SEP-363856とTAAR1アゴニスト作用
2020年05月08日
4月16日付のThe New England journal of medicine誌に「A Non-D2-Receptor-Binding Drug for the Treatment of Schizophrenia.」という論文が掲載されて、Non-D2か、なんだクロザピンのことか?と思ったら、まだ名前もついていない新規化合物(SEP-363856)の第2相試験の結果で、しかもよくわからない受容体がでてきたのでちょっと調べてみました。
よくわからない受容体というのは、TAAR1(trace amine-associated receptor 1)というもので、普段は細胞内にいたり、細胞膜に出てきてD2受容体と同時局在化したりしているそうです。
TAAR1のアゴニストというのが、trace aminesというものらしく、まずはそこからwikipediaなどで調べてみました。
trace aminesとは
モノアミン神経伝達物質に構造的に類似しているが、典型的なモノアミンと比較して、生体内での濃度が低いことが特徴で、TAAR1(trace amine-associated receptor 1)アゴニストとして機能する。
中枢神経におけるtrace aminesの生合成経路としては、チロシンからAADCによりtrace aminesの一種であるp-Tyramineが合成され、p-TyramineからはCYP酵素によりドパミンが合成される。ドパミンからはCOMTを介してtrace aminesの一種である3-Methoxytyramineが合成される。
生体内では中枢神経、末梢神経に分布している。
trace amineはモノアミン神経系におけるシナプス間隙におけるモノアミン神経伝達物質の量を制御する役割を有している。
TAAR1(trace amine-associated receptor 1)とそのアゴニストの機能について
TAAR1(trace amine-associated receptor 1)はG蛋白共役型の細胞内受容体で、胃や小腸などに分布する他、中枢神経のモノアミン神経系のシナプス前終末内に分布しており、神経伝達物質の放出を調節する機能を有する。
(ここからは文献1からの引用となります)
アンフェタミンはTAAR1活性化作用を有する。
ノルエピネフリン、セロトニン、ヒスタミンはすべてTAAR1の部分アゴニストであり、ドパミンはTAAR1に親和性の高いアゴニストである(ドパミン過剰で自身の発火頻度を低下させる自己調節作用のように機能するのでしょうか。多分選択性が低いので、通常はそこまでTAAR1を介した作用は目立たないのでしょう)
中枢神経におけるTAAR1は辺縁系とアミン系において豊富に発現しており、腹側被蓋野/黒質ドパミン系と背側縫線核セロトニン系の投射先に一致している。これら神経伝達物質の活動性を制御するのに適した配置となっている。
TAAR1欠損マウスにおいては、ドパミン神経およびセロトニン神経の発火頻度が顕著に亢進しており、TAAR1活性化はモノアミン神経伝達をダウンレギュレートすることを示唆している。
2004年にTAAR1の強力なアゴニストとして発見されたT1AMは動物モデルでの実験で、低用量では食行動減少、高用量では摂食行動の増加、一方で視床前野への投与で覚醒度の増加、NREM睡眠の減少などが観察された(これら作用はアドレナリン作動性およびヒスタミン作動性の調節によるものと推測された)。
またT1AMは学習促進効果も観察されている(これについてはヒスタミン神経系を介することを示唆する報告がある)。
TAAR1とドパミン系との関連については、TAAR1をノックアウトしたマウスでは、野生型のマウスと比較して運動機能、行動テストでは変化がないものの、アンフェタミンやMDMA投与後の運動量増加は野生型よりも多く、これら薬物への感受性亢進を示した。
一方TAAR1アゴニストは、アンフェタミン誘発性の運動亢進を抑制し、コカイン投与後の運動増加に対するオランザピン投与による抑制作用を増強した。
このことはTAAR1がドパミン作動性神経伝達を調節していることを示唆するものである。
NMDA受容体拮抗薬もまた運動を増加させるが、この多動性は抗精神病薬によって抑制される。
ドーパミン作動性精神刺激薬と同様に、TAAR1アゴニストはNMDA受容体拮抗薬であるフェンサイクリジンによって誘発された過活動を抑制した。TAAR1のグルタミン酸神経系への影響を示唆するものである。
