抗うつ薬の催奇形性について
2020年05月22日
第8回の精神科専門医試験では催奇形性について最も注意すべき抗うつ薬としてパロキセチンを選ばせる問題がでました。
4年前ですので、それはそれでいいのかもしれません。
しかしその前後の報告で、なんとも言えない報告が出てきていて、抗うつ薬の催奇形性をめぐる問題は混沌としてきていますので、その辺りの状況をざっとみてみたいと思います。
まさにcontroversialという現状がわかっていただけるかと思います。
このような現状を踏まえると、今後しばらくは専門医試験にSSRIの催奇形性について問う問題は出題されないのではとも思われてしまいますが(出題されたらすみません。その場合の回答は慣例に従ってください)、確証はないです。
そもそもなぜcontroversialとなっているのか、それは観察研究に頼らざるを得ず、完全に交絡因子を調整することが困難であることのみならず、そもそも抗うつ薬によって例えば心血管奇形が生じるとしても、それが有意であると報告されたものにおいても、絶対的リスクの増加率自体が0.5%とか(通常妊娠であっても1万人あたり100人程度の危険率があるところが、パロキセチン曝露により150人くらいになるかどうか)という比較的小さい値になっているため、その差を統計的に有意な差として検出することが困難であるということもあります。
今後さらにうつ病の重症度評価も含めた抗うつ薬への曝露、非曝露症例の蓄積が必要ということかと思います(ここ最近の議論が混沌としてきている原因となっているうつ病罹患妊婦の中で投与、非投与でのリスクの比較をより大規模で行うためにも)
これまでに、純粋に抗うつ薬による催奇形性のリスクのみを抽出しようとして、様々な工夫がなされてきました。
各種交絡因子を事前に検討し、前向きコホート研究を行うのみならず、妊婦をうつ病であって抗うつ薬を投与された群に対して、うつ病でも抗うつ薬を投与されなかった群を対照群として比較して、疾患そのものによる奇形リスク因子を除去して検討すること(文献4、文献5、文献6)や(それでもやはり重症度で調整しない限り、抗うつ薬を投与継続された群のうつ症状がより重篤ではなかったかという問題は残ります)、さらには同胞で母親が抗うつ薬を投与され出生した子と、投与されずに出生した子とで、催奇形性リスクを比較し、家庭環境などもなるべく揃えて比較しようとする報告7)などがなされています。
同胞比較は興味深いところではありますが、いかんせん大規模コホートにおいても症例数が少なく(現在までのところ多くても数千まで)、0.5%程度の絶対リスクの差異を検出するにはなお統計的検出力が低いのではないかという問題点もあるでしょう。その点今後のより大規模な報告が期待されます。
ここからは、抗うつ薬と催奇形性について、2018年の比較的新しいメタ解析の報告2)に至るまで、これまでの経緯を振り返ってみます。
初期のパロキセチンと奇形リスクの報告に関しては、2005年にGSKが後ろ向き観察研究により、第1三半期に抗うつ薬を投与された妊婦(3581名)から出生した児において、パロキセチン投与は、他の抗うつ薬と比較して、心血管奇形の調整後オッズ比が2.08(CI 1.03-4.23)と有意に高いと報告したことや、Alwanらが2005年にNataional Birth Defects Prevention Studyのデータベースを後方視的に解析し、SSRIを服用した妊婦は服用しなかった妊婦と比較して,児の臍帯ヘルニアのリスクが有意に高く(OR 3.0:CI 1.4-6.1)、最も影響が強いのはパロキセチンであったと報告1)したものなどとなります。
この結果を受けて、FDAはパロキセチンをカテゴリーDに分類し、警告文書を掲載しました。ただしカテゴリーDですので、既に投与中の場合で、投与することの利益が有害性を上回ると判断された場合には投与継続は禁忌とはされていません。日本でも添付文書上は注意として掲載されており、妊娠中の投与については利益が有害性を上回るかどうか慎重に判断することとなっています。
