どの抗うつ薬がどの症状に効くのかの続きです。

 

Yale大学の研究グループからここ何年か症状クラスタリングによる報告が続いています

 

この報告を取り上げた理由は、このうちの1本の論文(文献8)に、これまで私自身があまり認識していなかった結果が示されていたことがあります。

デュロキセチンの用量効果関係です。

 

まず最初に、抗うつ薬の用量効果関係についても触れておきたいと思います。

 

最近の報告で抗うつ薬についての用量効果関係を示したもので、注目されたものに文献1があります。

 

用量が固定された介入試験における、用量効果関係について、いくつかの薬剤についてメタ解析を行ったものです。

 

公表、非公表を含む77の介入試験(シタロプラム:17、エスシタロプラム:16、フルオキセチン:27、ミルタザピン:11、パロキセチン:28、セルトラリン:11、ベンラファキシン:16、 投薬群 N=19364(プラセボ群:N=6881))が解析対象となりました。

 

SSRIについてはhayasakaらによる等価用量換算法が使用され、ひとくくりにして解析されました。

 

評価項目としては、約8週間(4-12週)の治療反応率(評価尺度の50%以上の改善として定義)、副作用による中断、あらゆる理由による中断が抽出されました。

 

その結果、治療反応率については、SSRIについてはフルオキセチン換算で20-40mg程度まで効果増加が見込まれ、そこからはやや低下ないし横ばい。

ベンラファキシンについては、75-150mg程度まで効果は用量とともに増加し、それ以上はゆるやかに増加。

ミルタザピンについては30mgまで効果は増加するが、それ以上だと効果が減弱する、との結果でした。

 

SSRI、ミルタザピンについては逆U字型の効果用量関係、一方でベンラファキシンについては臨床用量範囲内においては、ある用量までは効果が増加し、その後漸増傾向ということになります。

 

副作用による脱落については、予想通り用量と共に増加するとの結果でした。

 

SSRIやミルタザピンについては、臨床用量の範囲内においても効果が最大となる至適用量が存在する可能性があるといえます。

 

ただし、個々の患者についてはこの結果を一律に適応することはできず、例えば文献2にあるように、薬物代謝に個人差があることに注意を要します。

 

例えば、CYP2D6の遺伝子多型はパロキセチン代謝に影響をあたえます。

文献2によると、日本人15名中CYP2D6*10アリル保有者は11名、CYP2D6*10アリル非保有者は4名でした。

CYP2D6*10アリル保有者の薬物代謝速度定数Kmは50.5 ng/mlであり、一方で非保有者では122.5ng/mlと有意差があり、非保有者で代謝速度が遅く、同じ用量でもパロキセチン血中濃度が高い結果でした。

 

パロキセチンの有効性は39.1ng/ml以上で期待できるとの報告もあり、CYP2D6*10アリル保有者では、パロキセチンの用量がより高用量で十分な臨床効果がえられる可能性があり、至適用量が20mg以上に位置する可能性があります。

 

このように患者の個別性にも配慮が必要ということになります。

しかしおしなべると、SSRIについては、効果用量関係は逆U字型といえるのかもしれません。

これについては、臨床効果が期待できるセロトニントランスポータの占有率80%を超えると、それ以上の増量に意味がなくなるということを示唆するのではないかとの考察もあります。

 

SSRIの効果用量関係が逆U字型となる可能性については、古くからそのような報告はありました。

 

文献3ですが、1996年にはすでにフルボキサミンについて、効果が100mg程度で最大化し、それ以上ではむしろ有効性は減り、副作用は増加する傾向がみてとれるという効果用量関係が報告されています。

 

また2009年には文献4にあるようにパロキセチンについて、20mg投与で効果不十分な場合に、さらに増量した場合と、維持した場合とで有効性に有意差なく、20mを超えての使用がSPECTで評価したセロトニントランスポータ占有率を増やすことはなかったとの結果が報告されています。

 

さらにセルトラリンについても、2001年に公表された文献5にあるように、50mg投与3週間での非寛解群を50mg継続と150mg増量とに無作為割付し、その後の経過をみたところ、維持群と増量群とでその後の治療反応率(いずれも約40%)に有意差はなく、増量に治療的意義がないのではないかと考察されています。

 

さらにセルトラリンについては、近年日本の研究グループにより臨床的に重要なsingle blind studyの結果が報告されたことも忘れてはいけません(文献6)。

 

このSUN D studyは新規発症の大うつ病患者を対象とした大規模試験であり、実臨床に近い点で大きな意義があります。

 

2011名が対象となった大規模試験であり、試験は2段階にわけられました。第1段階では最初3週間でセルトラリン50mg(N=970)対セルトラリン100mg(N=1041)の介入試験が行われ、第2段階では寛解群はそのまま継続、3週後に非寛解群が、継続群とミルタザピン併用群とミルタザピン置換群に無作為割付し6週間経過観察されました。

最終的には8群の比較が行われたことになります。

 