TAAR1アゴニストは、ラットにおいてPCP反復投与によって誘発された実行機能障害を完全に逆転させた。統合失調症の認知機能障害に対しても有効な可能性がある
ADHDの病態とドパミントランスポータ(DAT)の機能不全との関連が報告されている。
DATノックアウトマウスはADHDモデルマウスとして知られている。TAAR1アゴニスト投与はDATノックアウトマウスの多動性を改善することが報告されており、ADHDモデルマウスに対するメチルフェニデート類似作用を有する。
一方でTAAR1の欠損は、前頭前野におけるグルタミン酸伝達欠乏に関連する固執性と衝動性亢進と関連することが示されている。
TAAR1アゴニストは、強迫行為の動物モデルである、スケジュール誘発性多飲行動を抑制した。
強迫性障害とTAAR1の関連性を示唆するものであり、OCD治療に対する可能性も期待されている。
TAAR1部分アゴニストにおいては、ラットの強制水泳テストにおいて抗うつ薬類似作用を示し、ストレス誘発性高体温テストにおいて抗不安作用を示唆する効果をみせた。これら効果は部分アゴニストにおいてのみ観察された。
TAAR1部分アゴニストは動物モデルにおいてコカインの嗜癖行動を減少させ、依存症治療にも有望な可能性が示されている。
またTAAR1活性化は、覚醒剤により誘導される報酬と動機付けのプロセスを制御していることがわかっており、動物実験では覚醒剤を求める嗜癖行動を減少させることが示されている。
TAAR1と睡眠覚醒リズムとの関連も報告されており、TAAR1過剰発現マウスでは覚醒亢進が、TAAR1ノックアウトマウスでは覚醒度の低下とNREM睡眠増加が報告されている。
TAAR1過剰発現はまた、青班核ノルアドレナリン作動性神経と腹側被蓋野のGABA作動性ニューロンの発火を増加させ、これらはいずれも覚醒促進と関連している。
これらのことよりTAAR1アゴニストはナルコレプシー治療にも適応できるのではないかと期待されている。
(ここまで文献1からの引用)
以上のように、TAAR1は中枢神経でいろいろな役割を果たしており、TAAR1アゴニストが基礎実験レベルで様々な精神疾患に対しても有効性が期待できることがわかりました。
続いて、今回の主役である、SEP-363856について、文献2で調べてみました。以下文献2からの引用となります。ただし、動物実験の細かいところはよくわからないため割愛しています。
SEP-363856について
1950年代のクロルプロマジンの発見以来、多くの新規抗精神病薬が上市されてきたが、ほぼ同様な作用機序であり、D2受容体遮断やセロトニン2A受容体遮断を介した陽性症状の改善をターゲットとしてきた(セロトニン2A遮断が陽性症状の改善に寄与しているかどうかについては、あまり単純な話ではないため、ここでは触れないでおきます。たとえばセロトニン2A受容体と自我障害との関連については文献3などの興味深い報告がヒントになるかもしれません)。
一方で陰性症状や認知機能障害については現在の抗精神病薬による治療では治療効果は不十分である。
さらにおよそ30%の患者が治療抵抗性といわれている。
従来の創薬戦略は、目的とする受容体に対する高い選択性と親和性を有する薬剤を開発することが主体であった。
しかし精神疾患においてはターゲットとすべき受容体がよくわかっていない場合も多く、うまくいっていない。
そこで研究者らは、ターゲットとする受容体を決めるのではなく、疾患の臨床表現型を改善しうる薬剤を求めて開発を行う方向性も模索している。
そのような創薬戦略で探索されている治療薬候補の中には、抗てんかん薬や抗ウイルス薬などが含まれている。
今回のSEP-363856開発においても、マウスの行動プラットフォームを用いたin vivoでの薬剤スクリーニングと、同時にin vitroでのD2受容体ないしセロトニン2A受容体への直接的な親和性がなく、抗精神病薬類似の効果を有する薬剤のスクリーニングを行い薬剤探索を行った。
SEP-363856はD2受容体ないしセロトニン2A受容体を介さずに、in vivoにおいて抗精神病薬様の効果を示し、統合失調症の陽性症状および陰性症状に対しての有効性が期待できる物質である。
詳細な作用メカニズムについては不明な点があるが、薬理学的解析によるとTAAR1(trace amine-associated receptor 1)およびセロトニン1A受容体に対するアゴニスト作用を有することを示唆する結果が得られている。
統合失調症のみならず、その他の精神疾患への有効性も期待できる薬剤と思われる
