レジリエンスというと、聞きなれない言葉かもしれません。大まかにいえば、逆境に対する抵抗力+回復力という複合的な概念のようです1)

アメリカ心理学会の定義ではレジリエンスを「逆境やトラウマなどに直面しても、うまく適応していく過程」としています。

いかに病気になりにくく、なっても回復しやすくなるか、これは健康な生活を送る上で重要な要素といえます。


うつ病に関しても、いかにうつ病になりにくく(一次予防)、さらになっても回復しやすくするか、これは重要な研究対象となります。

一次予防についてはまた別の場で触れる機会があればと思いますが、うつ病に対するレジリエンスを高める介入についての報告が出ましたのでみていきたいと思います2)

ただしオープン試験であり、対照試験でもないため、エビデンスの質は低いものとなります。

Mayoクリニックで行われている、いかにレジリエンスを高めるかという手法の一例として、このような取り組みがあるんだな、くらいに理解いただければと思います。


レジリエンスに影響を与えうる心理社会的要因としては、ストレス状況下においても認知面で柔軟性が保持されていること(心理的な視野狭窄に陥らないこと)、さらにストレス状況下においても感情調節能力が保持されていること、ストレスに対処した過去の成功体験、社会的支援(家族や友人など)や仲間などのロールモデルの存在、生きることの意味を持つこと、生きがいをもつことなどが挙げられています2)


これまでにレジリエンスを高めるためのプログラム(問題解決技法や注意トレーニング、リラクゼーション、ストレス接種など)の有効性についてのメタ解析3)が報告されており、効果量0.37とmildな効果があったことが報告されています。

しかしこれらの報告は一体どんな方法で個々人のレジリエンスを測定したかという問題点もあります(解析対象となった13の介入試験では、アウトカムはうつ尺度やQOL、レジリエンス質問紙によるものなどとなっています)。

レジリエンスを測定するための質問紙はいろいろと考案されていますが、たとえば「あなたはひどいストレスで落ち込んでもすぐに回復できますか?」という質問に対して「そうです」と答えた人が客観的にもレジリエンスが高いということはできません。

あるいは、なんらかの介入(トレーニングなど)により介入群が有意にストレス尺度やうつ尺度などが改善したからといって、本当にその人のレジリエンスが良くなったといえるでしょうか?

その人自身の持つ回復力が向上したというよりも、単に介入手法そのものが回復効果を有しており、その効果によりこれら尺度が良くなったとはいえないかということに注意が必要です。

それでも学習効果があれば、その介入手法にレジリエンス改善効果があるのかもしれませんが、この問いに答えを出すには、介入後1年後や2年後などの長期経過後の予後が一つの指標になるのかもしれません。


では、どうやったらレジリエンスを測定できるのか、実際にストレスを与えてみるのか、例えば大昔の心理実験で行われたような、飢餓状態に人間を置くとか、そういう倫理的に問題がある心理実験を行い、評価尺度を用いて、確かにその評価尺度でレジリエンスが高いとみなされた人が、実際に与えられたストレス状況をうまく切り抜けていれば、その評価尺度は妥当だということになります。

しかしそれは倫理的に難しいことになります。環境的要因、ストレスに対する保護因子(家族や周囲のサポートなど)はおそらく測定可能ですが、真のレジリエンスをどうすれば測定できるのかについては、妥当と思われる評価項目(例えば性格傾向や考え方、コーピングパターンなどがそれにあたるでしょうか)を用いて、前向き観察研究を行うなどして、ライフイベント発生時のストレス反応や回復状況などを測定し、実際のその評価項目の妥当性を評価するしかないかと思われます。

例えば、今回のテーマのうつ病では、病前性格や病前の社会的機能、認知機能、環境要因などがそれにあたるかもしれません。

実は、評価尺度の妥当性(つまりその評価尺度を考案するに至った病態仮説の妥当性)を評価するための前向き観察研究はあまり多くないのが現状です(たとえば最近では自殺の対人関係論5)など有名な仮説がありますが、このモデルが本当に妥当なのかについて検証した前向き研究はまだありません)。


またレジリエンスが高いことが、個々人の幸せと結びつくか、についてはまた別の問題となります。レジリエンスの高い人が、激しい受験戦争を勝ち抜いて、一流企業に就職し、レジリエンスが高いゆえに残業に追われる毎日を耐え抜き、家庭も顧みるゆとりもない生活を送ることが果たして幸せかどうか、ということになります。


今回の報告では、大うつ病患者を対象に、Mayoクリニックで行われている、ストレスマネジメントとレジリエンシー訓練(SMART)の効果が報告されました。
この訓練の元になったのは、”The Mayo Clinic Guide to Stress-Free Living”という冊子になります4)


kindleでも販売していますので、興味のある方は手に入れてみてください。


Stress-Free Livingという言葉がなんとも魅力的でしたので、この本の概略を以下にまとめます。

 

SMARTプログラムについて

 

注意トレーニング

 