さらにその後Alwanらは、2007年にNew England Journal of Medicine誌に”Use of selective serotonin-reuptake inhibitors in pregnancy and the risk of birth defects”として、National Birth Defects Prevention Studyのデータベースに1997年から2002年までに登録された先天異常群9622名、健常対照群4092名による症例対照研究の結果を報告しました3)。
先天異常群中第1三半期におけるSSRI投与は408名であり、調整後オッズ比でSSRI使用により対照群と有意差の出た奇形は、無脳症:オッズ比 2.4、頭蓋骨癒合症:オッズ比 2.5、臍帯ヘルニア:オッズ比2.8などとなりました。
さらに同じ時期にアメリカの5つの施設で行われたBirth Defect Study(1993年から2004年まで)のデータベースを使用して、先天異常群9849名、健常対照群5860名と、Alwanらの報告とほぼ同じ規模の症例対照研究がNew England Journal of Medicine誌に”First-trimester use of selective serotonin-reuptake inhibitors and the risk of birth defects.”として報告されました8)
両者の違いは、共変量として、Alwanらは人種、肥満、喫煙、収入、年齢、教育、アルコール、高血圧、葉酸の使用などを抽出し、一方でLouikらは、年齢、人種、教育、喫煙、アルコール、奇形の遺伝負因、BMI、DM、高血圧、不妊治療、葉酸使用などを抽出しており、Louikらは奇形の遺伝負因なども抽出しているところでしょうか。
結果はalwanらが報告した頭蓋骨癒合症(オッズ比0.8:CI 0.2-3.5 )、臍帯ヘルニア(オッズ比 1.4:CI 0.4-4.5)についてはSSRI曝露によるリスクの上昇は有意ではありませんでした。
ただし個別の薬剤でみた場合、セルトラリンと中隔欠損のリスクの調整後オッズ比が2.0(CI 1.2-4.0)、パロキセチンと右室流出路狭窄(肺動脈弁狭窄症など)のリスクの調整後オッズ比が3.3(CI 1.3-8.8)と有意差がみられました。
そのほか有意差がみられた先天異常は、セルトラリンと肛門閉鎖症(調整後オッズ比 4.4:CI 1.2-16.4)、セルトラリンと肢欠損(調整後オッズ比3.9:CI 1.1-13.5)、パロキセチンと神経管欠損(調整後オッズ比 3.3:CI 1.1-10.4)、内反尖足(調整後オッズ比5.8:CI 2.6-12.8)などとなりました。
同時期の同規模の2つの症例対照研究で異なる結果が出たことからも、比較的まれなイベントを観察研究で統計的に抽出することがいかに困難かがわかります。
少し時期がとんで、2014年に抗うつ薬の先天性心疾患のリスクについてのコホート研究がHuybrechtsらによりNew England Journal of Medicine誌に掲載されました4)。
この報告の新しい点は、対照群を抗うつ薬を投与されていないうつ病患者としたことと、うつ病の重症度などもpropensity scoreというものを用いて調整したことです。ただしうつ病の重症度の評価を、外来ないし入院中にうつ病と診断された回数の多さで代用しており、ここはその後の批判の対象となっているところです。きちんと評価された重症度ではないというところです。
アメリカの46州のMedicaidデータベースを用いて2000年から2007年までの妊娠第1三半期に抗うつ薬が投与された妊娠を抽出したものです。
Medicaidは低所得者や妊婦などを対象とした公的医療給付制度で、データベースには年齢、性別、人種、診断名、処方薬、処方量、転帰などが登録されています。
このデータベースから期間内に約95万妊娠が抽出され、うち妊娠第1三半期における抗うつ薬処方は6.8%、うちSSRIが4.9%となりました。
結果ですが、うつ病を有する女性で投薬群、非投薬群で比較するとSSRIのpropensity scoreでの調整後相対リスクは 1.06(CI 0.93-1.22)、TCAで0.77(CI 0.52-1.14)、SNRIで1.20(CI 0.91-1.57)などであり、抗うつ薬を投与された群と非投与群とで有意差はありませんでした。