SEP-363856の受容体親和性は、in vitroの実験により、TAAR1、セロトニン1A受容体、セロトニン7受容体、セロトニン1B 受容体、セロトニン1D受容体、セロトニン2B受容体、α2A受容体に対するアゴニスト作用を有し、D2受容体に対しては弱い部分アゴニスト作用を有することがわかっている。
細胞培養の研究により、TAAR1は通常細胞内に位置しているが、細胞膜においてD2受容体と同時に局在化することも明らかになっている。
SEP-363856はフェンサイクリジン投与マウスの過活動を抑制し、Prepulse Inhibitionの障害を改善するなど、抗精神病薬としての特性が期待できることが明らかとなった。
またSmartcube Systemというマウスの行動観察プラットフォームにより、SEP-363856は抗精神病薬としての特性を有することがわかった。
SEP-363856 は 腹側被蓋野神経細胞を抑制するが、これはTAAR1 の活性化を介する可能性が高い。しかしながら抑制は記録された細胞の半分にしか認められず、SEP-363856による腹側被蓋野神経細胞の選択的な抑制を示唆している。
セロトニン1A受容体は、背側縫線核、皮質、大脳辺縁部前脳領域(海馬や扁桃体など)で高密度に発現しており、基底核、視床、黒質、腹側被蓋野では低密度に発現していることが確認されている。
背側縫線核では、セロトニン1A受容体は自己受容体であり、神経細胞の発火を抑制する働きをしている。対照的に、海馬と扁桃体ではセロトニン1A受容体はシナプス後受容体として存在する。
セロトニン作動性神経系は統合失調症の病態生理に関与している可能性が報告されている、
その一部はセロトニン2A拮抗薬の抗精神病作用と関連する可能性がある3)(セロトニン2A遮断薬のピマバンセリンが第2世代抗精神病薬との併用の統合失調症に対する第3相試験(NCT02970292)が2019年に終了し結果はnegativeでしたが、併用した抗精神病薬はリスペリドンなどのSDAも含まれており、すでにセロトニン2A受容体が強力に遮断された状況下で併用投与されており、これは問題だったと思われます)。
さらに、セロトニン2C拮抗薬およびセロトニン2A/セロトニン2Cの両方の受容体を標的とする化合物(例えばリタンセリン、バビカセリン、ミアンセリンなど)は、統合失調症において一定の有効性が期待できる可能性があることが報告されている(例えば Int Clin Psychopharmacol. 2002 Mar;17(2):59-64)。
うつ病や不安症に対するセロトニン1Aアゴニストの抗うつ薬併用の治療効果についてはエビデンスがあるが、これらの受容体が統合失調症にどのように寄与しているかについてはあまり知られていない。
統合失調症患者の大脳皮質と扁桃体におけるセロトニン1A受容体密度の変化が、死後脳研究6)や神経画像研究7)によって明らかにされている。
セロトニン1A受容体の活性化は、D2受容体遮断による錐体外路症状を防ぎ8)、前頭皮質のドパミン作動性神経伝達を調節し9)、NMDA受容体拮抗薬によって誘発された認知障害や社会的相互作用障害を減弱させることが、齧歯類モデル動物で示されている8)。
さらに、セロトニン1A受容体での部分アゴニスト作用とD2受容体の部分アゴニスト作用を有するアリピプラゾール、ブレクスピプラゾール、カリプラジン、セロトニン1A部分アゴニスト作用を有する、ペロスピロン、ルラシドンなどは、より治療上の利点が存在することが期待される。
TAAR1アゴニストや多くの抗うつ薬(特に セロトニン1A 活性を有するもの)はレム睡眠抑制作用を示すが、これはほとんどの D2 阻害作用を有する抗精神病薬では観察されない。したがって、SEP-363856 で観察された強いレム睡眠抑制作用は、TAAR1アゴニスト作用と セロトニン1A 受容体アゴニスト作用の相乗作用によるものである可能性がある。
(ここまで文献2からの引用)
動物実験では統合失調症への効果が期待できそうなことがわかりました。最後に今回の第2相試験の報告の概略です。
SEP-363856の統合失調症に対する第2相試験4)
背景
SEP-363856の作用機序は十分にはわかっていないが、TAAR1とセロトニン1A受容体に対するアゴニスト作用があることが報告されている2)。
TAAR1アゴニスト作用により、中脳腹側被蓋野の神経発火を抑制し、ドパミン神経の発火を抑制する。
またSEP-363856はケタミンにより誘発された線条体ドパミン合成亢進を抑制することがマウスの実験で報告されている。
