院長ブログ

  • これはすごい

    専門外ではありますが、当事者の方と御縁があったこともあり、最近5年間くらいずっとALSの臨床試験などの動向を追いかけています。


    ここ最近、印象的な話題があったのでコメントします。
    夢のある話題でもありますので、興味がある方はお読みください

     

    このブログの記事を書くきっかけになった論文は、こちらの論文(Mol Ther. 2020 Jan 14. pii: S1525-0016(20)30011-3)ですが、この論文について触れる前に、遺伝子編集技術の進歩を簡単に振り返ります(大雑把なことしかわかりませんが)。

     

    CRISPR-Cas9と呼ばれる遺伝子編集技術は2012年に報告され、遺伝子配列の任意の場所を削除、置換、挿入することのできる技術として注目されました。
    当初報告されたCRISPR-Cas9はDNAの二本鎖を両方とも切断するため、その他の部位で予期しない遺伝子変化を生じるリスクがあり、実用性には乏しいとされていました。


    その後選択性を高める工夫はいろいろなされましたが、2017年にDNAではなく、RNAをターゲットとする遺伝子編集技術(RNA-targeting Cas9、略してRCas9)が開発されました。2017年8月のCell誌に公表された論文(Ranjan Batra et al., Cell,170(5), P899-912.e10, August 24, 2017)では、RCas9により、ALS患者細胞内(C9orf72遺伝子変異ALSなど)でみられうるマクロサテライト反復伸長とよばれる繰り返し配列を有する異常RNA蓄積の除去に成功したことが報告されました。

    CRISPR-Cas9システムにおいては、RNAプローブが特定のDNA配列に結合し、Cas9酵素がDNAを切断しますが、RCas9では、RNAをターゲットとし、RNAを切断します。DNAに恒久的な変化をもたらす手法においては、選択性が完全ではない場合に、ターゲットではない部分の遺伝子編集が行われ、危険が生じる可能性がありますが、RNAをターゲットとすることで、効果が可逆性となることから、安全性が高いことが期待できます。

    さらにMITの研究者らによりRNAの単一塩基配列の編集が可能となりました(Science. 2017 Nov 24;358(6366):1019-1027)。CRISPRシステムに改変を加えたREPAIR(RNA Editing for Programmable A to I Replacement)とよばれる技術により、正確に選択的なRNA配列のアデノシンをイノシンに置換することが可能となりました。これにより一部のデュシャンヌ型筋ジストロフィーやパーキンソン病などでみられる点変異(グアノシンからアデノシンへの変異)に起因した病態への遺伝子編集による治療が可能となる道が拓けました。

    当然、このような遺伝子編集技術を、治療的にALSに対して応用しようということになります。

    遺伝子変異が明らかな家族性ALS(ALS全体の10%程度と言われていますが)、その家族性ALSの中の20%程度を占めるといわれるSOD1遺伝子変異ALSなどがターゲットとなります。このSOD1変異ALSにおいては、変異したSOD1蛋白質が折り畳み異常を呈し、細胞質内で凝集体を形成することが主要な病態と考えられています。そうなると当然この異常SOD1蛋白質の発現をなんとか阻害しようという治療戦略になり、そのために例えば変異SOD1遺伝子由来のmRNAの相補的配列を有するアンチセンス・オリゴヌクレオチドにより、mRNAからの蛋白質への転写過程を阻害しようとする治療戦略(これについてはBiogen社などが開発中で、すでに第3相試験に到達しています。日本でも2019年から第3相試験への参加者が募集されていました(まだ募集中でしょうか?)。ただし投与経路がクモ膜下腔内投与のため、腰椎穿刺が必要など侵襲性はやや高いものです)や、マイクロRNAを用いて、発現を阻害しようとする治療戦略(アデノ随伴ウイルスベクターを用いた動物実験での成功例が報告されています。これは静注できるので、投与経路は安全です)などの手法が現在精力的に研究されています。

    そこに、遺伝子編集技術による治療法開発も参入しています。こちらの論文(Sci Adv. 2017 Dec 20;3(12):eaar3952)にて公表されたように、アデノ随伴ウイルスベクター内にCRISPR-Cas9システムを組み込んで、モデルマウスに投与し、in vivoで遺伝子編集を行い、運動神経細胞内における変異SOD1遺伝子の発現を阻害しうることが示されました。アンチセンス・オリゴヌクレオチドやマイクロRNAを用いる方法と比較して、選択性や効率がより高い点が期待しうるのではないかとのことです。