最終的な結果は、新規発症の大うつ病について、セルトラリン50mgと比較して100mgまで増量して投与することの利益を全体として見出すことはできませんでした。3週後にセルトラリンで寛解しない群については、ミルタザピンとの併用ないし置換により9週後の治療的効果が増大したというものでした。

 

これまでミルタザピン併用の有効性は比較的規模の大きな2つの介入試験で否定的(文献7)となっていましたが、これらは慢性期で治療抵抗性の患者を対象としたものであり新規発症ではまた話が違うのかもしれません。

 

さて、前置きが長くなりましたが、今回の本題です。扱う論文は2本あります(いずれも同じ研究者の入ったグループからの報告です)。1本目は文献8、2本目は文献9となります。以下文献8の概略となります。

 

症状クラスタリングによる抗うつ薬の治療反応性予測

背景

 

・大規模試験におけるうつ病の因子分析により、うつ病の症状尺度は2個から5個程度のクラスターに小分類できることが報告されている。しかし、うつ病の臨床試験では、ほとんどが症状尺度の合計得点の変化を主要評価項目としており、下位尺度の変化まではわからない


・多くの患者は初期治療により寛解せず、複数の治療法の試行錯誤により結果的に寛解に至ることが多い。そのため、初期のうちから、患者の呈する症状の特徴から最も適した治療法が選択できるようになると、より患者の予後改善に寄与しうると思われる


・これまでにも、薬剤毎に有効性の高い症状を抽出する報告はなされている。例えばSSRIは気分の落ち込みの改善に有効であると言われてきた。また症状をサブグループ毎にまとめて解析を行い、ノルトリプチリンがエスシタロプラムより自律神経症状の改善に有効であり、一方でエスシタロプラムは気分の改善と認知機能の改善により有効であったとの報告がある。


・しかしながら従来型の統計解析手法は欠点があり、例えば因子分析は症状のクラスタリングにおいて複雑な組み合わせを生成しうる可能性がある。さらにクラスター数の選択などにおいて解析者のバイアスを受けやすい。


・一方で階層的クラスタリングは各症状を1つのクラスタに割り当てる決定論的な方法であり、クラスター数の事前指定が必要ではない点で優れている


・今回階層的クラスタリングを用いて、症状のクラスタリングを行い、治療法による反応性の違いを抽出した

 

対象と方法


・STAR*Dの第1ステージ12週間(シタロプラム単剤によるオープン試験):平均罹病期間15.5年で80%が慢性期ないし反復性うつ病。HAM-D17で14点以上


・CO-MED試験:平均罹病期間18.7年で78%が反復性うつ病。現在のエピソードが2年以上の患者。HAM-D17で16点以上。エスシタロプラム単剤とエスシタロプラム+ブプロピオン、ベンラファキシン+ミルタザピンの無作為割付single blind比較試験。結果は単剤と併用療法寛解率に有意差なく、ベンラファキシン+ミルタザピンは最も副作用が多いとの結果であった


・そのほか、デュロキセチンの7つの介入試験(対プラセボないしactive comparator:パロキセチン、フルオキセチン、エスシタロプラム)を解析対象とした。いずれも8週間。デュロキセチンについては用量40-60mg/dayを低用量、80-120mg/dayを高用量とした


・症状評価尺度としてSTAR*DとCO-MEDでは自己記入式のQIDS-SR。その他の試験ではHAM-D17。しかしHAM-Dの“病識欠如”についてはQIDS-SRに対応する項目がないため除外した。また体重減少/食欲不振についての項目も試験毎に評価基準が異なったため除外した


・階層的クラスタリングは、各下位尺度の治療に対する反応の類似性によりクラスタリングを行った

結果


・階層的クラスタリングの結果、3つの症状クラスターが区別された。

QIDS-SRを用いた試験では、睡眠クラスター(入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒)、中核的感情症状クラスター(気力減退/易疲労感、集中力低下/判断力低下、興味の減退、抑うつ気分、自己の無価値感)、非定型症状クラスター(精神運動焦燥、精神運動制止、希死念慮、過眠、性欲減退、心気症)に分類された。

HAM-Dを用いた試験では、睡眠クラスター(入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒、易疲労感)、中核的感情症状クラスター(不安の身体症状、不安の精神症状、罪責感、興味の減退、抑うつ気分)、非定型症状クラスター(性欲減退、精神運動制止、希死念慮、精神運動激越、心気症)

→コメント:HAM-DとQIDS-SRのクラスタリングで疑問に感じる点はあります(HAM-Dにおいて易疲労感が睡眠に入っていることや、不安の精神症状、不安の身体症状が中核的感情症状に入っており、精神運動制止と性欲減退が非定型症状に入っていることなど。ただし、ただしこれらはあくまで治療に対する反応の類似性からのクラスタリングであり、各クラスターのネーミングの妥当性はそれほど重視すべきものではないのかもしれません)

 

各クラスターと治療反応性について


・どの薬剤においても、中核的感情症状クラスターの改善率は、非定型症状クラスターの改善率よりも有意に高かった。抗うつ薬により、中核的感情症状クラスターはより反応性が高い症状といえる。