さらにシナプス前ドパミン神経の機能不全を改善することも報告されている。
セロトニン1Aアゴニスト作用を有しており、これを通じて背側縫線核の神経活動を減弱させることが報告されており、フェンサイクリジン誘発性の過活動をおそらくはセロトニン1A受容体活性化により抑制することが報告されている。
以上よりD2受容体を介さないメカニズムにより統合失調症に対する有効性が期待できるため、急性増悪を来した統合失調症患者において無作為割付比較試験を行った(第2相試験)
対象と方法
無作為割付二重盲検プラセボ対照比較試験
18歳から40歳までの統合失調症患者(DSM-5)であり、2か月以内の期間において精神病症状の急性増悪をきたした入院患者。
CGI-Sで4点以上かつPANSS totalで80点以上。これまでに3回以上の入院歴がある患者は除外
ヨーロッパと北部アメリカの34カ所の施設で行われた。
14日間までのスクリーニングとwashout期間を設けた。この間に全ての向精神薬は中断された
SEP-363856は1日1回眠前投与で用量は50mg~75mgまででflexible
試験期間は4週間
アカシジアなどのEPSに対して抗コリン薬ないしプロプラノロール併用は許可
ロラゼパム、テマゼパム、エスゾピクロンは不安や不眠に対して屯用での使用を許可
主要評価項目は、PANSS totalの4週間での変化量で、副次的評価項目としてCGI-S、BNSS(陰性症状尺度)、MADRSなど
SEP-363856群 N=120
プラセボ群 N=125
結果
エントリーされた患者の平均罹病期間は約5.4年程度。ベースラインのPANSS totalは約100点
4週間の試験期間中、抗不安薬の併用はSEP-363856群32名、プラセボ群30名、睡眠薬の併用はSEP-363856群10名、プラセボ群15名
脱落率はSEP-363856群26名(うち副作用10名、有効性欠如5名)、プラセボ群26名(うち副作用8名、有効性欠如4名)
有効性については、4週間のPANSS totalの変化量はSEP-363856群 -17.2点、プラセボ群 -9.7点で有意差あり
4週後のBNSSのプラセボ群との差は-4.3点(有意差あり)、MADRSの差は-1.8点で有意差あり
EPSの出現率はSEP-363856群 3.3%、プラセボ群 3.2%
考察
結果をみて最初の印象は、プラセボの反応が大きいことでした(PANSS totalで10点近く)。このように大きなプラセボレスポンスの介入試験の結果は、ここ最近ではブロナンセリンのパッチ剤の第3相試験、ブレクスピプラゾールの第3相試験などでみられており、なぜここまでプラセボが大きな改善を示すのか、よくわからないといったところです(ドパミン過感受性との関連などが言われていますが、いまいち納得できてません。そういえば年々プラセボ反応率が上昇しているという論文も2017年に出てました5))。
TAAR1アゴニストについては覚醒亢進作用が言われていましたが、そのような副作用はなかったようでした。安全性はかなり高いようです。
第2相にしてはまあまあの規模の多施設介入試験で有効性が確認されましたので、第3相試験にも期待してしまいますが、このような形で第3相試験に進展した薬剤が多く敗れ去っているこれまでの経緯をみると、まだまだ油断はできないというところでしょうか。
1)Schwartz MD et al. Expert Opin Ther Targets. 2018 Jun;22(6):513-526.
2)Nina Dedic et al. J Pharmacol Exp Ther 371:1–14, October 2019
3)Preller KH et al. J Neurosci. 2018 Apr 4;38(14):3603-3611. doi: 10.1523/
4)Kenneth S. et al. N Engl J Med. 2020 Apr 16;382(16):1497-1506. doi: 10.1056
5)Leucht S et al. Am J Psychiatry. 2017 Oct 1;174(10):927-942
6)Brain Res 708:209–214
7)Arch Gen Psychiatry 59:514–520
8)Curr Opin Investig Drugs. 2010 Jul;11(7):802-12.
9)CNS Drugs. 2013 Sep;27(9):703-16. doi: 10.1007/s40263-013-0071-0.