SMARTプログラムの全ての構成要素の基本としてまずは注意トレーニングが行われます。


なぜ注意トレーニングを行うべきかの根拠としては、心には2つの状態(デフォルトモードと集中モード)があり、心がさまよっているデフォルトモードと、集中して気を取られずに存在している集中モードがあるとし、デフォルトモードで過ごす時間が長すぎるとストレスを感じやすくなるため、注意トレーニングが必要であるというものです。


一般的に、注意が外界に向けられているとき、より自然に集中モードになりやすく、注意が内向きになるとデフォルトモードに陥りやすくなると記載されています。


ただしデフォルトモードそのものの存在を害とするわけではなく、デフォルトモードにおいて心がさまよいう能力を持つことは、想像力や創造性に寄与し、記憶を統合し、感情を調整することに寄与しうるとされています。

デフォルトモードの存在は、心の広がりに寄与しうる一方で、これが過剰になると、目的志向性の活動が妨害され、過去の悲しみや後悔、罪悪感、将来の不安などについての反復的な思考に陥りやすくなるため、デフォルトモードで過ごす時間を減らし、彷徨う心の思考の質を向上させることが重要であると説かれています。


まずは注意トレーニングにおいて、心を集中モードに切り替え、注意を外界に向けるトレーニングを行うことにより、デフォルトモードで過ごす時間を減らすことが最初のステップとなります。


注意トレーニングの最初のステップとして、自身の心の中にある純粋な子供の心に働きかけることが求められます。


子供の心は日常の中に遊び心と楽しみに満ちており、ありふれた日常の中に喜びを見出すものであり、自身の子供の心を動かすことが最初のステップとなります。


そのために二種類の注意を日常生活においてトレーニングすることとなります。

1つ目はjoyful attention(喜びの注意)、2つ目はkind attention(親切な注意)となります。

 

joyful attention


jouful attentionの一例としてヒナギクの花の写真が提示され、その特徴を細かく観察することの意義が示されます。花びらの形状の違いや雌しべの色合いなど、物事を詳細に見分けることにより普段は気が付かないようなことを見出すことの楽しさ、日常の中に新規性を見出すことの重要性が説かれています。

注意を向け、想像力を活用することにより喜びが生成しうる例が示されます。

このことは対人関係においても適応しうることであり、習慣化した関係性の中においても新規性を見出す4つのヒントが記載されています。


受け入れること(受け入れることが他者を変化させるための第1歩となる)、有限性の自覚(この瞬間は繰り返されず貴重なものである)、不和と対立をさけるための柔軟性、他者の精神状態を好転させるための4つのA(他者への注意、感謝、称賛、愛情)を与えることなどが、身近な対人関係において喜びの注意を向けるトレーニングとなります。

 

kind attention


続いてkind attention(親切な注意)のトレーニングについてです。

人は第3者についての第1印象を0.1秒程度で感じると言われています。

その印象には様々な感情が含まれており、時に恐れや嫌悪感となります。

ただしそのような感情は独断的であり、様々なチャンスを失うことにつながっているかもしれません。

第3者と出会ったときに、その相手がデフォルトモードの思考に陥っており、それ故にネガティブな感情に陥っている可能性も低くはなく、そのような可能性が50%以上はある可能性があります。

他者に対するkind attentinoとは、誰もが心の中で葛藤を抱えているのだという慈しみの心、ネガティブな判断を遅延させるための受容の心、他者を愛する人のことを想像し、自分もその中にいることを快適な範囲で思い描く愛情の心、他者が自身に対して引き起こした不都合な状況を許容する許しの心、の4つの心を第3者に対して抱くようにトレーニングすることとなります。

このような心をトレーニングすることのメリットは、他者を祝福することが自分自身を祝福することにつながること、他者に対するネガティブな感情が増幅して自分自身を襲うことを避けることができること、他者に対するポジティブな判断は自身の気分を高揚させることにつながりうること、kind attentionを持とうとすること自体が、注意トレーニングとなり集中モードとなることの助けとなりうること、kind attentionを持とうとすることが、断定的な判断を下すことを遅延させることができうること、などとなります。


以上が心を集中モードとすることの基盤となります。

続いて注意することにより入ってくる情報について、以下のような構成要素により心の動きを制御し解釈を洗練させるようなトレーニングが行われます。

 

解釈を洗練させるためのトレーニング


構成要素としては

1.Gratitude
少なくとも5名の人に対する感謝を思い浮かべる。不愉快な感情に押し流されそうになった場合でも、そのことを感謝に置き換えるトレーニングをする(例えば「なんて忙しい日なんだ」と思っても、「仕事をすることで多くの人の手助けができることに感謝しよう」など)。感謝することで欲望から解放されることにもつながりうる。また利己的な満足に固執せず、寛大さを身に着けることにもつながる。苦痛からの回復を早めることにもつながるかもしれない

2.Compassion
誰もが大なり小なり苦しみを抱えて生きていることに思いをはせ、思いやりの気持ちを持つこと。思いやりの気持ちがあれば、時に不満を表現する人がいても、その表現自体が助けを求めるサインでありうることを想起させる助けになる。解釈の幅を広げ、物事が快適な方向に変化するための行動を起こすきっかけになりうる。思いやりは自分自身がどのように苦境を打開してきたかを思い起こさせるヒントにもなりうる。思いやりの気持ちは怒りを消去しうる感情になり、ストレスを減弱させる可能性がある。