・一方で非定型症状クラスターでは薬物療法による改善率があまり期待できない症状群であるといえる。


・STARDおよびCO-MED試験の解析において、睡眠クラスターについては、ベンラファキシン+ミルタザピン群は、シタロプラム群、エスシタロプラム+ブプロピオン群、エスシタロプラム群より有意に改善率(slope)が高かった。非定型症状クラスターについては、どの群も改善率有意差なし。中核的感情症状クラスターについては、ブプロピオン+エスシタロプラム群はシタロプラム群より有意に改善率が良好であった


・デュロキセチンの介入試験についての解析結果では、睡眠クラスターについては、高用量デュロキセチン群は、低用量デュロキセチン、エスシタロプラム、フルオキセチン、プラセボより有意に改善率が良好。パロキセチンはプラセボより有意に改善率が良好

→コメント:これについてはやや意外な結果でした(鎮静作用の比較的期待できるエスシタロプラムの結果が意外なことと高用量デュロキセチンが睡眠に良いというのも意外でした)

・中核的感情症状クラスターについては、高用量デュロキセチンは、低用量デュロキセチン、エスシタロプラム、プラセボより有意に良好。パロキセチンは低用量デュロキセチン、エスシタロプラム、プラセボより有意に良好。

・非定型症状クラスターについては、高用量デュロキセチンは、低用量デュロキセチン、エスシタロプラム、フルオキセチン、パロキセチン、プラセボより有意に良好。パロキセチンは低用量デュロキセチン、エスシタロプラム、プラセボより有意に良好。エスシタロプラムはプラセボより有意に不良

考察


この論文で最も意外な結果は、高用量(80-120mg)デュロキセチンの効果が最も良好であったことでした。

抗うつ薬の用量ー効果曲線については、これまでみたとおり、SSRIでは逆U字型のものが多く、高用量では逆に有効性が低下するとの報告が多くなっています。

しかしSNRIについては、文献1でみたように、ベンラファキシンは、用量増量とともにやや効果は増えていく傾向のようにみてとれました。デュロキセチンも同様の傾向があるのかもしれません。

ただしデュロキセチンについては、30mgと60mgの効果を比較した介入試験(文献10)で、30mgと60mgとで有意差がなく、用量を増やしても、この結果をみるとあまり臨床的意義はないのではないかと思われる結果もでており、このあたりの解釈には注意を要します。

日本では60mgを超えて使えないので、あまり実用的な結果ではないのかもしれません。


結果の一般化にはさらに検証が必要そうな印象です。

 

続いて文献9の結果の概略にうつります

症状クラスタリングによる思春期うつ病に対する治療反応性

背景


・思春期うつ病の治療は困難であり、プラセボ反応率が高く、効果量は小さい。最適な治療法の探索は試行錯誤である。どの治療法がどの症状に適しているのかよくわかっていない。


・そこで思春期うつ病に対する介入試験(TADS)の結果を用いて、症状クラスタリングによる治療反応性の違いを探索した

対象と方法


・TADSデータベースを使用


・TADSは12-17歳の大うつ病(DSM-IV)患者を対象とした介入試験(ステージ1からステージ3まであり、結果は文献11、文献12を参照)


・CDRS-Rで45点以上がエントリー


・階層的クラスタリングによりCDRS-Rの各尺度を治療反応の類似性によりクラスタリングを行った

 

結果


・階層的クラスタリングの結果、CDRS-Rの下位尺度はクラスター1とクラスター2とにクラスター化された


・クラスター1は、睡眠障害、社会的引きこもり、学業の障害、過度の疲労感、焦燥感、自尊感情の低下、楽しみの喪失、抑うつ気分から構成される


・クラスター2は、食欲増加、身体症状、過度に泣くこと、食欲減退、罪業感、希死念慮、病的な観念から構成される


・全得点については、12週間でTDASステージ1の結果の通り、フルオキセチン+CBT群、フルオキセチン群において良好な改善度を示した


・クラスター1については、フルオキセチン+CBT群、フルオキセチン単独群の優位性がより目立つ結果となった


・一方でクラスター2については、どの群も同等の変化率を示し、プラセボ群の変化も大きく、プラセボでもよくなりうることを示唆する結果となった


・薬物療法の効果が期待できる症状尺度は、クラスター1(睡眠障害、社会的引きこもり、学業の障害、過度の疲労感、焦燥感、自尊感情の低下、楽しみの喪失、抑うつ気分)の合計といえるのかもしれない


・思春期うつ病において、食欲に関連した問題や、希死念慮、身体症状などは環境的介入により改善しうるといえるのかもしれない。再現性があるかどうかは今後のさらに研究が必要

 

以上となります。思春期うつ病の希死念慮については精神療法が重要であるともいえるかもしれません。

このような治療反応性を元にしたクラスター解析により、また新たな知見が得られるかもしれません。これからの報告も期待されます。

 

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