症状クラスタリングと治療反応性(1)
2020年04月22日
どの抗うつ薬がどの症状に効くのか、とても興味のある話題です。
そんな問いに答えようと計画された解析により、既存の臨床試験結果を解析し、抗うつ薬によりどのような症状が改善しやすいのかについて報告された論文があります。
今回と次回で、そのような報告をとりあげてみたいと思います(今回はエキスパートコンセンサスについての話題が中心で、目的とする論文にたどり着けませんでした)。
現在よく使用される抗うつ薬にはSNRI、SSRI、NaSSaなどがあります。
今年4月1日号のJournal of Affective Disorders誌に抗うつ薬の使用についての日本のエキスパートコンセンサス(114名のエキスパートの回答結果のまとめ)が公表されました1)。
結果の概略ですが、中等度から重度うつ病に対する第1選択薬としては、ミルタザピン、デュロキセチン、エスシタロプラム、ベンラファキシンといった順序になっています。
また主要症状毎に適応薬剤をみていくと、不安が主な症状の場合には、エスシタロプラムが第1選択、ついでセルトラリン、興味の減退が主な症状の場合には、デュロキセチン、ベンラファキシンといったSNRIが第1選択、不眠が主な症状の場合には、ミルタザピンが第1選択、食欲減退が主な症状の場合には、ミルタザピンが第1選択、焦燥感(精神運動激越)、易刺激性が主な症状の場合には、ミルタザピンが第1選択、希死念慮が主な症状の場合にはミルタザピンが第1選択となっていました。
皆さんの臨床的実感と一致するでしょうか。これはエキスパートコンセンサスですので、エビデンスとはいえないものです。
このような薬剤選択の根拠は何でしょうか?
手元にある範囲で、いくつかの比較試験やメタ解析の結果をみながら、各薬剤の特徴について振り返ってみたいと思います。
まずはミルタザピンです。2010年に急性期うつ病に対するミルタザピンとSSRIの有効性を比較した15の介入試験のindividual patient dataによるメタ解析結果が公表されました2)。HAM-D17得点の変化でSSRI全体(フルオキセチン N=411、パロキセチン N=391、セルトラリン N=290、フルボキサミン N=199、シタロプラム N=139)とミルタザピン N=1484が比較されました。
その結果、6週間での脱落率はミルタザピン 31.3%、SSRI 27.8%であり、忍容性に大差なく、寛解率(HAM-D17得点が7点以下で定義)でみた有効性については、1週目(3.4% vs 1.6%)、2週目(13.0% vs 7.8%)、4週目(33.1% vs 25.1%)、6週目(43.4% vs 37.5%)のいずれもSSRIより有意に高い寛解率を示しました。
ミルタザピンはSSRIよりも効果の立ち上がりが速い(最初の2週間ではSSRIよりも74%大きな寛解率を示した)ということができそうで、このことは2011年のCochrane reviewにおいても支持されています3)。
個別のSSRIとの比較については、2018年のネットワークメタ解析でのhead-to-headの介入試験のみでの解析結果を参考にすると4)(supplementary materialのセクション8.1.1参照)、フルオキセチンとフルボキサミンに対して反応性が有意に良好との結果になっています。
対SSRIでの文献2での6週時点での有意差はこの2剤との比較試験の結果にひきずられたのかもしれません。
というわけで、ミルタザピンは治療効果の発現が速そうだという印象です(単に鎮静がかかってHAM-D得点の一部がよくなったせいじゃないかと思っていた時期もありましたが、文献2のように寛解率を尺度にしても速いので、単にそれだけではないのかもしれません)。
また焦燥感(精神運動激越)、易刺激性についてですが、不安を伴う大うつ病に対するミルタザピンの有効性に関するメタ解析5)において、HAM-Dの項目9(精神運動激越)、項目10(不安の精神症状)、項目11(不安の身体症状)の合計点において、プラセボよりも有意に良好な改善度を示し、その効果はアミトリプチリンと有意差がなかったとの結果が報告されています。
SSRIなどと比較したものは見当たらない(ご存じでしたら教えてください)のですが、鎮静作用を有することからも、焦燥感への効果を期待してというところかもしれません。
続いて鎮静作用とも関連するのですが、不眠を伴う場合もエキスパートコンセンサスではミルタザピンが第1選択となりました。
不眠に対するミルタザピンの効果ですが、ミルタザピンのS体のみからなるエスミルタザピンの原発性不眠症に対する第2相試験の結果が報告6)されており、エスミルタザピン1.5mg以上の用量(ミルタザピンでは3mgの低用量)において、PSGによる総睡眠時間が25分以上延長し、睡眠の質も改善されたことが報告されています。
この鎮静作用については、用量依存性に軽減する可能性も報告されており7)、ほんとかどうかわかりませんが、文献7では高用量になるとミルタザピンのノルアドレナリン賦活作用が、抗ヒスタミン作用に拮抗する可能性も考察されています(そうではなくて単なる耐性かもしれません。投与初期には問題があっても、15mgの固定用量で8日間投与を継続すると運転パフォーマンスはプラセボと有意差がなくなるという報告9)もあります)。
ただし、ミルタザピンは半減期が23-33時間と長く、健常者への午後9時半15mg単回投与でも投与2日目の翌朝7時でのドライブシミュレータ試験でブレーキングの遅延がみられたなどの報告8)があり、特に投与開始初期に運転などへの影響がありうることに注意が必要です。
というわけで、確かに不眠を伴う場合にはいいのかもしれませんが注意を要します。
さらに食欲減退を伴う場合もミルタザピンが第1選択となりました。
これについては、抗うつ薬と体重増加に関するメタ解析10)の結果がわかりやすいのではないかと思います。
116の試験のメタ解析結果で、投与開始初期(4-12週)と4か月以上の維持療法期とで抗うつ薬がどの程度体重増加をもたらすかを検討したものです。
