、6か月時点ではmultisystemic therapy群で通常ケア群と比較して有意な改善を示し、子供の精神的健康、気分、家族機能についても有意に良好でした。
しかしこの優位性も18か月後にはみられなくなり、長期的なMSTの有効性については疑問が呈されていました。
今回はさらに期間を延長し、5年予後(5年後の犯罪率など)が追跡されたものとなります。
結果ですが、主要評価項目は60か月後の犯罪率であり、追跡できたのはMST群の311名、通常ケア群の300名(これは警察のデータベースで追跡)でした。
一方で質問紙での評価は48か月時点でMST群171名、通常ケア群154名で可能でした。
60か月時点で少なくとも1回の犯罪行為を行った割合はMST群で55%、通常ケア群で53%で有意差はありませんでした。
また本人および家族に質問紙で評価した家族機能、家族葛藤、反社会的問題などの各項目も有意差はありませんでした(唯一非行仲間スコア:peer delinquency scoreのみMST群が有意に良好)。
結論としてはMSTは短期的(介入終了直後)には家族機能などを良好にする効果があるかもしれないものの、介入期間終了後さらに長期的には、犯罪率の軽減などに寄与しうる効果はないかもしれないということになります(ただし通常ケアもそれなりにきちんとした介入のため、差がでなかった可能性もあります)。
イギリスの通常ケアの質が良くて差がでなかったのか、それとも平均14歳程度の素行症の子や家族に対してかなり力を入れた介入をしても通常ケア以上の効果はないということなのでしょうか。
もっと早期から介入することが重要なのかもしれません。
そのようなことを示唆する結果がありますので以下でみていきます。
また日本ではその役割は児相や児童養護施設、保護司などが担うことになるのでしょうが、実態や課題はどうなのでしょうか。
中学生程度の年齢の子の反社会的行動にいかに介入するか、難しい問題が垣間見えます(Fonagyらの報告では介入5年後の犯罪率が50%を超えている)。
一方で犯罪行為をしなかった群は、どのような要素で犯罪行為をしないことにつながったのかを調査対象としてみてもよい気がしました。
続いて、MSTの介入試験よりも小規模の介入試験となりますが、MSTの介入試験と同世代(10-17歳:平均15歳)の反社会的行動をとる子供たちを対象としたFunctional Family Therapy (FFT)のイギリスでの介入試験の結果(文献4)をみていきます。
家族内でのネガティブな関係性は子供の反社会的行動や非行の主要なリスク因子であることが知られています。
児童に対してはペアレント・トレーニングが有効であることが知られていますが5)、青年期に対してはその有効性が減弱することが知られています。
FFTはMSTと比較して、コストがかからず、より低頻度の介入でありながら、アメリカでの報告ではMSTと同等の効果があったと報告されている介入技法です。
FFTは11歳から18歳までの子供を持つ家族と子供を対象とする介入技法であり、子供の問題行動は家族間のネガティブな関係性に起因するとの仮説を前提に、扱いにくい子供をもつ家族に対して、家族のコミュニケーションを改善、支援したり、陰性感情や批判的態度を減少させることを目的とした介入技法となります。
家族療法的介入に加えて、家族や子供に対して対処スキルを向上させたりするための認知面、行動面の変化、社会学習理論に基づいた介入技法です。
3-5か月間かけて1時間のセッションが合計8-12回施行されます。FFTは初期の開発者らの報告では有効とされました。
しかしこれについてもアメリカ以外の国の追試では有効性は再現されず、疑問が呈されていました。
そこで、Humayunらは、イギリスにおいて111名の平均15歳の反社会的行動を呈する(攻撃的行動により起訴されたか、もしくは警察に保護され当局の介入がなされた)子供を対象に、FFT+通常ケア群と、通常ケア群とに無作為割付し、18か月後の予後を検討しました。
FFTの介入には5つの段階があります。
第一段階は、家族セッションに参加することに同意してもらうために、子供とその両親とつながるための積極的なアウトリーチを含むエンゲージメントです。
第二段階は、変化が可能であるという認識を高めるための動機付けになります。
第三段階はリスク因子と保護因子のアセスメントです。リフレーミングを含む一連の介入技法を通じて、家族内の意味を変えることが介入の焦点となります。
第四段階は行動変容であり、コミュニケーション訓練、問題解決のスキル、ペアレント・トレーニングなどが行われます。
第五段階は、特定の状況において学校などのコミュニティ機関と積極的に支援を求めるための訓練になります。
通常ケアはサポートとカウンセリングからなり、アンガー・マネジメントや性や薬物についての教育、被害者の気持ちについての教育などから構成され、家族への介入は行われません。
主要評価項目は自己記入式の過去1年間の行為と頻度からなる非行行為質問紙(SRD)でした。65名がFFT群、46名が通常ケア群に無作為割付されました。
その結果、介入開始6か月後、18か月後、いずれにおいても主要評価項目においてFFT群と通常ケア群とで有意差は認められませんでした。
両群ともにベースラインからは有意な改善を認めました。また犯罪行為により過去6か月間に公的な記録が残された子供の割合については、ベースラインのFFT群57%、通常ケア群50%と比較して、6か月時点でFFT群29%、通常ケア群17%、18か月時点でFFT群 20%、通常ケア群 17%と両群ともに経時的な減少がみられたものの、群間の有意差はみられず、FFTの通常ケアに対する優位性を確認することはできませんでした。
以上のように、MSTにしても、FFTにしても、平均14歳から15歳程度の若者の両親に介入を行っても、残念ながらおしなべると明らかな効果が認められませんでした。
中学生の年代の反社会的行動についての対処がいかに難しいかを表しているのかもしれません。
一方で、小学生くらいのもっと低い年代ならどうか、これについてはまだ希望の持てる報告があります。
ニュージーランド、オタゴ大学のDianne Leesらが報告した文献6は、3歳から7歳までの反社会的行動を呈した子供の両親を対象に、両親をサポートする介入(HPS)の有効性を通常プログラムと比較した無作為割付介入試験です。