パロキセチンの右室流出路閉塞の相対リスクも1.07.セルトラリンの心室中隔欠損の相対リスクも1.04で有意差はありませんでした。
うつ病の重症度(厳密な方法で求めた重症度ではなく、批判もありさらに検証を要する部分ですが)も含めて交絡因子を調整すると有意差がなくなったというのはこの報告のポイントになりうるかと思います。
ただし飲酒や喫煙などのリスク因子が共変量として抽出されていないのは気になるところです。
Berardらの2016年のBMJ Open誌での報告5)では、Huybrechtsらの報告と同じく、精神疾患(うつ病ないし不安障害)罹患者において、投薬群と非投薬群とで大奇形リスクを比較していますが、Huybrechtsらの報告と異なり、疾患の重症度による調整は行っていませんでした。
Berardらの前向きコホート研究では、ケベック州の妊娠データベースが使用され、1998年から2009年までの単胎妊娠約290万症例が抽出されました。
この報告でも飲酒や喫煙などのリスク因子は交絡因子として抽出されていません(年齢、婚姻状態、福祉受給状態、教育レベル、住所、合併症(高血圧、糖尿病、喘息)などが抽出)。
うつ病ないし不安障害の既往があるのは全妊娠中18487名であり、うち妊娠第1三半期に抗うつ薬投与されたのは3640名でした。
非投与の対照群と比較した結果、あらゆる大奇形リスクについては、SSRI(調整後OR1.07)、SNRI(調整後OR 1.10)、TCA(調整後OR1.16)いずれも非曝露群と比較して有意なリスク上昇は認めませんでした。
一方で、薬剤毎に見た場合、あらゆる大奇形リスクについてはシタロプラムが有意にリスク増加と関連(調整後OR 1.36:CI 1.08-1.73)、パロキセチンは心血管奇形(調整後OR 1.45:CI 1.12-1.88)、心房ないし心室中隔欠損(調整後OR 1.39:CI 1.00-1.93)。シタロプラムは筋骨格系異常と有意に関連(調整後OR 1.92:CI 1.40-2.62)、狭頭症(調整後OR 3.95:CI 2.08-7.52)とも有意に関連、TCAは目、耳、顔面、頸部の奇形と有意に関連(調整後OR 2.45:CI 1.05-5.72)、消化管奇形(調整後OR 2.55:CI 1.40-4.66)とも有意に関連との結果となりました。
Huybrechtsらのように重症度も関連する指標も含めて調整することができていたら結果がどうなっていたのか、興味があるところではあります。
続いて、これまでの報告でみられたような、比較対象を健常妊娠や、非投薬のうつ病妊娠群とするのではなく、同胞で非投薬群とする手法による解析結果7)です。
この手法を用いると、養育環境はおそらくだいたい揃えることができるだろう(第1子か第2子かで調整は必要ですが)という利点があります。
Furuらの報告では、デンマーク、フィンランド、ノルウェーなど各国の国民健康台帳が使用され、1996年から2010年までの単胎出生したケースが抽出されました。
2303647名の出産があり、36772名の児が妊娠第1三半期にSSRIないしベンラファキシンに曝露しました。
同胞の出生数は2288名でした。
同胞ではなく、非投薬健常妊娠群を対照とした場合には、投薬群のあらゆる奇形リスクの調整後オッズ比はフルオキセチン、シタロプラムなどの抗うつ薬で有意に大きい結果となりましたが、非投薬の同胞を対照とした場合、あらゆる奇形リスク、心奇形リスク、右室流出路閉鎖リスク、いずれも抗うつ薬曝露同胞と非曝露同胞とで有意差は認められませんでした。
同胞の症例数が少ないため、薬剤毎の比較はできていません。
最後にSSRIの催奇形リスクについて、2018年に報告されたメタ解析結果をみてみます2)。
この報告は、症例対照研究ではなく、コホート研究のみを解析対象としており、さらに、精神疾患罹患妊婦について抗うつ薬投薬群と非投薬群とで奇形リスクを比較したコホート研究のみを集めたメタ解析を行っている点で新しい報告となります。
このメタ解析は比較対象が健常妊婦ではないため(健常妊婦対照の解析結果も掲載されていますが)、より抗うつ薬の催奇形性リスクについて疾病要因の影響を軽減した解析である点で意義のあるものと思われます。