    DNAについてもCRISPR技術の応用により一塩基編集技術が開発されました(Nature. 2016 May 19;533(7603):420-4.)。CBEs(cytidine base editors)とよばれるこの方法は、単一塩基を変化させるものであり、具体的にはシトシン(C)をチミン(T)に変化させるものです。

    これをALS治療に応用しようとしたのが、今回の論文(Mol Ther. 2020 Jan 14. pii: S1525-0016(20)30011-3)となります。研究者らは変異SOD1遺伝子の上流部位を終止コドンに変化させるようCBEsに基づくシステムを構築しました。さらにこのシステムをアデノ随伴ウイルスベクターに組み込み、モデルマウスに投与して治療的効果がみられることを報告しました(そこまで劇的な効果ではありませんでしたが)

     

    ここからが空想です。
    このような話が例えば癌医療にも将来応用ができれば、患者ごとの癌の遺伝子変異を同定し、その癌の増殖を抑制するようにうまいこと終止コドンに変化させるようなCBEsをエンコードしたアデノ随伴ウイルスベクターを作成し、それを静注すれば癌の治療終了、みたいな、夢のようなまさにPrecision Medicineが実現できるのでは、などと勝手に夢想していました。

    実際の研究の進展はどうなのでしょうか。実際にはウイルスベクターを用いることによる限界や、効率の問題、副作用の問題、癌細胞の遺伝子変異なんて同一生体内でもとらえきれない程variantが多く、そんなに単純な話でもないのかもしれません。
    しかし夢のある話だと思われませんか?専門家の方に一度お話を聞いてみたい気がします。これからの研究の進展に期待です。

  • はじめに 2020年03月26日

    このブログでは、私が院内勉強会および大学病院で主として精神科専攻医を対象として行っている勉強会での話題の一部を掲載していく予定です。

    そのためある程度の医学的知識を有する方を対象としており、また比較的最近の論文を対象とした話題ではありますが、数年後にはその内容が間違いとなっている可能性があることに注意が必要です。したがって、ここに書かれていることも数年後にはすべて間違いということもありうるかもしれません。

    医学の知識は常に更新されており、その知識は数年経つと古いものになってしまいます。教科書ですら数年たつと古い、時には間違った情報が掲載されていることということもあります。そのため臨床医は最新の知識をもって臨床に向かうことが必要となります。

    精神医学の分野でそのような例をあげると、ここ最近では、例えば統合失調症の病態仮説の1つである、ドパミン仮説についての話題があります。2016年刊のカプラン臨床精神医学テキスト第3版1)には、ドパミン仮説において統合失調症の病態に関与する主な経路として中脳辺縁系ドパミン経路の異常が挙げられており、これは長年広く受け入れられてきた概念です。

    実際に精神薬理学の大家であるStephen M. Stahl博士(ストール精神薬理学エッセンシャルズで有名な)が2018年に出版した統合失調症の総説2)でも、幻聴や妄想の病態の中核として中脳辺縁系ドパミン経路の過活動が考えられていることが明記されています。

    このような仮説は、辺縁系に焦点を有するてんかん患者において統合失調症様症状がみられうること3)や、1960年代の実験において統合失調症患者の辺縁系に電極を埋め込んだところ、精神病症状が活発な際には辺縁系の神経細胞の過活動が観察されたこと4)、アンフェタミン誘発性精神病モデル動物において、側坐核に抗精神病薬を注入すると行動異常が改善したが、尾状核に注入しても改善しなかったこと5)などの報告により提起されたものです。

    しかし、2019年3月のTrends in Neurosciences誌に公表された総説6)などにみられるように、ここ最近の研究では統合失調症におけるドパミン経路の異常は、驚くべきことに黒質線条体経路において最も顕著にみられることが報告されてきています。

    このような結果を受けて、最新の精神病に関する病態仮説を示した論文など7)においては、中脳から線条体連合部位(associative striatum)のドパミン系の過活動が明示されています。

    中脳辺縁系経路の異常の存在が否定されたわけではありませんし、この内容も将来否定される可能性もありますが、医学的知識は常に更新されており、教科書的知識は既に古い可能性に注意すべき一例といえます。だからこそ臨床医は常に最新の情報にアンテナを張らないといけないと思います。