短期的投与では多くのSSRI、SNRIが体重変化なし、むしろ減少することが多いのに対し、ミルタザピンの体重増加作用はアミトリプチリンなどの三環系抗うつ薬と並んで目立っています(4-12週間の投与で2kgくらい増える結果)。
さらに8か月以上の投与期間でみても有意な体重増加効果があることが報告されています。
この報告でもう1つ面白いのは、SSRIの体重変化です。投与開始4-12週では体重が全体としては減るのに対して、投与期間が長くなると、全てではありませんが、パロキセチンなど一部のSSRIも有意な体重増加を示しているところです。
セルトラリンなどは長期使用しても増えないようですが、これは臨床経験とも一致する結果です。
というわけで、食欲減退についてもミルタザピンが第1選択となるのはよくわかるところです。
希死念慮についてもミルタザピンが第1選択となりました。
これは難しいところで、臨床試験では、希死念慮の重篤なケースは除外することがほとんどなので、本当にシビアなケースに適応できる結果なのかは慎重を要するところです。
例えば文献11)のような報告があり、大半がベースラインのHAM-D項目3の自殺尺度が2点以下の患者を対象とした15の短期(6週間)プラセボ対照比較試験のpooled analysisにより、HAM-D項目3の得点は2週目から有意差をもってミルタザピンが有意に良好であるとの結果でした。
また6週間の経過中HAM-D項目3の得点が3点以上になる割合も2週目以降ミルタザピン群でプラセボ群より低く、そのオッズ比は0.38と有意に低い結果でした。
一方で希死念慮が比較的重度といってもよいHAM-D項目3の得点がベースラインで3点以上の患者についての結果も、少数ながら解析されています。
全体でミルタザピン群35名、プラセボ群44名がエントリーされており、項目3が3点以上であり続けた割合は、1週目 38.9%(プラセボ群)対41.2(ミルタザピン群)、2週目 22.2%対6.5%、3週目 9.4%対6.5%、4週目 5.9%対0.0%、5週目 3.6%対0.0%などとなっていました。
症例数が少ないため、統計的有意差はでなかったそうですが、興味深い結果といえます。
ただし、このようなミルタザピンの結果については、臨床試験に参加した純粋な患者集団(併存症などのない)に対する結果であることに注意が必要です。
我々が向き合うリアルワールドでは、こうはいきません。文献13にあるように、高齢者を対象とした長期観察研究では、ミルタザピンは自殺企図率の最も高かった抗うつ薬となっています。なぜこのような結果になったかについてですが、これが観察研究ゆえ、自殺リスクの高い患者に対してミルタザピンが多く処方された結果ともいえます。そして結果的に防げなかった症例がカウントされているとも考えられます。
リアルワールドでは、臨床試験と異なり、アルコール依存やパーソナリティ障害、bipolarityなど様々な併存症や病態を有する患者が訪れます。そのような個々の患者の希死念慮とどう向き合うかは、単純な臨床試験の結果を超えた力量が必要となります。
続いて、興味の減退で選ばれた、デュロキセチン、ベンラファキシンです。
SNRIが選ばれました。この結果について思い浮かぶのは文献12です。
デュロキセチンについての大うつ病を対象とした7つの介入試験(プラセボ対照、ないしSSRI対照)のpooled analysisです。SSRIと比較してHAM-Dの下位尺度のどの項目がデュロキセチンでは良好な治療効果が見込めるかということを解析したものです。
デュロキセチンとプラセボと有意差がみられ、SSRIとプラセボの有意差がでなかった項目は、精神運動激越, 全身の身体症状, 性的関心, 心気症の4項目でした。
またデュロキセチンがSSRIより有意に改善したのは、仕事と活動, 精神運動制止,性的関心,心気症の4項目でした。
確かに興味の減退によさそうな感じです。
というわけで、今回のエキスパートコンセンサスの結果を受けてざっと自分なりにこれまでの報告を概観してみました。
もっといい報告があるかもしれません。ありましたら教えていただきたいです。
今回の本題の症状クラスタリングの論文には到達できませんでしたが、これらの事項を踏まえて、次回の勉強会の記事で症状クラスタリングの論文をみてみたいと思います。
1)Sakurai H. et al. J Affect Disord. 2020 Apr 1;266:626-632.
2)Int Clin Psychopharmacol. 2010 Jul;25(4):189-98.
3)Watanabe N et al. Cochrane Database Syst Rev. 2011 Dec 7;(12):CD006528
4)Lancet. 2018 Feb 20. pii: S0140-6736(17)32802-7
5)Fawcett J et al. J Clin Psychiatry. 1998 Mar;59(3):123-7
6)Ruwe F et al. J Clin Psychopharmacol. 2016 Oct;36(5):457-64
7)Fawcett J et al. J Affect Disord 51 (1998) 267 –285 277
8)Ridout F. Hum Psychopharmacol. 2003 Jun;18(4):261-9.
9)Sasada K et al. Hum Psychopharmacol. 2013 May;28(3):281-6
10)Serretti A et al. J Clin Psychiatry. 2010 Oct;71(10):1259-72.
11)Kasper S et al. World J Biol Psychiatry. 2010 Feb;11(1):36-44
12)Mallinckrodt CH et al. Neuropsychobiology. 2007;56(2-3):73-85
13)Carol Coupland et al. BMJ 2011;343:d4551 doi: 10.1136/bmj.d4551