メタ解析に思うこと
2020年05月12日
メタ解析といえば教科書的にはエビデンスの上位に位置するものとなりますが、解析対象となった論文の内容によっては、必ずしもそうではないものとなりうることに注意が必要な実例がいくつもありますので、とりあげてみたいと思います。
今回の記事を書くきっかけになった論文は2020年5月15日付のJournal of affective disorders誌に掲載された「Comparative efficacy and tolerability of pharmacological treatments for the treatment of acute bipolar depression: A systematic review and network meta-analysis」(文献1)となります。
私の知る限り、クエチアピン3)やルラシドン4)など特定の薬剤に着目したもの以外では、2014年に報告されたbipolar depressionのネットワークメタ解析(文献2)以来、6年ぶりのbipolar depression急性期に対する薬物療法のネットワークメタ解析の論文になります.
ネットワークメタ解析自体、結果のrobustnessという点で脆弱性を感じます。
MANGA study9)が報告されたころに、自分でWinBUGSを導入して手元にあった介入試験でネットワークメタ解析をしてみましたが、1つ論文が入るのとないのとで結果がコロコロ変わってしまってとまどった記憶があります。
publication biasの影響をとても受けやすい解析手法とはいえると思います。実際にそのような脆弱性を指摘した論文もあります(文献5)。
ネットワークメタ解析は、バイアスに対する脆弱性の高い解析手法として注意を要します。
また初期のころにはrankingといっておそらく統計の専門家なら疑問を感じるであろう有意差なき順位付けをしていた点で、違和感を感じてしまうこともあったのですが、とても流行っているので、とりあえずみてみようということになります。
今回の報告の新しい点は、これまでのbipolar depressionに対するメタ解析では気分安定薬や抗精神病薬などについては解析対象となっていたが、抗うつ薬も含めての薬剤毎の報告はなされてこなかったので、各抗うつ薬を含めて解析してみたということです(結果的にこれが落とし穴になってしまったのですが)
以下結果の概略です
方法と対象
Pubmed,Embaseなど主要な文献データベースの他、trial registerやICTRP(WHO’s International Clinical Trials Registry Platform)などを用いて非公表の結果も探索した
双極性うつ病急性期(DSM-IIIからDSM-5、ICD-10)に対する単剤療法(Olanzapine/fluoxetine合剤を除いて)の二重盲検無作為割付試験(プラセボ対照ないし実薬対照)
有効性についてはMADRSやHAM-Dなどの評価尺度が50%改善した割合(反応率)
忍容性については完遂率で評価(あらゆる理由による中断)
50 RCTを解析:抗精神病薬(クエチアピン、ジプラシドン、オランザピン、アリピプラゾール、カリプラジン、ルラシドン)、抗うつ薬(イミプラミン、tranylcypromine、フルオキセチン、パロキセチン、セルトラリン、モクロベミド、エスシタロプラム、ベンラファキシンフェネルジン、クロミプラミン、フルボキサミン、イダゾキサン、ブプロピオン)、気分安定薬(divalproex、ラモトリギン、カルバマゼピン、ガバペンチン、リチウム、合剤(オランザピン/フルオキセチン合剤))N=7528、プラセボ N=3920
方法:ネットワークメタ解析
結果
有効性について、対プラセボで有意差があったのはtranylcypromine(対プラセボの反応率のOR 16.87 ,95%CI 4.52;62.91)、ベンラファキシン(OR 5.13 ,95%CI 2.23;11.83)、フルオキセチン(OR 3.76 ,95%CI 1.59;8.92)、divalproex(OR 2.94 ,95%CI 1.33;6.46)、イミプラミン(OR 2.87 ,95%CI 1.31;6.32)、オランザピン/フルオキセチン合剤(OR 2.57 ,95%CI 1.93;3.41)、ルラシドン(OR 2.53 ,95%CI 1.88;3.39)、クエチアピン(OR 1.87 ,95%CI 1.62;2.17)、カリプラジン(OR 1.58 ,95%CI 1.19;2.08)、ラモトリギン(OR 1.53,95%CI 1.23;1.90)、オランザピン(OR 1.49,95%CI 1.19;1.86)の順番であった。
CANMATの最新のガイドライン20186)の推奨する、クエチアピン、ルラシドン、リチウム、ラモトリギン(以上第1選択)、divalproex、カリプラジン、OFC(以上第2選択)に近い結果となった(リチウムはnegativeだったが)
一方で、エスシタロプラム、カルバマゼピン、セルトラリン、リチウム、パロキセチン、アリピプラゾール、ガバペンチンなどは単剤では双極うつ病急性期にプラセボに対する明らかな優位性は確認できなかった
忍容性についてはアリピプラゾールのみプラセボと比較して有意に脱落が多い結果となった。ベンラファキシン、tranylcypromineはプラセボよりも脱落率が有意に低かった。
治療誘発性の躁転リスクについては、クエチアピンのみプラセボよりも有意にリスクを低下させるとの結果(OR=0.55)であった
コメント
ルラシドンはOFCに近くなかなかいい印象なので、3月25日に発売されたラツーダは期待できそうです。(5月24日追記:発売されたじゃなくて発売承認されたの間違いでした。発売日は6月11日とのことです)
ここからは問題点の指摘になります。
ベンラファキシンとフルオキセチンのORが良好な数値になっており、対プラセボでも有意にbipolar depressionの改善に有効であるかのようにみえていますが、実はこの結果は、ペンシルベニア大学のAmsterdamグループ単独の報告(例えば文献7、文献8)です。
このグループが主張し続けてきたのは、bipolar II depressionにおいては抗うつ薬単独であっても、躁転リスクはリチウムなどと変わらず、治療効果は良好ですよという主張であり、2000年前後くらいからずーっと一貫して主張し続けてこられたことなのです。
bipolar Iは含まないというのがポイントで、このグループはbipolar II depressionに限っては、抗うつ薬単独でも安全で有効ですよということをがんばって訴え続けておられるのです(おそらく世界的に広くは受け入れられてはいませんが)。
なので、今回のメタ解析のように、bipolar depressionとしてIもIIも一括りにしてしまうと、amsterdamグループの主張とは別の解釈が独り歩きしてしまい誤った解釈がなされてしまう危険すらあります。
なので専攻医の皆さんは、メタ解析の結果だけをみるのではなく、必ずある程度はどのような文献が解析対象となったのか、目を通すようにしてみてください。
他にもネットワークメタ解析が変な結果を生み出した実例はあるのですが、ここでは割愛します。
ひとえにメタ解析といっても、いろんな質のものがあるので注意してみることが必要です。
引用文献
1)Bahji A et al. J Affect Disord. 2020 May 15;269:154-184. doi: 10.1016
2)Taylor DM et al. Acta Psychiatr Scand. 2014 Dec;130(6):452-69
3)Kishi T et al. J Psychiatr Res. 2019 Aug;115:121-128. doi: 10.1016
4)Ostacher M, et al, World J Biol Psychiatry. 2018 Dec;19(8):586-601. doi: 10.1080
5)Trinquart L et al. PLoS One. 2012;7(4):e35219. doi: 10.137
6)Yatham LN et al. Bipolar Disord. 2018 Mar;20(2):97-170. doi: 10.1111
7)Amsterdam, JD,et al. Am. J. Psychiatry2010 Jul;167 (7), 792–800.
8)Amsterdam, JD J. Clin. Psychopharmacol.1998.;18 (5), 414‐417.
9)Cipriani A et al. Lancet. 2009 Feb 28;373(9665):746-58.