3.Acceptance
自分を含めてすべての人が欠点のある人間であることを受容すること。不完全であることをありのままに受け入れ無理に変えようとしないこと。そのようにありのままを受け入れることから、改善しようとする動きが生じうる。また物事を客観的にありのままに捉えることの助けとなりうる。そのことによりこれから向かおうとする方向性に対してどのような障壁が存在しているかを把握する手がかりとなりうる。


4.Higher Meaning
自身が存在する意義について、個人的経験の中での意義を見出すのではなく、広い解釈を行う。例えば自身が存在する意義を、世界のほんの一部を少しでも良くし、次の世代が地球上での生活に価値を見いだせるように、できうる限りの痕跡を残すことであると位置付けることとするなど。またこの世界での生活は学びの場であり、失敗から学びを得るための場であると解釈することなど。このような解釈を行うことにより現在生きていることの意義をより有意義に感じることにつながりうる。


5.Forgiveness
許容する心は物事を善悪などの二分法的な考え方で捉えるのではなく、ありのままで受け入れることにより、良い方向へ変化をもたらすことにつながる。gratitude、compassion、acceptance、higher meaningのすべての基盤にもなりうる考え方で自分自身がより高い理想の下で生活することを目指すことを意味する。同時に許容するこことは精神的エネルギーの消耗を抑える効果も有する。精神的疲弊を避けることにつながりうる。


6.Celebration,Reflection and Prayer
瞑想や横隔膜呼吸法などのトレーニング

 

SMARTプログラムの概略は以上となります。


これらのプロセスを例えば月曜日にはGratitude、火曜日にはCompassionなど曜日ごとに1つの要素を行うことが推奨されています。


SMARTプログラムは肯定的受容のプロセスと言えるのかもしれません。

認知行動療法との違いは否定的な自動思考などを同定したりしないことになります。

日本の内観療法の考え方も取り入れられているのは興味深いところです。内観療法はレジリエンスを高める治療法ともいえるのでしょうか。

マインドフルネスなどの考え方も取り入れられた包括的なプログラムといえそうです。


SMARTプログラムを個人で行うのではなく、グループなど、セラピストと共に行い、セラピストから適宜トレーニング過程に対して肯定的評価が与えられることにより、さらに自己効力感が高まる効果もありそうです。

 

最後のこのストレスフリープログラムが大うつ病患者に対して適応された小規模オープン試験の結果が報告2)されていましたのでみてみます。

 

大うつ病に対するSMARTプログラムの予備的試験

 

対象と方法


18歳から80歳までの大うつ病患者でHAM-D17 で8-24点までないしPHQ-9で6-19点ないしQIDSで6-20点の非重症例


双極性障害や物質乱用などの合併症を有する者は除外


対象者に対しては3-8名からなる集団で、1名の治療者によりSMARTプログラムが毎週1回月曜日の午後に1回あたり75分から90分のセッションで施行された。

セッションは合計8回施行


主要評価項目はConnor-Davidson Resilience Scale(CD-RISC)で、副次的評価項目はPerceived Stress Scale(PSS:20点以上で高ストレス)、HAM-D17 、PHQ-9、GAD-7


参加者は23名

 

結果


完遂者は17名で年齢が若いことが脱落者との比較で有意差がみられた尺度であった


CD-RISCはベースラインの平均53.9点から8週後の時点で平均61.1点と有意に改善


PSSについてもベースラインの平均23.5点から8週後の19.4点まで有意に改善


HAM-D17についてはベースラインの平均14.3点から8週後の9.1点まで有意に改善


17名中11名が寛解(HAM-Dで7点以下)


17名中10名がその後の長期follow up(平均5.5か月)が可能でPHQ-9で5点以下の寛解を維持できていたのは10名中6名であった。

 

コメント


オープン試験なのでなんともいえないところですが、うつ病の長期経過で回復後に閾値下の症状なく健康な状態で状態で過ごすことができた患者の割合が1年間で57%であったとの報告(文献6)がありますので、SMARTプログラムでの寛解維持率(平均5.5か月で6割)というのが、本当にレジリエンスを高めることができたのかどうかについては疑問です。
またCD-RISCも質問紙による主観的評価ですので、本当に客観的なレジリエンスを評価できているのか、疑問に感じるところではあります。
ただしSMARTプログラムの概念は日常診療の中の一工夫として取り入れることができるかと思います。


引用文献
1)田 亮介ら.精神経誌(2008)110巻9号 757-763
2)Ashol Seshadri et al. Prim Care Companion CNS Disord 2020;22(3):19m02556
3) Leppin AL, Bora PR, Tilburt JC, et al. PLoS One. 2014;9(10):e111420.
4)Sood A. The Mayo Clinic Guide to Stress-Free Living, Boston, MA:Da Capo Press;2013
5)Van Orden KA et al. Psychol Rev. 2010 April ; 117(2): 575–600.
6)藤田 晶子ら、臨床精神医学(2006)34巻5号;669-675