ペアレント・トレーニングは問題行動のある子供の家族に対する介入技法として確立されたものですが、それでもなお1/3の家庭では、ペアレント・トレーニングを行っても子供の問題行動は解消しないとされています。
さらなるサポートが必要であると考えられ、Dianne Leesらは既存のIncredible Years Parent(IYP)プログラム(問題行動を有する子供の家族と対象に親子関係を強化し、適応的な行動を強化し、不適応行動を減弱させるプログラム)に加え、家庭訪問により両親へのコーチングを行うHPS(home parent support)プログラムを開発し、無作為割付試験を行い、HPSプログラムの有効性を検証しました。
HPSプログラムは、1回1時間、計10回の家庭訪問をベースにしたプログラムであり、家庭内の問題点を抽出し、両親の子供に対する期待やコミュニケーション、感情調節、セルフケア、かかわり方などについて支援を行うものです。
試験は3-7歳の問題行動を有する子供(Eyberg Child Behavior InventoryTotal Problem Scale:ECBI-Pが12点以上など、もしくは公的機関の介入や放校などの問題が生じた子供)126名とその家族が対象となり、HPSプログラム+IYPプログラム群とIYPプログラム群単独とに無作為割付され、6か月時点での予後が比較されました。
主要評価項目はECBI-P得点であり、結果は、6か月時点においてHPS+IYP群はIYP単独群と比較してECBI-P得点で3.6点有意に(効果量cohen d=0.63)良好であったとのものでした。
70%以上のセッションへの参加率についても、HPS+IYP群は82.5%、IYP群は65.1%と有意にHPS+IYP群が良好な結果となりました。
18か月予後などの長期予後も気になるところですが、短期的には家庭訪問プログラムの有効性を示唆する結果となりました。
Dianne Leesらの結果についても再現性の確認を要しますが、早期介入で効果がみられたことはまだ子供が小さいうちにきちんと介入すれば、それなりに成果が得られる可能性があるという点で希望のもてる結果と言えます。早期介入の重要性を示唆する結果は文献7などにおいても示されています。
また、Oregon Research InstituteのEdward G. Feilらは、対応困難な行動を呈する就学前の園児に対して、Preschool First Step to Success(PFS)と呼ばれる多面的な介入技法を適用し、通常ケアとの無作為割付比較試験において、社会的スキルの向上や問題行動の軽減効果がPFS群において約4か月後に有意にみられることを示しました(文献8)。
PFSは教師に対するコーチングと保護者に対するコーチングの2つの要素からなります。
教師はまずワークショップに参加し、教室運営の普遍的な原則を学びます。
これらは行動分析学に基づく行動療法的な技法を用いるものであり、ルールの策定やフィードバックなどを通じて、期待される行動を園児に教えるための戦略の作成、動機付けシステム(報酬)を用いて、期待される行動を積極的に強化するための計画の作成などを習得し、その後実際に教室において、トークンなどを用いて学校での成功を促進する適応的な行動パターンと、仲間との関係を改善するための友情形成のスキルを園児に教える段階にうつります。
たとえば教室での適切な行動(教室のルールを守る、協力的である、共有する、静かに座って注意を払うなど)が成功した場合に、ポイントを獲得し、報酬を得るなどの正の強化による学習などを実践します。
また保護者に対しては個別に6-8週間の期間で週に1回、コーチが家庭訪問を行い、コミュニケーションと共有、限界設定、問題解決技法、自尊心を高める方法、友情を深める方法などについてコーチングを受けます。
コーチは保護者をサポートし、問題が生じた際には共に解決を図ります。
以上がPFSの概略ですが、このような教師および保護者への介入により園児の問題行動は短期的(約4か月)には有意に改善がみられたということですので、これもまた年単位の長期的な予後や再現性は気になるところですが、まだ幼い時期においては、このような保護者への介入や教師による介入が問題行動に対して有効である可能性があるということは注目すべきことかと思われます。
これらの介入試験の結果から得られる知見としては、反社会的な行動がみられる子供については、その予後を改善するためには、できるだけ早期に、できれば就学前から小学校低学年のうちから、家族も含めた積極的なサポート的介入を行うことが望ましいということかもしれません。
中学生になってからでは時既に遅しという可能性があるということです。
小学校の先生方のご負担をこれ以上増やさないためにも、反社会的行動を示す児童については、早期に家族も含めて、学校外部の機関も協力して介入できるような包括的な介入を行うことができるシステム作りが必要なのかもしれません。
1)Peter Fonagy et al.Lancet Psychiatry 2020; 7: 420–30
2)London Journal of Primary Care, 2017 VOL. 9, NO . 6, 95–103
3)Fonagy P, et al. Lancet Psychiatry 2018; 5: 119–33.
4)Humayun S. et al. J Child Psychol Psychiatry. 2017 Sep;58(9):1023-1032.
5)Humayun S. Violence and mental health: Its manifold faces (pp.391-420)
6)Dianne Lees et al, JAMA Psychiatry March 2019 Volume 76, Number 3 241-248
7)Estrella Romero et al. Adicciones . 2017 Jun 28;29(3):150-162.
8)Edward G Feil et al. J Early Interv. 2014 September ; 36(3): 151–170.