その結果は、あらゆる大奇形リスクについては、非投薬精神疾患群を対照とした場合、相対リスク1.04(CI:0.95-1.13)で有意差なし。心血管奇形リスクについても、相対リスク 1.06(CI:0.90-1.26)で有意差なしというものでした。
また薬剤毎にみた場合でも、パロキセチンと心血管系奇形との関連については、対照を健常妊婦とすると有意差がでます(RR 1.35:CI 1.19-1.53)が、精神疾患罹患妊婦を対照とすると有意差がなくなり(RR 1.27:CI 0.89-1.80)、セルトラリンと心血管系奇形との関連についても対照を健常妊婦とすると有意差がでます(RR 1.42:CI 1.12-1.80)が、精神疾患罹患妊婦を対照とすると有意差がなくなる(RR 1.12:CI 0.92-1.35)というものでした。
健常妊婦を対照とした報告については、潜在的な交絡因子の混入リスク(疾病そのものの要因)もあり、純粋にSSRIの催奇形性であると結論付けることはできないのかもしれません。
ただしこのメタ解析も、文献4の批判のある方法で重症度についての評価を行ったHuybrechtsらの報告が解析対象として含まれており、この結果の影響が大きいため、残念ながら結果の信頼性に疑問符がついてしまうところでもあります。
というわけで、いろいろとみてきましたが、結論はcontroversialということで、よくわかりません。controversialという言葉が使いたかっただけなのかもしれません。
これからどうすべきかですが、文献4のように批判のある方法ではなく、妊婦のうつ病の重症度をきちんと評価したコホート研究により、文献4の結果の再現性があるかどうかを確認すべきだと思います。
精神疾患罹患群の投薬群、非投薬群での比較は現在のところコホート研究のみのメタ解析では有意差はみられてませんが、精神疾患罹患群の症例数が少ないだけで、真の結論は催奇形性のリスクが1%未満で存在する、ということかもしれません。
実際の現場では我々臨床医はリスクを考慮し、添付文書に従って、慎重に適応を考慮するということになります。
添付文書通りに、このようなリスクについての報告もあり、1%未満程度かと思われますが、心血管系奇形などの奇形リスクが増える可能性があります、という説明を行い、うつ病の治療を行わないことのリスクも考慮し、SDMを行うことになるでしょう(ここでは触れませんでしたが、妊娠後期のSSRI曝露によるPPHNリスクなどはまた別に考慮する必要があります)。
1)Alwan S, Reefhuis J, Rasmussen S, et al.Clinical and Molecular Teratology 2005;73:291.
2)Gao SY et al. BMC Med. 2018 Nov 12;16(1):205. doi: 10.1186/s12916-018-1193-5.
3)Alwan S et al. N Engl J Med. 2007 Jun 28;356(26):2684-92. doi: 10.1056/NEJMoa066584.
4)Huybrechts KF, et al. N Engl J Med. 2014 Jun 19;370(25):2397-407. doi: 10.1056/NEJMoa1312828.
5)Berard A. et al. BMJ Open 2017 Jan 12;7(1):e013372. doi: 10.1136/bmjopen-2016-013372.
6)L Ban et al. BJOG . 2014 Nov;121(12):1471-81. doi: 10.1111/1471-0528.12682. Epub 2014 Mar 11.
7)Furu K, et al. BMJ. 2015 Apr 17;350:h1798. doi: 10.1136/bmj.h1798.
8)Louik C, et al. N Engl J Med. 2007 Jun 28;356(26):2675-83. doi: 10.1056/NEJMoa067407