    中枢神経疾患の病態解明はとても難しく、ヒトの精神的活動の異常は科学的にはよくわかっていません。例えば筋萎縮性側索硬化症は、疾患の臨床表現型は極めて明確であるにも関わらず、その病態生理はほとんどわかっていません。

    95%の患者においてTDP-43蛋白質の局在化異常、折り畳み異常と凝集体形成が生じることがわかっています8)が、なぜ核内蛋白質であるTDP-43が細胞質内に異常局在化し凝集するのか、そのメカニズムについては今後の研究の進展を待つ必要があります。

    このように臨床表現型のはっきりした中枢神経疾患ですら未解明なことが多い現状において、ましてや精神疾患はさらに手の届かないことが多く、challengingな、しかしだからこそ面白い分野ともいえるかもしれません。

    精神疾患においても、単極性うつ病と双極性うつ病、いずれも疾患の臨床表現型は区別がつきませんが(NIRSが保険承認されていますが、初発うつ病相にある患者の検査前確率を果たしてどこまで上げることができるでしょうか?)、かたや病態仮説としてモノアミン仮説があり(それでもSSRI、SNRIのNNTは5-8程度と言われています9))、一方で双極性うつ病については、同じうつ病でも抗うつ薬の効果は、例えばEMBOLDEN II studyでパロキセチンがプラセボとの有意差を示せなかったり10)、双極性うつ病に対する抗うつ薬併用に関する論文で現時点でおそらく最も引用されている総説11)においても、気分安定薬併用下での抗うつ薬の有効性については対プラセボでの効果量で短期的にはわずかながら有意差があるものの、臨床的に効果があるとは言い難く、さらに副次的評価尺度である反応率などでは有意差はなく、また52週間を超える長期使用では、躁転率が抗うつ薬併用群17%、プラセボ群10%で有意差を認めるなどの報告となっており、日本うつ病学会のガイドライン12)の推奨事項に行きつくということになります。

    双極性うつ病の病態仮説としてモノアミン仮説はそのまま適応することはできない印象です。最近日本で上市された薬剤にクエチアピン徐放剤がありますが、その作用機序の説明文書をみてみると、クエチアピン代謝産物がモノアミン系に作用しうるということで、双極性うつ病に対して奏効するメカニズムとしてモノアミン仮説を用いた説明が何故かなされており、すっきりしないものを感じます。

    FDAではルラシドン、カリプラジンなどいくつかの非定型抗精神病薬が承認されている現状からするとモノアミンでもドパミン系などもからんでくるのでしょうか。それとも理研の加藤先生らのグループが研究されているように、もっと細胞内レベルでの病態が関与しているのでしょうか。精神医学はわからないことだらけです。

    疑問はつきませんが、確実に治療的介入が奏効する症例があることも間違いなく、個々の患者さんの状態をきちんとアセスメントし、適した介入方法を適切に見極めることが臨床家にとって重要な作業となります。日常診療の中で浮かんでくる様々な課題や疑問に対して、少しでも真実に近い答えにたどり着くために、また患者さんに対して現段階で最適なサービスを提供するために、学んでいきたいと思います。


    引用文献
    1)カプラン臨床精神医学テキスト DSM-5診断基準の臨床への展開 第3版 メディカルサイエンスインターナショナル (2016/5/31)
    2)Stephen M. Stahl, CNS Spectrums (2018), 23, 187–191
    3)Gibbs, F.A. (1951) J. Nerv. Ment. Dis. 113, 522–528
    4)Heath, R.G. (1962) Am. J. Psychiatry 118, 1013–1026
    5)Pijnenburg, A.J. et al. (1975) Psychopharmacologia 41, 87–95
    6)Robert A. McCutcheon et al., Trends in Neurosciences, March (2019),42,No 3,205-220
    7)Paolo Fusar-Poli et al.,JAMA Psychiatry Published online March 11, (2020)
    8)Majumder V et al., BMC Neurol.(2018) Jun 28;18(1):90
    9)Citrome L. J Affect Disord. (2016) May 15;196:225-33.
    10)McElroy SL et al., J Clin Psychiatry.(2010) Feb;71(2):163-74.
    11)McGirr A et al., Lancet Psychiatry. (2016) Dec;3(12):1138-1146.
    12)日本うつ病学会治療ガイドライン I. 双極性障害 2017

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